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7話 補欠馬の役割

挿絵(By みてみん)


時刻は17時20分。

急いで厩舎に帰るとリビングに初老の男性がソファーにくつろいでいた。

テーブルには紅茶。そしてユキヒメ、ツクヨミが接待している。

真剣な表情で初老の男性の話を聞いている。

僕がリビングに入るとユキヒメがこれまでの話をまとめてくれた。

ナナは大人同士のお話なのでお部屋で宿題して大人しくしているみたいだ。


「おめさんが新しいトレーナーが。一づ相談があって来だんだじゃ。わ~は小野寺光男(おのでらみつお)いうが。急な話だすけ、今こごですぐに返事してけらぃ。持ぢ帰って考えるは無しにしてけろ。」

良かった。不審者ではないらしい。それにこの訛りは盛岡弁か南部弁だ。


「それで、どういったお話だが?」

「おめさんもすかすて(もしかして)・・・・。」

岩手出身の僕が南部弁を話した途端態度が軟化した初老の男性。


「・・・まあいい。それで相談なんだが3月8日水沢の地方重賞スプリングカップさ~足っこケガして出走取り消しのウマ娘が出だがら1人出してけらぃ。ダートの1400m、今んとこ9人の娘っ子登録しとるが、出せそうが?」


水沢競馬場スプリングカップは一着賞金400万円の地方の重賞競走である。

これまでダート1600mだったが最近1400mに短縮された。


今日が3月3日という事は5日後という事になる。

かなり急な話だが前のトレーナーの件でレースに出すのも交渉前提の僕らにはありがたい申し出だった。

しかし僕は引っかかる節があった。

なぜ岩手から直接来訪して出走打診に来たのかだ。

電話番号も協会に問い合わせたり厩舎の電話番号も載っているはずだ。


「行けるか?ユキヒメ、ツクヨミ」

姿勢よくソファーに座っているツクヨミから頼もしい返事が返ってきた。


「急な話ですが行けますわ。・・・それで私とユキちゃんどっちを出走登録しますか?」

正直クロという選択肢もあったが家計がクロのバイト代でギリギリ黒字に転じているだけでクロをレースで試すという選択肢は取れなかった。

それをツクヨミも理解しているから走るなら私かユキヒメのどちらかの選択肢を提示したのだろう。

何としてでも掲示板(5着以内)に入着して賞金を手にしなければならない。


しかもこれは地方とはいえ重賞レースである。

クラスや開催される地方によって賞金額は大きく変わっており、一般戦(下位クラス)だと一着10万~80万、地方重賞だと数百万、地方と中央の馬が激突するかしわ記念などのダートG1だと数千万の賞金になる。実際の競馬だと僕の記憶違いかもしれないが賞金は以下のように分配されるはずだ。

1着:100% 2着:40% 第3着:25% 第4着:15% 第5着:10%


つまりこのレースの賞金は1着400万で、5着でも28万円となる。

(正確な賞金額としてネット競馬さんのデータを引用しています)

一応【出走手当金】として掲示板(5着以内)に入着できなかったウマ娘にも、雀の涙ほどではあるが収入が約束されている。


つまりこの地方重賞を補欠馬として出走の打診があった事は、この貧乏厩舎にとってはとてつもない大チャンスである。

僕はやはりというかこの子を選んだ。


「ツクヨミ。頼めるか。行けるなら明日の朝水沢に向かおう」

レースは5日後だが、移動も事前にしておいて水沢のトレセン(トレーニングセンターの事)でコースに慣れた方が良い。

宿泊費等は多少かかってしまうが、レースに万全の状態で挑むならこれが最適解だ。


3冠トライアルレース弥生賞で3着に入り桜花賞への優先出走権を手にした彼女なら、ダートの適性がいまいちでも勝ち負けには・・・最低限掲示板を確保してレースをまとめる能力はあるはずだ。


「いがった、肩の荷下りだよ。んだば頼むね~これがレースに参加するウマ娘のリストになるから目を通しておいてけらぃ~」


挿絵(By みてみん)


