4話 決起の夜
車を運転し、助手席にキキョウを乗せながらこの街を眺める。
どうやらウマ娘と人間が共存する世界の様だ。
キキョウはあまり自分から話す方ではないらしい。
かくいう僕も自分で言うのもおかしいが、大人しい方なのでこういう時に何を話していいのか分からない。
数時間前は「私の奴隷になりなさい」と言っていたというのに二人きりになったのが気まずいのかお互いしばし無言でドライブする。
意外と出会った時はプライドが高そうに見えたけど実は真面目なタイプだった。
「・・・トレーナーさん。言っておくけどかなりやばいわよ。」
信号待ちで車を停めた後、キキョウが口を開く。
何がと聞く必要もない。家計の話だ。
今ですら大量のもやしと数少ない商店街の支援者たちからの差し入れで、彼女たちの生活が成り立っているのだ。
そこに1人追加されただけで家計簿を見るまでもなく苦しいのは分かり切っていた。
しかし逆に言えば1人稼げるウマ娘が増えたという事でもある。
ただ、レースで活躍できなければ苦しい生活が待っているだろう。
「・・・ああ、分かってる。赤字だ。それにキキョウもいつ限界がくるか分からない。」
換気の為に空けた車の窓からは街の雑多な匂いがする。
キキョウの雰囲気と口調から僕は大人同士の真剣な話し合いの空気を悟る。
(【ピークアウト】がいつ来るかは本人にも分からない。元僕がいた平行世界のウマ娘・・・オグリキャップも秋天6着、ジャパンカップ11着と大敗した。おそらくここでオグリキャップは走れなくなったんだ。有馬に勝ったのは展開が向いたから。奇跡でも何でもない。それに詳しい年齢は分からないがキキョウはすでに確か20戦は走ってる。キキョウが走れなくなったらユキヒメとクロユリの二人で生活を支える事になる。それにいつもいい成績が出るとは限らない。俺も働きながらトレーナーをするしかないな。)
「現状はトントンだったけどクロユリちゃんを受け入れてから赤字に転落したわ。このままの収支だと一年で貯金が尽きるわ。」
信号が青に変わって右折する。
「しかしあの娘を放っておくわけにもいかないだろ。それにナナが悲しむ。」
「分かってるわ。けど現実を直視した方が良いわよ。なんとかなるなんて思わない事ね。あ、そこのスーパーよ。今日は鍋にしましょうか。」
寄せ鍋の具材を手早く買ってから、一応キャッシュカードが使えるかどうか確かめる。
どうやらカードは使えるようだ。
2万だけ下ろしておく。これで貯金は18万。
身分証も平行世界とはいえ日本なので使えるだろう。
手早く食材を買い終えて車で帰路に着く。
物価は現代日本と大して変わらないようだ。
野菜が少しずつ値上がっているのも元いた日本と変わらない。
ドアを開けると小さなロケットが飛んできた。
「パパおかえりにゃー!」
ぎゅーとナナが飛びついてくる。
この時ばかりは赤字の家計も忘れるぐらい幸せだ。
「パパお腹空いたにゃ!!」
「おー、よしよし。じゃあご飯にしようか。」
重い買い物袋を持ってキキョウ、ユキヒメと一緒にキッチンに行く。
「そういえばクロは?」
「クロちゃんは用事があるって外出てますよ〜。」ユキヒメが白菜を切りながら話す。
「そうか、飯時には帰ってくるといいg…」
話している途中に玄関のドアがバンと開いてクロが帰ってきた。
「仕事決まったー!」
「「「ええーーー!?!?!?」」」
僕、ユキヒメ、キキョウの声がシンクロする。ナナはクロに抱きつきに行った。まるで犬耳でもついてるのかって錯覚する。
お迎えに行くワンちゃんのようだ。
ついているのは馬耳だがピコピコ無意識に動いているのは「嬉しい」のサインか。
「車とかバイクの整備の仕事!週5で月20万!」
ビシッと人差し指をこちらに指差してドヤ顔を決めるクロ。
どうやら役所に行って住所変更やら色々手続きを済ませて来たらしい。
「でかした!クロ!」
月20万あれば黒字になる。まさしくバイクが好きなクロの好きが天職になった形だ。
しかしどうしても拭いきれない懸念がひとつある。
