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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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102/109

第102話 ユラの現実感

 


 綺麗な言葉ほど、事故のあとには役に立たない。


 翌日の昼休み。

 教室はいつも通り騒がしかった。


 中層実習の話題はまだ熱がある。

 装備の話。

 持込制限の話。

 前日に誰が点検を忘れたかみたいなどうでもいい笑い話。


 その輪の真ん中で、ユラはいつも通り笑っていた。


「え、待って。補助食そんなに持つの? 遠足なの?」


「中層だぞ。慎重って言え」


「慎重なら分かるけど、その量は食欲」


 また笑いが起きる。

 軽い。

 教室の空気としては正しい。


 玲司はそれを聞き流す顔で、配布された装備確認表を見ていた。

 だが視界の端では、ユラが一度だけこちらを見たのも分かった。


 放課後。

 中央棟裏の自販機前。


 人はいる。

 でも足は止まらない。

 ここはそういう場所だ。


 先にいたユラは、缶を二本買って片方を自販機の下へ置いていた。


「珍しい」

 玲司が言う。


「気分」


「俺の分まで?」


「勝手に飲むかと思って」


「飲まない」


「知ってる」


 それでも缶はそのままだった。

 距離は近すぎない。

 学校では他人のふり。

 そういうところだけ、ユラは案外崩さない。


「昨日の続き?」

 玲司が聞く。


「うん」

 ユラは缶を開けた。

「理想論で答えると失敗する、ってやつ」


 玲司は返さない。

 ユラはそれを前提に話し始めた。


「レナ先輩の言ってること、分かるよ」

「今いる人を見捨ててまで取る証拠なんて、気持ち悪い」


「……ああ」


「でもさ、それだけだと向こうの勝ちなんだよね」


 自販機の駆動音が低く鳴る。

 ユラの声は軽くない。

 でも重くしすぎてもいない。


「事故って、終わったあとに形が決まるじゃん」

「誰が悪かったか、何が起きたか、何が映ったか。そこを押さえた方の話が残る」


 玲司はユラを見る。

 ユラは缶の縁を指でなぞりながら続けた。


「わたし、映像やってるから分かるけど」

「助けた事実と、残る事実って、同じじゃないんだよ」


 それはユラにしか言えない現実だった。


「現場で十人助けても、映像とログが向こうに握られたら“黒峰が安全に処理しました”になる」

「で、その次の実習でも、また同じ安全強化の紙が出る」


 玲司の喉がわずかに動く。


「……証拠がなきゃ次も誰かが死ぬ、って言いたいのか」


「そう」

 ユラは即答した。

「感情論だけじゃ片づかない現実って、たぶんそこ」


 部活帰りの男子が二人、自販機の横を通った。

 ユラはそこでわざと缶を持ち上げる。


「え、やば。新作これ微妙かも」


「飲んでから言えよ」

 玲司が返す。


 男子たちはこちらを一瞥しただけで通り過ぎる。

 他愛ない雑談にしか聞こえない。

 演技空間としては十分だった。


 二人の気配が遠ざかると、ユラはまた声を落とした。


「だからわたし、昨日レナ先輩の反対側にいたわけじゃないよ」

「先に助けたいのは当たり前」

「でも助けただけで終わったら、次の事故の分まで一緒に残る」


 そこへミオが本を抱えて現れた。

 通りすがりの図書委員にしか見えない歩き方で、少し離れた位置に止まる。


「……聞こえました」


「盗み聞きだ」

 玲司が言う。


「聞こえる場所で話してます」

 ミオは静かに返した。


 ユラが少し笑う。


「はい、いつもの」


 ミオはその軽さに付き合わず、玲司へ目を向けた。


「わたしも、どっちも必要だと思ってます」

「だから困ってます」


「困ってる?」


「はい」

 ミオはうなずいた。

「目の前の人を落としたくないです」

「でも、記録が残らないと次の現場も変わりません」


 小さい声だった。

 それでもひどく真っ直ぐだった。


「だから、先輩が決めるのを待ってます」


 玲司は少しだけ目を細める。


「俺が決めるのを?」


「はい」

 ミオは答えた。

「作戦じゃなくて、順番です」


 その言葉が、妙に残った。


 作戦はもうある。

 役割も切っている。

 足りないのは技術じゃない。

 順番だった。


 ユラが缶を持ち上げる。


「レナ先輩は、迷った瞬間に人が死ぬ方を見てる」

「カナデは、今回逃がした構造が次に人を殺す方を見てる」

「どっちも現実だよ」


 それから、少しだけ視線を伏せた。


「わたし、前に助けられた時さ」

「玲司が何を見て動いたのか分かんなかったけど、あの一歩がなかったら普通に落ちてたと思う」


 玲司は何も言わない。


「ああいうのって、その場だけだと一瞬なんだよね」

「でも残った映像はずっと残るし、切り取られ方もずっと残る」


 ユラはそこで笑わなかった。


「だから答えって、気持ちいい言葉じゃなくていいから」

「あとで切り取られても、現場で迷わないやつにして」


 風が抜ける。

 置かれたままだった缶が足元で小さく鳴った。


 玲司はそれを見てから、短く言った。


「今夜、もう一回集める」


 ユラがうなずく。


「うん」


 ミオも小さくうなずいた。


「はい」


 今度は逃げない。

 綺麗さじゃなく、組織の順番として決める。


 そう腹を決めた時、玲司の端末が震えた。


 実習運営側、最終配置の更新通知。


 画面を開く。

 待機列そのまま。

 資材箱そのまま。

 そして、立会い位置だけが少しだけ増えていた。


 見せる安全だけが、また厚くなっている。


 向こうはまだ、事故を隠す準備をやめていなかった。

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