ユキヒメ、ツクヨミ、僕が目を通すとそこに書かれていた一人の名前に心当たりがあった。

【ユキノビジン】である。


史実馬の話になるが、彼女は盛岡競馬出身で好成績を収め、中央に移籍。

初戦クロッカスS(OP)を10頭立て9番人気と地方出身は通用しないという下馬評を覆して勝利。

その後GⅢ、GⅡと段階を踏むと思っていたが、まさかの3冠初戦GⅠ「桜花賞」に出走。


5番人気(栗毛の馬体に純白のリボン風の編み込みを鬣(たてがみ)に着けていたことから可愛いので女性ファンからの投票も多く過剰人気だったかもしれないが)ながらも1着馬「ベガ」と差のない競馬でGⅠ桜花賞を2着、続けて1600mまでしか走った事は無かったが、800mもの距離延長ながら樫の女王を目指して、牝馬3冠2戦目GⅠ「オークス」に出走。またしてもベガに敗北。2着となった。

その後GⅢクイーンSを勝利し、ついに中央の重賞を勝利した。


(ちなみに2着馬はホクトベガであり、ベガという名前とユキノビジンは密接に関係しているのだった。

ベガはベガでもホクトベガです! 1番のホクトベガ、加藤和宏! 3回目の挑戦で見事にエリザベス女王杯を制しました! 3冠ならずベガ! 3冠ならずベガ! 勝ったのはホクトベガです! 東の一等星ホクトベガ! 輝いたのは北斗のベガです!という名実況もある。)


GⅠエリザベス女王杯にも出走したが10着と振るわなかった。

しかし彼女は現役最後のOPターコイズSも勝利した。

結果的に骨折もあり競争人生を引退後繫殖牝馬入り。


地方4戦3勝、中央6戦3勝と活躍時期こそ短かったものの岩手を代表する名馬である。

ちなみに岩手出身の名馬は僕の中では「ユキノビジン」「トウケイニセイ」「メイセイオペラ」「セントライト」あたりである。

スイフトセイダイ、グレートホープの岩手競馬の知名度を全国区に広げたライバルストーリーなども紹介したいが、いい加減本編が進まないので泣く泣く割愛する。


「ほいだばわしはけぇるとすかの~。」

よいしょと腰に手を当てながら水沢競馬主催スタッフの一員、小野寺さんは帰って行った。


                 挿絵(By みてみん)


小野寺さんが帰ってからナナがひょっこりと顔を出してきた。

「おじちゃん帰ったかにゃ~?」


「帰ったよ~、ツクヨミが水沢で走る事になったんだよ~」

ナナにこの話をすると自分のことのように喜んでくれた。


「つくよみおねえちゃんはしるの!?にゃにゃも見に行きたい!」

ふんすふんすと自分も行く気満々である。


「ナナは学校あるだろ、ユキとクロとお留守番な。」

「いや、行けますよトレーナーさん。ナナちゃんは明日から3月21日まで春休みに入ります」

「それ初耳なんだけど。もっと早めに言ってくれよ。・・・うーんけどなあ、遊びじゃないしなぁ・・・。それに宿代もかかるし。」


何度も言っておくが現在の貯金は18万、クロのバイトで黒字に転じたばかりである。

地方の重賞でツクヨミが入着すれば大助かりだが、一応地方とはいえ重賞である。

出走するウマ娘のレベルも一般戦より高く、なにより彼女【ユキノビジン】も参加するので中央で結果を出したツクヨミが実力上位とはいえ差のない競馬になる。


挿絵(By みてみん)


※写真はイメージです(尊死)


