15話 勝利への渇望
3月11日。火曜日、朝7時10分。天候は雨。転生してから明日で10日になる。
昨日夜行バスで盛岡から東京に出発して、今日の朝6時30分に東京駅八重洲口に着いてから家に着いた。
「ナナとツクヨミはこのまま寝てていいぞ。ツクヨミも今日と明日はトレーニングは無しだ。明後日からしっかり頼むぞ。俺はこれからクロのトレーニングとユキヒメの出走交渉があるから。」
正直な所夜行バスで見知らぬおっさんのいびきが凄くてほぼ眠れなかったので、僕も暖かい布団にダイブして昼まで惰眠を貪りたかったがクロの初勝利の為にトレーニングをしなければならない。
それにクロは整備の仕事がある以上トレーニング時間は限られているからだ。
ツクヨミに関しては夜行バス明けの今日と明日は疲れもたまっているだろうから休みにした。
ゆっくりと休むのもトレーニングだ。
「分かりました。決して無理はしないで下さいね。今日は少し休みます。お昼ご飯は私が作りますから。」
「おやすみにゃー・・・・。」
ナナに関してはもう慣れない旅行ではしゃいだのか本当に限界を迎えているのだろう。
ちなみに昨日の昼は「東屋(本店)」は3人でわんこそばを食べてお姉さんたちの顔を引きつらせていた。
お姉さんたちが説明してくれたわんこそばの起源だが、僕も元々岩手在住だが詳しく知らなかったので勉強になった。
一応参考情報までに「わんこそば」について詳しく書き記しておく。
長野県の戸隠そば、島根県の出雲そばと共に、日本三大そばの一つとされるのが岩手県のわんこそば。
花巻起源説が有力とされている。
400年以上の歴史があり、始まりは江戸時代初期の慶長年間。
当時の南部家27代目当主、南部利直が江戸に向かう際に花巻城に立ち寄り食事を所望した。
郷土料理の蕎麦を「お殿様に対して庶民と同じ丼で差し上げると失礼」との発想から、山海の幸と共に漆器の「お椀」に一口だけのそばを試しに恐る恐る出したところ、利直公はそれを大変気に入り「何度も何度もお代わりをした」という花巻起源説。
「お椀」に岩手の方言である語尾に「コ」付け「お椀コ」と呼び、「お椀コ」で食べるそばから「お椀コそば」→「わんこそば」と呼ぶ。
薬味なども用意されており、ネギや海苔、鰹節、大根おろしなどの他にも、店によっては刺身やとろろ、イカの塩辛や天ぷらなど、多彩である。
これは、そばだけでは飽きてしまうため、そばを沢山食べられるように味に変化を与え、食感にエッジを効かせるためである。
わんこそばの一杯の量は店ごとに異なり、わんこそば7杯でかけそば一杯とする店から、15杯でかけそば一杯とするお店など様々である。店によってわんこ一杯の量もかけそば一杯の量も違うためである。
ちなみに100杯以上食べると記念手形がもらえるので2人は貰って帰ってきた。
ナナはさすがに子供なので80杯超えたあたりで限界を迎えていたが、薬味にマグロの刺身がついておりそれで復活して頑張って100杯超えていた。
特にナナはリュックサックに付けて春休み明けに学校で自慢するらしい。
ちなみに僕は84杯食べて、ナナが102杯、ツクヨミが185杯食べた。
説明によると男性が平均50~80、女性が30~50杯である。
普段どれだけ彼女たちの食費が掛かっているかこれで一目瞭然だろう。
「おかえりなさい!トレーナーさん!」
「おかえりー。お土産はー?」
ナナが朝食を用意しながらくるっと振り返って、クロは眠たげな目をこすりながらスマホを弄って挨拶してきた。
2人の顔を見ると東京に帰って来たなと実感する。
「ああ、あるぞ。気に入るといいが。」
まだ9日しか一緒に居ないので彼女たちの好みはよくわかっていないので盛岡駅近くのフェザンという百貨店でいくつか見繕ってきた。
「お!盛岡冷麺じゃん!私食べたことなかったんだよねー!なかなかセンスあるじゃん!」
「これは【三陸海宝漬】ですか!高かったんじゃないですか?」
「まあな、たまにはいいだろ。クロもバイト頑張ってるし、ツクヨミも勝ったからな!」
「それじゃ、朝ごはん食べながらレース観ようぜ!私バイトだったから見てねぇんだよ!」
僕、ユキヒメ、クロユリの3人で朝食を取りながらキキョウのレースを振り返る。
ナナとツクヨミにも声掛けしたが「寝かせて・・・(にゃー・・・)」との事だった。
レースでツクヨミがハナ(先頭)がに立ってユキノビジンが2馬身後ろに控えて超ハイペースで進んでいくのを見て2人は固まっていた。
(中央でも見ないペースなんだけどこれ最後まで持つの?途中ペースダウンするのかな?)
