14話(外伝) うたかたの夢
【3月9日 土曜日 午前9時 水沢グリーンホテルロビー前】
「じゃあ・・・行くか。」
「はい!」
「しゅっぱつにゃー!」
さんざん玩具にされてげっそりしている僕と、心なしか肌ツヤもいいツクヨミと満足したナナは数日間お世話になった水沢グリーンホテルを後に岩手観光に向かっていた。
格安のレンタカーを明日まで借りて、明日の夜の夜行バスで東京に帰る日程だ。
東京なら公共交通機関も充実しているので車が無くても移動に困る事はないのだが、岩手はバスが1時間に一本とかザラにあるので賞金も入るしレンタカーにした。
岩手は面積が北海道に次いで2番目に広く、行きたい場所は色々あるのだが、時間の都合上行ける場所が限られているので夜行バスの出発地点でもある盛岡駅をゴールにして、岩手県を北上しつつ観光する事にした。
水沢から北上、花巻、盛岡の順で回っていく。
「いい天気だな。晴れて良かった。」
「わぁ!たんぼがえになってるにゃ!」
「あれは確か【ねぶた】でしょうか。どうやって色分けとかしてるんですか?」
「ああ、あれは田んぼアートと言ってね、色の異なる複数の種類の稲を組み合わせ、水田をキャンバスにして巨大な絵や文字を描き出すんだ。少し車を停めて写真撮ろうか。」
写真を撮影してから北にまた車を走らせる。
「もし年を取ったら岩手に住むのもいいかもしれませんね。住みやすそうです。それに畑を作って家庭菜園をしたいですね。」
「確かにな。俺も東京よりかは岩手の方が合ってる気がする。犬も飼いたいな。」
「ななはねこちゃんかいたいにゃ!」
数十年後を想像してみると意外と悪くないなと思ってしまう。
そんな他愛のない話をしていると【北上いちご園】に着いた。
「ここではいちご狩りが楽しめるんだ。」
「「いちご狩り・・・って何ですか?(なんにゃ?)」
「いちご狩りっていうのは・・・」
僕がいちご狩りについて説明していくと2人の顔がみるみる笑顔になっていく。
どうやら果物狩りは経験が無かったらしい。
「いちごが食べ放題なんですか!?」
「どれだけたべてもいいのかにゃ!!!???」
「お、おう・・・。そんなに喜ぶとは思ってなかったな。ただし40分間の時間制限だな。じゃあ、行くぞ。」
車から降りて受付に行くと人のよさそうなおじいちゃんが説明してくれた。
原材料や石油など温室を保つための原価が高騰した為、最近少し値上がりしたと申し訳なさそうにしていたが2人の耳には全く入っていなかった。
盛岡弁の説明を翻訳して二人に端的に伝える。
人気の「紅ほっぺ」をはじめ、「おいCベリー」「恋みのり」「かおりの」「あきひめ」「星うらら」「けんしろう」の7種類が食べ放題。
練乳無料、ハーシーのチョコレートシロップも無料でご用意。
案内されたビニールハウスに入るとむっとした温室特有の岩手の寒さを忘れさせる温かさと、鮮やかな赤色のイチゴが宝石のようにずらっと並んでいた。
「あったかいにゃー!すごいにゃー!」
「トレーナーさん。ありがとうございます。生きててよかったです・・・。」
「そんなに!?笑・・・まあけどここに来れたのはツクヨミが勝ったからだし。よし!好きなだけ食え!」
2人は文字通り死ぬほど食いまくった。
時折種類ごとの味の違いに感動したり、チョコレートといちごの組み合わせに気づいてしまったり。
その後、このいちご園ではウマ娘料金が生まれたり生まれなかったりしたという・・・。
「もうお腹いっぱいです・・・。」
「たのしかったにゃー!」
時刻は昼11時10分。北上いちご園を後にした僕たち3人は5キロほど南に南下し【みちのく民俗村】に向かっていた。
「ああ、僕もだ。昼は食べなくてもいいな。」
「ですね、たくさん種類があってそれぞれ味の違いがあって面白かったです。」
