12話 託された夢
※この章は主にツクヨミの視点で進んでいきます。
レースでアドレナリンが出ているので普段と違いますが、キャラ崩壊ではありません。
15:00 ツクヨミの勝負服お披露目後、レース発走15分前。
吐く息が、白い。
壇上にはこれから戦うライバルがお披露目台に順番に立っている。
(良かった、雨、降らなかったな・・・。)
周りにはたくさんのファンたち。
横断幕には私の名前も。
1カ月ぶりの乾いた砂の匂い。
皆の視線が私に突き刺さる。
中央で走ったのは私だけ。
このレースは私が狙われている。
私を倒せば中央への道が開かれる。
私は探した、あの人を。
・・・いた。最前列で私を見てる。
ナナちゃんがぶんぶんと手を振っていた。
ふふ、かわいい。
私は手を小さく振り返した。
旗が振られた。
出走準備の合図だ。
・・・私に命令するな。
「遠い所わざわざ来て貰ってわりぃども、今日は負げられねぁーんだ。わりぃども、おらが勝づわ。」
ユキノちゃんがゲートに向かう中、声をかけてきた。
訛りがあって如何にも田舎娘って感じ。
「悪いけど、中央へは行かせないわ。目指すべき場所がどんなもんか・・・その身で味わう事ね。」
普段なら私はこんな事は言わない。
けど、ゾクゾクしてる。
久しぶりのレース。
トレーナーさんからのご指名ですもの。
胸が張り裂けんばかりに高鳴ってる。
血液が沸騰するほどに熱い。
けれど不思議なことに私の心は凪いでいる。
まるで静謐な湖畔の様に。
ゆっくりと、ゆっくりと一歩一歩、私の背中に突き刺さる9つの視線を感じながらゲートに入る。
ゲートの中は相変わらず狭い。
ふと、出走ゲートを見ると少し錆びている。
中央とは大違い。
「絶対に、勝つよ。みんな。」
私は大きく息を吸い込んだ。
※レース視点になります。
実況「スタートしました。ほぼ揃ったスタート。さて、何が行きますか。」
地方特有の抑揚のない実況がレースの様子を神のような視点で俯瞰する。
実況「ハナ(先頭)を主張するのはユキノビジン、サニーダイヤ、ツクヨミ。人気3人が先手を主張していきます。」
ファン「おい、ツクヨミって差し馬でながったが?掛がり気味なんでねぁーのが?」
掛かりとは競馬用語で馬がレース中に前に前に行きたがって作戦を無視する事である。
主に気性の荒い馬(ウマ娘)や短気な馬に多く、抜かれたから抜き返しにいったりして無駄に体力を消耗してペース配分を無視して進めた結果、最後のスタミナが持たないことが多い。
ファン「久しぶりのレースだがら抑えが効かねえんでねえのが?あれじゃ持たねえぞ。まあでも元中央だから押し切るのが?釣られてユキノも前さいっでるぞ。」
僕は、やいのやいの言っているファンたちの声をBGM代わりにレースを見つめる。
(まあ、作戦なんだけどね。なんたって今回の作戦は・・・)
※ユキノビジンのトレーナー及川さんの視点になります。
及川・僕「「逃げだがらな。」」
俺は隊形が固まりつつある第一コーナーのカーブに差し掛かるユキノを見ていた。
(しっかしまあ予想はしていたとはいえ、こうも予想通りになるかねぇ・・・。)
実況「先頭はキキョウ。約2馬身差のリード。ぴったりとマークはサニーダイヤ。
それから2馬身差で中団にはジンライ、エアリアル、半馬身差でゲンジホマレ。」
「後方には2馬身差が開いてシャマードシンボリ、ゴールドビクトリー、最後方には3馬身差でスパニッシュローズ、アイネストキオと言った隊形で先頭から最後方まで約7馬身差やや縦長の隊形で各ウマ娘第一コーナーのカーブに入ります。」
(まあ俺がもしツクヨミのトレーナーでも同じだっただろうよ。正直うちのユキノとツクヨミの末脚は大して変わらねえ。だったら答えは単純だ。先に前に出でいる方が先にゴールする。・・・でもな、ぶっつけ本番でやれるほど逃げってのは簡単じゃねえんだよ。新人さんよ。)
※ツクヨミの視点になります。
景色がいつもと違う。
前に誰もいない。
まるで私一人の世界のよう。
素早く後を振り返る。
ユキノちゃんとは変わらず2馬身差。
でも、おかしい。
差が広がらない。
ペースを気づかれないように上げてるつもりなんだけど。
後から無数の足音が聞こえる。
正直怖いなぁ。
追われる側ってこんな感じなんだ。
普段は追う側だから新鮮かも。
今のペースって早いの?遅いの?