(これウチだったらついて行くだけで限界だぞ・・・)
「いや。俺も【逃げ】の指示と【2馬身リード】の指示は出したんだけどさ。正直俺もやばいと思ってた」
レースは最後の直線400mのシーンになる。後続ははるか後方。一騎打ちだ。
「ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???最後伸びてますよキキョウ姉さん!!」
「・・・化け物だろ、マジで。」
そして最後200mでユキノが1馬身後方まで伸びて来るが、振り切って勝利する。
「いや、最後伸びて来るユキノもユキノだろ。・・・中央行くんだっけ、その子。」
クロが少し羨ましそうにレースを見つめる。
「ああ、新聞で見た。けつd・・・」
スマホが鳴った。番号は知らない番号だ。
「はい、もしもし神代です。どちら様でしょうか?」
「ああ、久しぶりだな。私だ。オグリキャップだ。今は隣にいるトレーナーからスマホを借りて電話している。トレーニング中なんだ。」
僕は小声で「オグリからだ」と2人に言う。
2人は中央に入ったオグリとお話したくてうずうずしているようだ。
「オグリちゃん久しぶり!元気してた!!??」
結局ユキヒメに電話を取られてしまった僕であった。
「スピーカーにしろ。みんなで話せるぞ。」
「あ!確かに!」
スマホからオグリの女性にしては低めの、クールなハスキーボイスが聞こえてくる。
個人的にはオグリの声は聴いていて心地が良いなと感じる。
「ああ、その声はユキヒメか。元気だぞ。相変わらず元気そうで良かった。そうだ、ツクヨミはいるだろうか。この前のレース、トレーニングしながら聞いていたよ。」
「ツクヨミは今寝てるな。今日の朝盛岡から帰ってきたところなんだ。少し起こそうか?」
「いや、いい。寝かせておいてくれて構わないぞ。ただ・・・『私はここで待つ』と伝えてくれ。それと、一応伝えておこうと思って。実は今度一週間後に阪神競馬場で私の中央初出走となるGⅢペガサスSがあるんだ。交通費はトレーナーが出してくれる。この前の『すたばのお礼』と言ってくれとトレーナーが・・・」
スマホの向こうで「そういうのは俺がいない時に言え、オグリ」「む、そうだったか。すまないろっぺい」「六平だ」という微笑ましいやり取りが行われていた。
「正直に言うと少し怖いんだ。ろっぺいは「お前さんなら大丈夫だ」と言っているが。学園に来てから皆が笠松とは全然違って早くて、強くて、結果を出してて。」
だから六平だ!って言っている声がスマホを通じて聞こえてきた。
「なあ、オグリ。レースで不安な時ってどうしてるんだ?ウチ正直ツクヨミとかユキヒメみたいに脚があるわけでも、スタミナがある訳でもないんだ。だけど今度2週間後レースがあってさ。私レースで勝ったことが無いんだよね。」
これまでただ聞いていたクロが口を挟んできた。
「それならいっぱい食べて楽しんで走る事だ。私は子供のころ膝が悪くて走れないどころか立つことすら難しかった。だが、母親が毎日時間をかけてマッサージしてくれたおかげで今は走れる。私は走る事が、いや。走れることが楽しいんだ。」
アドバイスになってるようでなってない気がするのだが・・・と僕は苦笑した。
「走る事が楽しいか。羨ましいよ。オグリが。」
(走れば結果が出るオグリと違って私は。勝てない私は楽しくないな。)
「じゃあ、そろそろ切るぞ。トレーニング中だったからな。また連絡する。」
オグリとの通話が終わって予定表に3月25日阪神馬場と書き込んでから僕は話す。
「じゃあ、そろそろトレーニング始めるか。特にクロはレースが近いからな。ユキヒメもいつでもレースに出られるように準備しておけよ。」
※ここからクロ視点です。
(・・・レースか。私が出たって勝てないのに。ユキが出ればよかったのに。)
私は重い足取りでリビングを後にし芝コースへ向かって行った。
朝8時ちょうど。トレーニングが始まった。
連続坂路ダッシュからの併せトレーニングだ。
トレーナーさんが言うにはレースで疲労したラスト400mの状況と同じにして、スタミナと最後の根性を鍛える実戦的なトレーニングらしい。
このトレーニングは正直死ぬほどキツイ。
しかも捕まえる相手がユキだ。
何度ダッシュしても一度も捕まえられない。
だが手を抜かれる屈辱より、本気でやってくれるユキには感謝しかない。
「上がって来ないな、調子」
クロのタイムを見て良くなっているようには思えない。
ただ、まだ9日しか出会ってからトレーニングしていないので気長に待つしかない。
ゲームのようにトレーニングをしたら能力値が目に見えて上がるわけでもないし、初めから適性と適性距離が分かるわけでもない。
正直彼女たちの戦績と走法、走った競馬場の特徴を参考に距離適性や左回りや小回りを苦にしないか、不良馬場でも問題ないかを素人なりに分析しているだけである。
(本当に俺がこの子たちのトレーナーで良いのか?)
(本当にコイツが私のトレーナーで良いのか?)
ありふれた素朴な疑問が後々、大きな溝を生むことになる事を今はまだ僕もクロも知る由も無かったのである。