「にゃにゃはあきひめがすきだったにゃ!」
章姫は酸味が少なく、いちご自体も柔らかく噛むと甘みが強いジューシーな果汁がはじけるのが特徴だ。
「そうか。写真を見せたら私もって言いそうだなクロもユキヒメも。」
「ですね。埋め合わせが怖いですね、トレーナーさん。」
うっ・・・と帰った後の事を想像してしまった。
この幸せの代償は高くつく様な気がした。
「着いたぞ。みちのく民俗村だ。数十年前、いや、もっと昔の岩手の人の暮らしが学べるぞ。」
ここを選んだのはナナの勉強も兼ねてである。
旅行にナナを同行させたのは遊びだけではない、レースを見ての勉強と実際に岩手に来て人の生活、方言、地域の違い、歴史を直に学ぶことも大事な経験だ。
「わあ・・・これは確か茅葺屋根でしたか。現存していたんですね。」
「むかしばなしにでてくるおうちにゃ!はいってもいいにゃ?」
どうやら看板の漢字が読めないらしいがそれもまた可愛い。
看板には見学可能と書いてあったので僕たちは茅葺屋根の家に入る事にした。
「ああ、入ってもいいみたいだぞ。他の人もいるから静かにな。」
茅葺屋根の家に入るとまず目に飛び込んできたのは囲炉裏と火鉢、天井からつり下がっている鍋だった。
木の板の床を踏むと「ぎぃ」と音が鳴った。
「すごいひろいにゃ・・・。でもふゆはさむそうにゃ。」
「それはそうだな。だからこの囲炉裏で家族が集まって食事しながら温まるんだよ。」
「想像すると家族の温かさが目に浮かぶようですね。東北の寒い冬に食べる鍋はきっと美味しいでしょう」
「ぱぱ!みて!」
「あんまり大声出すなよ、ナナ。」
ナナを窘めながら移動するとそこには馬具とチャグチャグ馬コの模型が飾ってあった。
「これは蹄鉄ですね。なんだか不思議な感じがしますね。錆びているけどこれを私たちの祖先が付けていたんですね。」
ウマ娘のシューズにも蹄鉄が底に取り付けられている。
理由は普通のシューズだとウマ娘の踏み込む力に耐えられないからである。
またウマ娘自身が装蹄(蹄鉄の調整から装着までの作業の事)をするか、装蹄師と呼ばれる職人もいるらしい。
※原作アニメでもスペシャルウィークが自分で装蹄していたり、ベルノライトがオグリの為に鉄から装蹄していた描写がある。
「トレーナーさん。これやってみたいです!」
ツクヨミが見つけたのは【くるみゆべし】という東北が発祥とされている説が有力な郷土料理だ。
もともとは平安時代から源平・室町時代にかけて、武士の陣中携帯食・兵糧食として生まれたのが始まりで、本来は西日本や各地で柚子の中身をくり抜いて味噌や米粉などを詰めて蒸し、乾燥させたもの(丸柚餅子)が主流だった。
東北地方(上杉藩や福島など)へ伝わった際、柚子が手に入りにくい寒冷地であったことや、現地に豊富なクルミがあったことから、柚子の代わりにクルミを使い、お餅と醤油等で味付けした「四角いお餅状のゆべし」へと独自に進化したらしい。
「お前まだ食うのかよ・・・。」
「こ、これは勉強です!・・・別腹です。」
「ななもおかしづくりしたいにゃ!」
結局多数決でくるみゆべし体験に参加することになった。
おばあちゃん先生と数人の一般客と一緒に教えられながら作っていく。
正直に言うと案外楽しかった。
くるみを粗みじんにする包丁を使う工程はツクヨミがやって、耐熱ボウルに白玉粉と砂糖を合わせ、水を少しずつ加えて白玉粉の粒をすり潰すようにして混ぜる工程をナナがやっていると、手が滑ってボウルごと白玉粉を床にぶちまけて、数秒フリーズした後「やっちゃった」って顔して泣いていてとても可愛かった。
調理工程はシンプルで3人の力を合わせてくるみゆべしが完成した。
「うん、懐かしいな。よくばあちゃんの家で食ってた味だ。」