「やだー!にゃにゃもいくのー!」

珍しくごねだすナナ。まるで散歩をせがむ子犬の様だ。正直くっそ可愛い。


「トレーナーさん、ですがいい機会だと思います。旅行兼ナナちゃんの勉強という事にすれば宜しいのでは?」

ツクヨミのいう事にも一理ある。春休みという事は旅行に連れて行くことも大事だ。

春休みが終わってから友達とどこに行った、何を食べたと話すだろう。

お金がないから旅行に行けなかったなんて言わせたくはない。


それに実際にレースを見学して将来の糧にしてくれたら成長のきっかけになるかもしれない。

ちなみに現在地(厩舎)は東京都墨田区である。

少し考えた後、予算を切り詰めて捻出する事にした。


「わかった。だが少し安いホテルと夜行バスにするぞ。それでいいならな。」

「わーい!ぱぱやさしー!」

ぎゅーっと抱き着いてくるナナ。

後日、自分の食事は質素なカップラーメンで2週間は凌ごうと決意した瞬間だった。


「明日の夜出発するか。朝にはつくはずだ」

東京から岩手までは片道3800円で行ける。

一応レースに出るウマ娘とトレーナーに限り移動費(バス、新幹線、電車等公共交通機関)に半額の補助が出ると小野寺さんから聞いた。

ざっくり計算しても往復夜行バス1万、ホテル代格安でも1日1万、それに食費を合わせると10万弱は飛ぶ計算になる。

貯金が半分消し飛ぶ計算だ。マジで頼んだぞツクヨミ。


「そろそろご飯にするか。今日はハンバーグだ」

「じゃあ手伝いますねー」

「私も手伝います!」

「にゃにゃもお手伝いするにゃ!」

時刻は18:10。お腹も空いてきた頃合いだ。

4人だとだいぶ狭いので、キッチンにぎゅうぎゅう詰めになりながら4人で夕食の準備をする。

クロは整備のバイトで夜20時に退勤になるので皆とは食事の時間がずれる。


玉ねぎを切っているとナナが「おめめいたいにゃー!」と泣いていた。くっそ可愛かった。

ツクヨミは料理の手際が良い。節約しながら生活を守って来たからか、料理のレパートリーも豊富だ。

ユキヒメもきっと将来はいいお嫁さんになる。明るくて笑顔の絶えない家庭を築くだろう。


「いただきます」

今日の夕食は春キャベツが安かったので消費するためにロールキャベツ、安い豆腐と混ぜた豆腐ハンバーグ、もやしのナムルだ。

もやしを育てている人は国民栄誉賞を与えてもいい。


ご飯を食べ終えてナナを膝に乗せてアニメを見る。

20:20頃、至福の時間を過ごしていたらクロが帰ってきた。

服の汚れから察するにしっかりと仕事を真面目にこなしてきたみたいだ。


挿絵(By みてみん)


「まーじ疲れた・・・。腹減ったぁ・・・。」

「飯は冷蔵庫に入ってるからチンして食べな?風呂はそろそろ貯まるぞ」

「りょーかい。飯食うわー。」


・・・さすがに汚れた整備服には抱き着きに行かなかったナナだった。

仕事をしてきたクロを一番風呂に入れてやり、パジャマに着替えたクロがリビングに戻ってきてツクヨミとレース出走が決まった話、今日の初仕事の感想を話している。


やっぱりバイクが好きでこの整備の仕事に入っただけあって、珍しいバイクを見た時はテンションが上がるらしい。

「SCR950」がねー。とか言われてもキキョウは「???」と愛想笑いしている。

大丈夫だ、安心しろツクヨミ。俺も分からん。


明日は夜行バスで東京から岩手に。

貯金が半分消し飛ぶが、ナナも連れて行き実際にレースを見て勉強させる。

どうやらナナは地方競馬のレースを見るのは初めてらしい。


東京競馬場が近いのでトゥインクルシリーズ(中央競馬)は何度か見たことがあるが、旅行は事件後かなりギリギリの生活をしていたのでまともに行けていなかったみたいだ。

一年ぶりに東京を出るらしい。

僕は転生後、生で見る初めてのレースが控えていることに期待と不安が渦巻きつつ眠りにつくのだった。

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