2話 過去の栄光
事務所はこじんまりとしているが清潔に保たれていた。
テレビ、テーブル、ベッド、机等必要な家具は色々と一通り揃っているようで安心した。
空き部屋が多く、きっとこれまで多くのウマ娘が所属していたことが伺える。
「そこの…男の人…だれ?」
寝起きだろうかユキヒメとツクヨミよりも幼いウマ娘が隣の部屋から出てきた。
目をゴシゴシ擦ってポップなにんじんパジャマに身を包んだ、金髪のショートカットのこれまた可愛い子である。
今は昼の12時10分なんだが、いつまで寝てたんだこの子と呆れつつも自己紹介をしようとすると、先にツクヨミが口を開いた。
「この男性、ユキトは新しいトレーナーよ。」
新しいトレーナーという言葉を聞いてキョトンとする金髪のロリっ子。
「…ふぇ?私たちにとれーにゃーがついたの?」
寝ぼけているのだろうか、トレーナーではなくとれーにゃーになってしまった。
(とれーにゃーも悪くないな…うん。)
と思いつつも『トレーナーがいないウマ娘』がいる事に驚きを隠せない。
「ちょっと待て。説明してくれ、君たちに何でトレーナーがいないんだ?それにこれはなんだ?」
俺が指を指すとみんなの視線も自然と集まる。
壁にスクラップして貼ってある新聞の見出しには「桜の女王ミヤビが制した!桜花賞、オークス連覇!樫の女王に輝きついに三冠に王手!」と書かれており、その他にも「ユイ、亡き母に捧げるラストラン!スプリンターズステークス勝利!これが『稲妻姫』の引き際だ!」等と新聞が壁一面に貼ってあり、トロフィーも多数飾ってあり、素人目にもこの厩舎が強い厩舎であることが一目で分かる。
「ミヤビ姉さんね。強くて綺麗で早くてかっこよくて…。」
懐かしむようにぽつりと言葉を紡ぐツクヨミ。
「にゃにゃ(なな)は会ったことはないにゃ。でもよくツクヨミおねえちゃんからお話は聞くにゃ。」
(ナナと言うのかこの子は。と舌っ足らずがこの子の標準語なんだなと理解する僕。)
「私は1年しか一緒にいられなかったけど一度も前に出られなかったです。
ああ…これが憧れなんだ。私の目標なんだって。」
同じく懐かしむように優しい口調で話すユキヒメ。
ぐぅ〜という可愛らしいお腹の音が聞こえてきた。
お腹を抑えて恥ずかしそうにするナナ。
(お前寝てただけだろと内心ツッコミを入れつつ僕はお昼を提案する事にした)
「そろそろお昼ご飯にしようか。食材とかある?」
手持ちの財布には2万6231円しか入っていない。
カードは使えるのだろうかこの異世界で。
日本なんだからおそらく使えるだろう・・・と言っても貯金も約20万しかないが。
「ありますけど大したものは無いですよ…。」
申し訳なさそうにキッチンに案内するユキヒメ達。
ナナはテーブルに座って足をぶらぶらさせながら「ご飯まだー?」と催促してくる。
どうやら手伝う気はさらさらないらしい。…可愛いから許すが。
冷蔵庫を開けると使いかけの野菜や卵、そして大量のもやしが鎮座していた。
Oh…こういうことか。肉が無いぞ肉が。
何となくトレーナーのいないウマ娘達がどんな生活をしているのか分かった気がした。
「食材は商店街の皆さんや数少ない支援者の皆さんに頂いてます。それとたまに地方に遠征して地方で走って何とか稼いでいる状態です。私たちはトゥインクルシリーズ(中央)で走れないので…。」
「…は?トゥインクルシリーズで走れない?何故だ?トレーナーがいないからか?」
僕の問いに静かに首を横に振るユキヒメ。
数秒の沈黙の後、決心したように口を開いた。
「実は前のトレーナーさんが不祥事を起こしまして。『馬娘券』をトレーナーの立場でありながら購入したのです。」
「なるほど…それで。」
これで合点がいった。規則で競馬関係者は基本的には馬券を買うことは禁止されている。
地方ならOKだとかそういうのは詳しくないが、(武豊騎手や戸崎圭太騎手がYouTubeで地方競馬の馬券を買っていたので一部OKなのだろうが詳しくは僕も知らない)ウマ娘に携わって裏も知っているトレーナーが購入するのはどう考えても反則だ。
それに知り合いのトレーナーと結託して『八百長レース』にすることだって出来るかもしれない。
「不祥事の後、私たちはトレセン学園をこの問題に巻き込まれる形で退学になり、中央のレースライセンスも取り消しになりました。この件について私たちを庇おうとシンボリルドルフ会長が中央委員会に断固抗議したのですが…処分の取り消しは叶いませんでした。」
下を向いてしまったユキヒメの代わりにツクヨミが話を続ける。
「幸いにも『取り消されたのは中央の出走ライセンス』です。なので地方に遠征しては園田、笠松、名古屋、水沢…まあ色々転々としながら関係者に頭を下げてレースに出してもらってます。あまりいい結果ではないですがレースに出させてもらってるだけで何とか食いつなぐことは出来ていますわ。」
「…。」
僕は何も言えなかった。
彼女たちはトレーナーがいないので自分たちでトレーニングして、自ら交渉し、地方に遠征する。