「…クロ。こっちとしては助かるが大丈夫か?」
土日にレースに出て、平日にバイトなら大変だろう。
更にトレーニングもするとなると休みはほぼ無いと言っていい。
「大丈夫!こう見えても体力だけはあるんだから!」
ふふんと胸を張って答えるクロ。
話を聞くと面接で趣味のバイクの話を延々と語ったら面接官も面接を忘れて長々と話して打ち解けたのか即採用されたらしい。
正直ギャル(?)のコミュ力すげえ。
「で、いつからバイトなの?クロちゃん。」
パックの木綿豆腐の水切りをながらツクヨミが話す。
「明後日から!午後2時から8時まで!だって私、みんなの負担になってると思うから…。」
少し声のトーンを落としながらクロが話す。
「クロちゃん…。」
ユキヒメが心配そうに話す。
クロも色々と考えていたんだろう。
自分が増えたことで家計を圧迫している事を。
何より中央で通用していたユキヒメとツクヨミと違い、地方でも苦戦していた自分がどう貢献するか。
走って稼げないなら自分にできることをする。これもある意味強さだろう。
クロの戦績については落ち着いたら聞いてみる事にした。
「おかえり、クロ。ご飯にしようか。」
「…うん!」
「ナナも手伝うにゃー!」
「じゃあナナちゃんはご飯を盛ってくれる?」
ナナの為に踏み台を出して炊飯器の前に置いてあげるユキヒメ。
「ふふ、なんかこういうのいいですねトレーナーさん。」
寄せ鍋をカセットコンロにセットしながらツクヨミが微笑みながら話す。
「…ああ、そうだな。」
まるで家族の様な光景を目の当たりにして胸がほっこりするのだった。
踏み台を使って5人分のご飯を盛っているナナ。
…心なしかサービス精神だろうか。
茶碗一杯にマンガ盛りしているのは…愛情だろう。
それに気が付いたらパジャマから少女らしいフリルの付いた服とこれまた愛らしいスカート姿に着替えていた。
忖度抜きでマジで天使かと錯覚した。
クロはポン酢や食器類を用意している。
これミヤビ姉さんの食器ねとツクヨミと話している。
かつて沢山のウマ娘が在籍していたので食器類は多く置いてある。
ツクヨミはみんなに指示を出しながら最後の仕上げにゆずを鍋に入れている。
この小さな気配りが女性らしい。
ユキヒメはカセットコンロに乗せたゆず風味の寄せ鍋をリビングに持って行っている。
この光景を見ると転生して良かったなと思う。まあ、転生したと言っても日本なんだが。
「いただきます」
「いたらきますにゃ!」
「いただきます!」
「いただきますわ」
「いただきまーす!」
五者五様のいただきますをしてからゆず風味の寄せ鍋を食べ始める。
テレビでは桜花賞に向けての記者会見が始まっている。1番人気はダイワスカーレット、2番人気はニシノフラワー、3番人気はジェンティルドンナ。
「フラワーちゃん…」
ツクヨミが箸を置いてテレビに釘付けになっている。
「知り合いなのか?」
熱々の豆腐を麦茶で流し込んでから話す。
「ええ、事件が起きる前GⅡ日経新春杯で。私は2着だったけどあの時の1着ウマ娘が彼女だったの。」
「そうなのか、いい勝負だったんだな。」
内心、僕はニシノフラワーの競争成績を思い返す。
競馬好きの僕は大体の名馬の競争成績は頭に入っている。
個人的にはテイエムオペラオーに泣かされ続けたメイショウドトウやオグリキャップ、イクイノックスが好きではある。
ニシノフラワーは活躍時期こそ短かったもののGⅠの3歳牝馬SやGⅠ桜花賞、スプリンターズSを制してJRA(中央競馬)【最優秀三歳牝馬】を獲得した翌年に【最優秀四歳牝馬】とおまけのように【JRA最優秀スプリンター】を獲得した押しも押されぬ時代を席巻した名馬と言える。
「走りたいか、中央で。」
「…うん。」
少し遠い目をしながらテレビを見つめるツクヨミ。
これ以上何を言えばいいのか分からずに僕は豚肉を食べるのだった。
(地方で結果を出してから中央で走れるように交渉するつもりだがその頃にはもう…。)