「醤油のしょっぱさと砂糖の甘さが不思議と調和してますね。結構醤油入れたのでしょっぱいかなと思いましたが絶妙なバランスです!」
「ふしぎなあじがするにゃ・・・しょっぱくてあまくてやわらかいにゃ?」
どうやらナナのお口には合わなかったのか一切れ食べて止めたみたいだ。
時刻は13:30。僕たちはみちのく民俗村を後にして再び車を北上させた。
次の目的地は花巻だ。
「次は花巻だな。温泉に行くか。30分くらいかかるから少し寝ててもいいぞ」
「ふふ、もう寝てますよナナちゃん。」
信号待ちで後部座席を振り返るとすでに横になってナナが寝ていた。
「確かに寝てるな。まあ短時間でこれだけ動き回ったからな。寝かせておくか。」
「トレーナーさん。ありがとうございます。旅行連れて来て貰って。それに行程もしっかりと考えてくれたんでしょ?さっきスマホを見てたから気になってうしr・・・」
その時僕のスマホの着信音が鳴って路肩に停めて電話に出た。
電話の相手は小野寺さんだ。ツクヨミに出走依頼をした岩手競馬の運営スタッフである。
要約すると2週間後の盛岡競馬場で行われる地方の一般戦にユキノビジンが出走を表明していてユキノ達も惜敗した為、中央の移籍は無しになったと思っていたが新聞で報じられている通り、トレセン学園からスカウトの声が掛かりユキノ達は中央に移籍することを決断したらしい。
地方競馬唯一の芝コース、距離は1400m、9頭立てである。
そこで出走枠が一つ空いたので出せないかとの事だった。
相も変わらず急な願いであり、今即答をしてくれとの事だ。
ひとまず電話をミュートにしてキキョウと相談する。
「・・・との事だ。小野寺さんは出すか出さないか今即答しろと。」
「相変わらず急な願いですわね。出来たら私はパスしますわ。脚に疲労も多少残ってますので。」
「だよな。となるとユキヒメとクロどっちに頼むかだが。」
「僕はクロを試したいかな。正直一般戦ならユキヒメなら勝ち負けにはなると思うけど。キキョウが勝ってくれたから幸い資金には多少の余裕が出来たし。」
「私としてはユキちゃんに出て貰った方が良い気がしますが、確かに出てもらうなら今しかないと思います。」
「ただ問題はクロは芝を走った事が無かったはずだ。確か大井、名古屋でしか走ってない。」
「しかし将来的に中央を目指すなら芝を試すいい機会だと思います。」
ツクヨミも「半分」は僕の考えを汲み取っての言葉だろう。
多少余裕がある今クロを実際にレースで試した方が良い。
そうでなければいつ試すのかといった話になる。
ただ、正直な所タイムだけで言うなら「今現状は」クロが到底中央に上がる未来が見えない。
もちろんこれからトレーニングを行って行けば時計が出る(好タイムが出る事の意味)かもしれないが、トレーナー目線で言うなら残酷だが到底通用しないと思っている。
しかし、芝で走った事が無いという事は結果とタイム次第では可能性があるかもしれない。
「分かった。クロを出そうか。それに出発する時に近々レースに出すかもって言ったしな。」
小野寺さんには2週間後のレース、3月22日にクロを出す事にしたと伝えたら、当日よろしくとの事だった。
夕方は花巻温泉に浸かって体を癒し、盛岡に移動した後、夜はわんこそばを食べて今日宿泊する盛岡シティホテルに着いたとたんツクヨミ、ナナは限界だったようでもう部屋について寝ると言っていた。
ちなみに20時過ぎに仕事終わりのクロに連絡したら待ってましたと休み申請しておく!と息巻いていた。
レースに出るのは一か月半ぶりらしく久々のレースに胸が高鳴っているようだ。
僕達も明日東京に帰るので、僕も初めてのレースと地方重賞勝利を噛みしめながら、運転の疲れからか泥のように眠りについたのだった。