遠征するにも金はかかる。
そしてトゥインクルシリーズ(中央)に比べて賞金も…。
だが走りさえすれば『出走手当金』の支給もある。
文字通り彼女たちは走るしかないのだ。
中央のウマ娘と違って満足に食事も取れず送迎もなくバスや電車を使って。
きっと遠征の疲れから体調も万全ではない状態で当日を迎えるのだろう。
それに悪いのは彼女らの元担当トレーナーであって彼女らが悪いわけではない。
むしろなぜ彼女らが連帯責任のようにライセンス取り消しになったのかが引っかかる。
とりあえず僕は重苦しい雰囲気を振り払うべく笑顔で話す。
「とりあえずご飯にしよう。ナナがむーってしているからな。」
キッチンではユキヒメとツクヨミが楽し気に会話しながらとん平焼きを作っている。
僕も手伝おうかと腕まくりしたが、ゆっくりしていてください(任せなさい)という事だったので事務所の机の上にポンと置かれている、かつてのトレーナーが書き残していたであろう表紙がボロボロになって落書きもされているトレーニングノートを発見した。
他人の日記なので多少ためらったが、開く事にした。
キッチンをちらりと見ると「ユキおねえちゃんまだー?」としっぽが無意識に
ぶんぶん荒ぶっているナナと「はーい待っててねー」と味見させながら宥めるツクヨミ。
2人はいいお嫁さんになるなと思いながら最初のページを読む。
最初のページは6年前。トレーニングの内容を見るとなんか俺に似てるなと直感した。
6/14 芝 馬なり 天候:曇りのち晴れ
コメント:キキョウが新馬戦で5着に入線し掲示板に乗った。とても誇らしく思う。
ハイペースになった中、先行していたキキョウはよく頑張ってくれた。
一着はデュランダル。
彼女は納得がいっていなかったレースだと不機嫌そうにしている。
もっと強くなりたいと「一杯」を望んだが、彼女たちを壊すわけにはいかない。
明日は日曜日。ヒマリが3戦目中山競馬場未勝利戦芝1600mに出る。この前は3着だった。
リーネの脚部に違和感あり。本人は「大袈裟~☆大丈夫!」と言っているが右足を庇っている様な気がする。病院に連れて行く事にした。本人は注射やだー!!と断固拒否しているので病院の帰りにはパフェを奢る事で渋々納得してくれた。
パフェを奢る事で渋々同意に思わずふふっと笑ってしまう僕。
6/15 屋根付き坂路 強め 天候:雨のち曇り
コメント:ヒマリが道悪に苦戦し10頭立ての7着。でもよく頑張った。
スローな展開になり末脚を余したまま仕掛けるタイミングを見失った。
一着はスノードラゴン。
雨なので屋根付き坂路にした。風邪を引かせるわけにはいかない。
キキョウは真面目にトレーニングに励んでいる。きっと新馬戦で入線できたことが弾みになっているのだろう。
3週間後は未勝利戦。初めてのダートを試してみる。1200mだ。
リーネは軽度の捻挫だった。まずは一安心。回復状態をリーネに聞きながら調整する。
来週のGⅢしらさぎSは取り消し7月の大沼Sに向ける。
パフェをまさか2種類も食べるとは思わなかった。樋口が飛んだ。
読み進めて行くと『ある違和感』に気づく。
「このトレーナー一杯、特別調教一度もしてないぞ・・・?」
おもむろにキッチンから明るいユキヒメの声が響く。
「トレーナーさ~ん、ナナ~!ご飯できたよ~!」
ノートを置いて4人でテーブルに着く。
女の子の手料理なんていつぶりだろうかと思い返しつつテーブルに並んだ料理を見て僕は驚愕する。
いただきますをしてからおのおの箸をつけ始め彼女たちを観察していると、どうやらナナはお豆腐が好きらしい。
少しお豆腐が大きくて口に入ってない姿に微笑ましくなる。
「めちゃくちゃ旨そうなんだけど。凄いな二人は。」
素直に褒めると誇らしげにするユキヒメとキキョウ。
「まあね、このくらいなら作れるわよ。それでこれからの事なんだけど。」
ナナの口の周りを姉のように拭きながらキキョウが話す。
味噌汁で流し込み僕も話す。
「まずは現状の確認が必要だ。それから将来的には中央で走れるようにルドルフ会長に直訴してみる。」
会長に直訴と聞こえたとたん彼女らの背筋が伸びた。
・・・ナナだけはきょとんとしているが。
「それと地方はルールが色々と緩いみたいだな。君たちもトレーナー無しで出走していたんだろう?
だったらまずは地方で結果を出してからだな。それに俺も中央のライセンス取得に向けて実務経験を積みながら勉強するよ。」
ふっと微笑んで僕は付け足す。
「まあ・・・しばらくは節約生活の続きになるな」
「でも、嫌な気はしませんわね。まるで止まっていた秒針が動き出し始めた感じがします」
「(そろーりとバレないように僕の冷奴を食べてるナナ。もちろんバレてる)・・・。」
「じゃあ明日から本格的なトレーニングだね!」
三者三様の返答を聞いてわいわいとお昼時間が過ぎていき、初めてのゲームではない
本物の育成に不安と期待が半々の僕なのだった。




