6話 天才と凡才
後日挿絵追加と加筆修正あります
まずは各ウマ娘の現在の実力を確かめる必要があると考えた。
戦績や脚質、得意距離、根幹距離(400の倍数で割り切れる距離の事。例として2000mの皐月賞は根幹距離。2200mのエリザベス女王杯は非根幹距離となる)
これまでの戦績について3人から直接聞いてはいるが、実際に重要なのは今のタイムである。
大事なのは「今使えるか、走れるかどうか」である。
実際に3人併せして各自の戦略、最高速度、実際の得意距離と限界距離を把握しておく。
特に限界距離に関しては、距離延長もしくは短縮が効くかどうかで出られるレースの幅が大きく広がる可能性がある。
クロにとっては実力の差を突き付けられる辛い併せ馬になるかもしれないが、それでも3人しかいない以上組ませる他はない。
それに中央で走っていたそれも一勝クラスのユキヒメとオープンウマ娘のツクヨミが相手にどこまでやれるかが見たかった。
時刻は08:30。僕にとって生涯初のトレーニングが開始した。
「じゃあ君たちの現在の実力を把握しておきたい。距離は1600m。芝の右回りコースだ。」
事件後地方競馬で走る3人(クロは関係ないが)はダートコースが主戦場である。
なぜなら盛岡競馬場以外地方は全てダートコースだからである。
しかし得意な芝で「今」どれだけやれるのか、それを確かめてみたかった。
「質問いいですか、トレーナーさん。【芝】ですか?」
今はダートを主戦場にしている彼女たちにとって当然の疑問だった。
「ああ、今どれだけやれるかはっきりと実力を確かめたい。それに、戻るんだろ?ツクヨミ、ユキヒメは中央に。・・・クロも中央を目指してるもんな。」
(このトレーナーさんは本気で私たちを中央で走らせる気なのね。だから芝でやれるか試してる。)
(久しぶりの芝!!あー、この土と朝露の匂いいいですねー!)
(へぇ、火ぃつけるの上手いじゃねえか。相手はこの二人。不足はねえ!)
それぞれ何を考えているのか分からなかったが闘志に火が付いたのは僕でも分かった。
ゲートの中にクロ、ユキヒメ、キキョウが収まった。
そしてー。ガシャンと音がしてゲートが開いて飛び出していく。
「おお・・・・。」
実際に見てみると迫力が違う。
ゲートからの好スタートはキキョウ。やや出遅れがユキヒメ。クロは問題なし。
先頭はクロ。3馬身差でユキヒメ、更に2馬身差離れてキキョウが追走。
僕は彼女たちの走り、ゲートの反応、走法をメモしながらラップタイムをストップウォッチで計測していく。
ツクヨミは大跳びの走り方だ。素人の僕が見ても分かるくらい走法が違う。
大跳びは1歩ごとの地面を捉えるストライドが広く、いったんトップスピードに乗ると、ゆったりとした回転で長く良い脚を使い続けられられる。
広いスペースや長い直線があるコース東京競馬場など、中・長距離レース、そして走りやすい良馬場を得意とする。
しかし逆に小回りコースや、加速に時間がかかる短距離戦、足元が滑りやすい重・不良馬場(道悪)、ダートなどは比較的苦手とする傾向がある。
三冠馬のディープインパクトなどが大跳び(ストライド)の代表格として知られている。
僕は内心キキョウの走り方を見て色々と考察した。
(なるほど、これなら確かにダートは苦手だ。完全に芝適性。中山で行われた弥生賞3着はおそらく直線が短かったから。地方も直線が短い事が多いから厳しい戦いになるか、戦法を変える必要があるな。)
逆にクロユリはピッチ走法。クロを見てからキキョウの走り方を見ると違いが歴然だった。
ピッチ走法は 短距離〜マイル戦、ダート、道悪(重馬場)、小回りコース(中山競馬場、小倉競馬場など)、急坂を得意とする。大跳びの真反対と言っていい。
しかし直線が長い広いコース(東京競馬場など)での最後の追い比べやキレ味勝負、長距離戦は苦手とする。
小柄、高頭位、速筋繊維が発達しやすく、素早いギアチェンジや細かい身のこなしが得意。
実際の競走馬だとドリームジャーニー、アストンマーチャン、ブロードアピール、タイキシャトルなどがピッチ走法の代表馬に上げられる。
素早く走り書きをしてから視線を併せに戻すと第2コーナーを回ったところだった。
依然先頭はクロ。3馬身差が約4馬身差に広がっている。
中団にはユキヒメ、更に2馬身差でツクヨミが最後方に控えていた。
先頭のクロから最後方のツクヨミまで6馬身と差がある。
クロ(ユキとキキョウ姉さんに私の脚じゃ敵わねえ。だったらペースをコントロールして逃げる!)
