1話 思いがけない出会い
「ここはどこだ・・・。」
見渡す限りの青空、そして目の前には牧場・・・だろうか。
爽やかな風が草原の青葉を凪いでいる。
さっきまでコナステで馬を育てていて、夢の世界に寝落ちていたのだろうか。
「夢にしてはやけに鮮明過ぎないか?」
寝ぼけまなこでとりあえずスマホの電波が通じるかどうか確認する。
「コナステ開きっぱなしだが電波は通じている。という事はここは日本のどこかという事か。」
誰に聞かせるわけもなく一人呟く。スマホの画面では桜花賞をアーモンドアイが制していた。
「3月2日、日曜日、時刻は11時23分、快晴っと。少し寒くないか?春なのに。」
牧場のど真ん中でスマホを操作していると急に後ろから声をかけられ肩をびくりと震わせる僕。
思わず「ひゃい!?」と声が出そうになるのを必死で堪えた。
「・・・ほえ?どちら様ですか?」
牧場にぽつんと立っている僕を見て頭に耳が生えているかわいい女の子が好奇心いっぱいに警戒する素振りも無く耳を無意識にピコピコ動かしながら声を掛けて来る。
セミロングだろうか。茶色の髪を肩ぐらいにまで伸ばしてこちらを不思議そうな目で見ている。
僕はフリーズした。二度見、そして油が切れたブリキ人形のように三度見。そしてガクッと膝をつく。
「・・・・は?」
(内心:ああ終わった・・・。無断欠勤でこれクビだわ俺。さよならお仕事・・く〇寿司)
バイトを飛んでクビになる恐怖、そして目の前の可愛いウマ娘、そして元に戻る方法が分からない。
様々な状況と環境の急激な変化で感情が追いつかない。
多分連絡しても理解してもらえないだろう。
電話して説明するにも目が覚めたら日本のどこかにいて、今ウマ娘と話してますなんて精神科の受診を勧められるだろう。
うなだれたまま一応従業員用連絡先に電話を掛けてみる。
圏外。電波が通じているのに圏外とはこれ如何に。
サヨナラバイバイ・・・僕の定職。
「だ、大丈夫ですか?体調悪いんですか?」
手を伸ばせば触れそうな距離に更に近づいてくる名前も知らない見目麗しいウマ娘。
純粋に心配してくれるのが逆に申し訳なくなってくる。
春風が彼女の髪をさらって微かに甘い香りが僕の鼻腔を刺激する。
「いや、そういうわけではないんだ・・・。」
僕はよろよろと立ち上がって事情を説明する。岩手県のとある町で普段は〇ら寿司で働いていて今日は仕事の休日にコナステというアプリで馬を育てメダルを稼いでいたこと。
スマホを操作しコナステの厩舎画面を見せると興味深げにぐっと僕に体を寄せてスマホの画面を覗き込む彼女。
どうやらく〇寿司もこちらの世界にはあるらしい。
ちなみにこの子は甘えびと炙りチーズサーモンが好物らしい。
いろいろ事情があって数年行けてないらしいが。
つまり僕の住んでいた日本ではあるが平行世界の日本という事になる。
近くで見ると目が綺麗で、もの凄く美人だなと思って慌ててスマホの画面に視線を戻す。
「わ、この子とても強いんですね!三冠達成してるじゃないですか!」
彼女は僕が育てている「カグヤ」という馬の戦績を見て驚いている。
三冠はウマ娘にとって目指すべき夢の到達点だ。
「ああ、そうなんだ。苦節3年。ついに牝馬三冠達成したんだよ。」
少し誇らしい気持ちになりながら画面の向こうのカグヤの戦績を見る。
7-5-3-2。我ながら出来過ぎている戦績である。
何度も何度も挫けながらも生産ではなく「購入価格50枚以下の馬を購入し続け三冠に挑戦」してきた。
もちろん強い生産馬・・・ゲームの世界では「メモリアルホース」と呼ばれている馬は何頭か所有している。
・・・運がないのかあまり持ってはいないし、ライト勢なのでメモリアルホースが出やすいレースやガチ勢兄貴たちが熟知している「漬け」なんかも名前を知っている程度である。
ただ「50枚以下の馬」にこだわっているのは自分なりの流儀である。
強い馬を生産し、購入し、所有する。そして三冠やビクトリーチャレンジで最強の馬を目指す。
それが「普通の遊び方」だろう。
しかし僕は誰もが見向きもしない様な馬を発掘し、育て、勝てなくても諦めずに
走り続ける姿を見るのが楽しいのだ。
ー何故なら【血統は約束ではない】のだから。
「あら?ユキヒメここにいたの。この若い男の人は?知り合いかしら?」
これまた美人の銀髪のウマ娘が話し声を聞きつけ少し古びた建物(事務所だろうか)の中から出て来た。
そしてこの銀髪の子の話からすると、この茶色の髪のウマ娘はどうやら「ユキヒメ」という名前らしい。