僕は無力感を感じながらツクヨミの横顔を眺める。
「…ついに明日からトレーニングですね。トレーナーさん。」
「ま、明日から私もバイトなんだけど。」
「ナナも学校にゃ!」
「ああ、明日から頑張ろう。必ずトゥインクルシリーズで走らせてやる。約束だ。」
…正直に言うと根拠は無い。
だが根拠がなくてもやるしかない。
あの堅物の中央委員会を説き伏せる必要も、シンボリルドルフ会長との交渉もある。何より赤字ギリギリの家計もどうにかしないといけない。
「ちょっとサービスがすごいな、ナナは。」
「…んにゃ?☆」
もぐもぐと寄せ鍋を食べながらナナがきょとんとこちらを見る。
どうやらウマ娘は食事量が常人より多いようだ。
現にツクヨミはマンガ盛りしたご飯をおかわりしている。
食費が馬鹿にならないし、それに人間の僕も同様に扱っているらしい。
半分しか減っていないマンガ盛りのご飯を前にして僕は箸を止めた。
「…いや、ナナは可愛いなと思って。」
「にゃー☆」
可愛いと言われたのが嬉しいのか笑顔を見せるナナ。
…結果食べきれずにラップに包んで冷凍した。
ご飯を食べ終わって時刻は21:32。
「お風呂湧いたわよ〜。」
「1番風呂にゃー☆」
ナナが脱衣所に消えていく。
「私も入るー☆入浴剤買ったんだよー!」
クロも脱衣所に消えていった。
「じゃあ僕は色々トレーナー仕事に入るよ。」
「じゃあ後で紅茶持っていくわね。」
「ん、ありがとう。いい嫁さんになるな、ツクヨミは。」
「ふふ、おだてても何も出ませんよ?トレーナーさん☆」
食器を洗いながら肩越しに返事するツクヨミ。
こちらを見ないのは照れてるのだろうかと邪推する。
時計を見ると21:45。夜も大分深まってきた。
僕は自室にトレーナーノートを持っていき、前のトレーナー達が残した6年分の記録を確認する。
馬をゲームで育成したことはあってもウマ娘を育成したことはない。
トレーナーノートを参考にしながら見様見真似でこれからのトレーニングメニューを作成しながら静かに夜が更けていく。
22:14。「失礼しますね〜。」とノックしてから紅茶とクッキーを持ってきてツクヨミが入ってくる。
パジャマ姿だろうか、意外とかわいいパジャマを着ているようだ。
ツクヨミを含めた4人のウマ娘の中では多分一番の年長者なのだがまだまだ少女なのだ。
「ああ、ありがとう。」
机に紅茶とクッキーを置いてツクヨミが出ていくと思ったのだが、ツクヨミが続けて口を開いた。
「…本当にトゥインクルシリーズ(中央)で走れるの?」
私がとつけていないのは自分は間に合わないことを理解しているからなんだろう。
君もと言えない自分の無力さに歯がゆさを感じずにはいられなかった。
正直に言うと聞いた戦績から判断すると一番実力があるのはツクヨミだろう。
だからこそ彼女が中央で走る姿を見たかった。
それでもユキヒメ、クロユリが、そしてこれから先成長したナナがトゥインクルシリーズ(中央)で走れるようになるかもしれない。
自分の諦めてしまった夢を託すことが出来るかもしれない。
中央のライセンスを剥奪された時諦めてしまった夢を。
ツクヨミは先を見ているのだ。
それと同時に『自分がそのステージに立てない事』も理解している。
もちろん割り切れない部分はあるだろう。
ウマ娘として中央で走ってきたツクヨミだからこそ中央で走りたい気持ちは誰よりも強いはずだ。
「分からん。根拠は無い。だがどうなろうとも必ず君たちが路頭に迷うことにはさせないよ。」
「…そう。ありがとう。風呂先入っていいわよ。ナナちゃんとクロちゃん上がったから。」
そう言い残して部屋から出ていった。
お風呂に入りながらこれからについて考えをまとめる。
まずはレースに向けてトレーニング。
それとレースに出れるように交渉する必要がある。
前のトレーナーの事件があってからレースに出るのにも一筋縄では行かない。
「…マジでやってくれたよな前のトレーナー。」
溜息をつきつつ転生初日の夜は静かに更けていくのだった。