ユキ(多分このポジションが正解のはず!仕掛けるなら早めに動く!)
ツク(ユキが動いたら私も動く。悪いけど勝つのは私!)
3コーナー残り800mの標識が見えてきた時、ユキヒメが早くもロングスパートをかけてきた。
ユキ/ツク(ここ!!!!)
全く同時に仕掛けたユキヒメとツクヨミ。
「仕掛け早くないか・・・?」
思わずぽろっと声が出た僕。残り800mもあるのだ。普通なら600m標識から加速して400m(最終直線)でトップスピードに加速するはず。
しかし、僕の心配こそ杞憂だと2人の走りが証明した。
示し合わせたかのように後方からツクヨミ、ユキヒメが同時に仕掛けてから、4コーナー(残り400m)に差し掛かったところですでにクロユリの1馬身後ろにまで迫っている。
クロも全力で勝ちに来ているのだが元中央の2人の走りの前では止まってすら見えた。
「これが中央のウマ娘・・・・。」
脚が違い過ぎる。これほどまでに身近で力の差を感じたことがあっただろうか。
地方のウマ娘が中央で通用しないのはトレーニング不足?
努力はいつか報われる?
違う。なぜ通用しないのか。それは天性の才能だ。
凡人の背伸び(努力)すら歯牙にもかけない圧倒的な才能という暴力によって。
「なんだ・・・これは。」
僕はこの併せ馬を見て背筋が凍る思いがした。
クロは最善を尽くした。それでもモノが違い過ぎた。
これが才能だ。一生懸命トレーニングしたとてクロは地方ではいつか勝てるかもしれないが絶対に中央には行けない。
「これを見せられて折れなきゃいいが・・・。」
(くそっ!くそっ!くそ・・・!これが今のユキかよ・・・!悔しいけど差があり過ぎる!)
結果1馬身差でツクヨミが1着。タイムは1.33.2
2着に1.33.5でユキヒメ。
3着に大差をつけられ1.42.1でクロユリ。
「やっぱりこうなったか・・・。」
一応目安として読者にも一目でわかるように平均タイムを書いておく。
重賞・オープン: 約1分33秒0
3勝クラス(1600万下): 約1分33秒6
2勝クラス(1000万下): 約1分34秒0
1勝クラス(500万下): 約1分34秒5
未勝利戦: 約1分35秒3
新馬戦: 約1分36秒7
正直に言うと成長段階のユキヒメはオープンクラスになれるほどの実力を持っている。
これで1勝クラスだったという事は事件が無ければ、遅かれ早かれオープンクラスに上がっていた可能性が高い。
しかし問題はダートのタイムだ。地方は芝は盛岡だけである。
キキョウに関しては今重賞に出てもやれるタイムを持っている。
さすがオープンクラスのウマ娘なだけはある。
今がピークだからこそいつ終わりが来るかが正直怖い。
クロに関しては正直言って・・・残酷だが中央では走れないだろう。
ただ地方のクラス分けなら、このタイムなら南関競馬でもB1B2クラスでやれそうな気がする
明日はダートで走って試してみよう。
「ありがとう。じゃあ坂路トレーニング行くぞ!」
クロが落ち込んでトレーニングを辞めるとか言いそうだったがそんなことは無かった。
メンタルが強いのだろうか、坂道ダッシュも2人に食らいついて行った。
午前のトレーニングを済ませて、オムライスをみんなで食べた後クロは整備のバイトに行った。
午後のトレーニングは2人に任せ僕は地方競馬のライセンス取得に向かった。
地方はどうやらかなり緩いらしく適性検査、筆記問題、面接、面談の4ステップを終えて、当日発行された。どうやら華々しいトゥインクルシリーズ(中央競馬)と違って賞金も格段に下がり、ウマ娘のレベルも低く人間性と最低限の知識さえあればトレーナーになれるらしい。
ただし問題があり、一定の成績を収めなければライセンス取り消しになる恐れがあるとの事。
時刻は17時10分。待ち時間の方が長く午後の時間丸つぶれになった。
もうナナも帰って来てるし、キキョウ、ユキヒメはトレーニングが終わって片付け中だろう。
クロは整備のバイトだ。
車で家に帰っていた最中だった。ユキヒメから着信があり路肩に車を停めて電話に出た。
「もしもし?ユキヒメ、どうした?」
「実は今、厩舎に知らない人がいてトレーナーはどこだって・・・。男の人です。1人。」
まさかとは思うが不審者かもしれない、すぐに向かう事にした。
「分かった。すぐ行く。10分で着く」
僕は急いで彼女たちの待つ厩舎(我が家)に車を走らせた。