ユキヒメより少し大人びている。もしかしたら年齢も・・・。いや、年齢は乙女の秘密だろう。
(というか胸大きいなこの子・・・。)
茶髪のウマ娘もといユキヒメが快活に答える。
「はい!この方はええと・・・。」と言って口ごもる。
そういえば名前を告げていなかったなと反省する。
「河城雪人だ。好きなように呼んでくれ」
「それでユキトさんは・・・。あなたはここに何をしに来たの?」
鈴を鳴らす様な綺麗な声で銀髪のハーフアップの美人ウマ娘が至極当然の疑問を口にする。
この声を寝起きのアラームにしたいくらいだと心の中で冗談を口にする。
見知らぬ男性がユキヒメと話してるのだ、誰だ?と思うのが自然である。
豊かな胸の前で腕組みしてこちらをわずかに警戒している様子が伺えた。
「いや、俺も分からん。岩手県のとある町で・・・。」
ユキヒメと同様の説明をしていくと表情がコロコロ変わっていく銀髪のウマ娘と
どうしたらいいのか分からず成行きを見守っているユキヒメ。
組んでいた腕をほどいて腰に両手を添えて静かに口を開く銀髪の子。
「そう。つまり簡潔に言うと異世界から来たのね。そして馬主、つまりトレーナー経験あり、と」
ふっと微笑んでこちらを見つめる銀髪の子。まるで獲物を目の前にした蛇である。
何だろう。美しいのに・・・・怖い。
「ツクヨミ姉さん、私から提案があるのですが・・・。」
おずおずと口を開きかけているユキヒメを銀髪のウマ娘「ツクヨミ」が半歩前に出て手で制する。
今の何気ないやり取りで上下関係が分かった気がした。
これも社会人の経験というものだろう。
「おそらく言いたい事は私も同じよ、ユキヒメ。」
真剣な目でこちらをじーっと見つめるユキヒメとツクヨミ。
美少女二人に見つめられて思わず目を背けてしまいそうになると同時に
「嫌な予感」から冷汗が吹き出しそうだ。大体こういう時の勘は当たるのだが。
「私達のトレーナーになって」とか言わないよな・・・。などと考えていたら開口一番二人の声がシンクロした。
「私のトレーナー(下僕)になって(なりなさい)下さい!」
・・・・Oh...my...god... なんてこった。これが社会人の勘ってやつか。
(ふと思い返して・・・おいちょっと待て、なんか下僕って聞こえたぞ・・・!?)
とある意味想像通りの展開に固まっているとユキヒメが僕の右手を引っ張って事務所に連れて行く。
「ちょ、ちょっと待て!ウマ娘の指導なんてしたことねえぞ!いや!力強っ!?」
ずるずると引きずられていく僕。こちとらまだ若い22歳男性なんだが!?とユキヒメの引っ張る強さに驚く僕。
ああ・・・馬力ってこういう事なんだなと朧げに思い浮かぶ。
「貴方が必要なの。『トレーナーさん』この厩舎を立て直すには・・・ね♪」
ふふっと楽し気に微笑み、ユキヒメに引っ張られずるずると事務所に連れていかれる僕を後ろからついて歩きながら同じく事務所へ向かうツクヨミ。
(なるほど、これが拉致というやつですね、わかります・・・。)
「絶対にトレーナーさんが、ゆっきーが必要なの!☆」
ちらっと僕を見て満面の笑みを零した後、右手で事務所のドアを開けて左手で僕を
事務所に引きずり込んだユキヒメ。
ああ、柔らかくて温かいな彼女の手は。とこことは違う日本での経験を思い返す。
付き合った彼女はたったの1人。
しかも5年付き合った後浮気されてから別れた後、女性に触れる事は無かったので
ユキヒメの手の感触に少しばかり気恥ずかしさが勝ってしまう。
「僕が必要?・・・てかゆっきーって。まあいいか。もう離していいぞ、抵抗は止めた。」
引っ張られている右手とは反対側の左手をひらひらと振って降参の意を示すと、あっけなく事務所に上半身が入った後、唐突にユキヒメに手を離された。ゴンっと後頭部を木のフローリングに打ち付ける。
「あ、ごめん、ゆっきー☆」
ケラケラ笑いながらも長テーブルに案内し椅子を引いてエスコートするユキヒメ。
絶対に反省して無さそうなのでコイツ(ユキヒメ)のトレーニングは倍にしてやろうと思いつつ、後では笑いを堪えているのか肩がぷるぷる震えているツクヨミ。
ツクヨミは笑ってないのでギリ許そう。「ギリ」な。
「・・・頼むから離すよって言ってから離してくれ。」
軽く悪態をついてからむくりと立ち上がって床に転がったので軽く埃をパンパンと払う。
(ここが事務所・・・。これからここで彼女たちと暮らすことになるのか。)
こうして冴えない22歳一般男性、河城雪人の異世界生活が始まるのだった。