分からない。でも、約束した。
絶対に2馬身差を保ち続けるって。
彼を、トレーナーさんを信じる。
再び後をちらっと振り返る。
影のようにぴったりとくっついてる。
ねえ、知ってる?知らないでしょ。向こうの世界。
見せてあげるわ、今ここで。
実況「各ウマ娘600mの標識を超えて行きました。ここまでは32秒。とんでもないハイペースです。」
ユキノビジン「はあ・・・はあっ!何だべ・・・これ!・・・でも・・・今日だけは・・・・絶対に・・・負けられないの!!」
前にただ一人、中央を知るウマ娘。
ユキノビジン「絶対に・・・離れない!岩手の!何万人の・・・夢が・・・!痛いほどに・・・突き刺さる・・・期待がっ!あの人の希望がっ・・・!だから・・・絶対に・・・勝つ!!」
ツクヨミ「・・・よく・・・ついてくる・・・わね!・・・私だって・・・みんなの・・・トレーナーの・・・夢を・・・あの馬鹿のせいで・・・諦めかけた・・・夢を・・・!私のこの脚で・・・道を・・・拓く!」
同時刻 3階ラウンジ席にて
ホッコータルマエがはわわと口に手を当ててレースを見下ろしている。
「あれじゃ最後まで本当に持たないよ!?水沢の平均3F(600mまでのタイムの事)って?」
おっとりした口調でクリークちゃんが眼下の熱戦を眺めながら答える。
「34.5~35.3秒です~。もしあのペースで押し切ったらただの化け物ですね~。ね~シオンちゃん」
ウインバリアシオンが口を挟む。
「あたしもそう思うっす!というか中央でもほとんど見たことないペースっす!」
ちなみに馬(ウマ娘)が1秒差つけられた場合およそ5~6馬身差が出来る。
という事はキキョウ達は普段のレースより約15馬身も早いペースでレースをしていることになる。
続けてウィンバリアシオンが続ける。
「というかこのペースなら後ろから行く子たちも最後バテるっすよ!?これが作戦だったら狂気の沙汰っす!」
3番人気サニーダイヤ「いや、むりむりむりぃー!はやすぎー!」
8番人気スパニッシュローズ「魂・・・抜けそうなんだけど・・・。」
4番人気エアリアル(オレっ娘です)「…ったく。むちゃくちゃしやがるぜ。まあ、こうなったら俺のペースだな。」
俺、エアリアルはにやっと微笑んだ。
正直こういうタフなレースは得意なほうだ。
普段は盛岡で2000m前後の中長距離を走っている分、距離短縮で俺に展開は向かないと思っていたが前の馬鹿2人が飛ばしたせいで周りはついて行くので限界だ。
エアリアル「まあ、末脚じゃ敵わねぇけど掲示板確保したら上出来だろ!」
俺は徐々にスピードを上げていった。
実況「残り600mの標識が見えてきました。依然先頭はツクヨミ。2馬身差でユキノビジン。もはやこの2人のマッチレースとなったか。中団大きく離れて8馬身差でジンライ。ゴールドビクトリーがぴったりとマーク。更に2馬身離れてアイネストキオ、食らいついているエアリアルとシャマードシンボリが唯一上がってきた。サニーダイヤもう一杯か。ポジションを下げて行きます。最高方は3馬身差でゲンジホマレ、スパニッシュローズ。残り600mの標識を通過。」
及川(いや、着いて行けって言ったが、あれじゃ後ろもついて行くことすら難しいだろ。最後まであいつが持つとも思えんが、ユキノが最後に脚が残ってるかどうか・・・こうなれば・・・)
僕・及川「「根競べ、だな。」」
同時刻、トレセン学園芝コース
「ねー、なんか気合入ってるね!オグリちゃん!」
隣のダートコースを走っているハルウララの目の前には、イヤホンを着けて爆走しているオグリの姿があった。
「なかなか輝いているじゃないか!だがっ!!・・・僕の輝きの前では霞んで見えるけどね!」
「流石ですオペラオーさん!」
テイエムオペラオーがキザなポーズをしながら、メイショウドトウに太鼓持ちされてオグリの爆走を学園教室から眺めている。
実況「さあ最後の直線。残り400m。ツクヨミが先頭。食らいついていくユキノビジン。後続は遥か後方10馬身以上の差がある。後続は完全に千切れた。元中央ウマ娘の意地か、地方のウマ娘がこの地元水沢の期待を背に地元の重賞を制するか。二人とももう既に一杯か。勝負は残り400m。」
「負けるなよ、ツクヨミ。待っているぞ。私はここで。」
イヤホンを着けてレースの実況を芝コースのトレーニング中に聞きながら、まるで自分がツクヨミとレースを走っているかのように、隣に、いや前にツクヨミの影が見えているかのようにギアを上げた。
ファン「嘘だろ・・・!?最後まで押し切るのかこれで!?」
ファン「化け物だろ、マジで。」
歓声ではない、興奮でもない。
畏怖と困惑と絶望がそこにあった。
※ツクヨミ視点になります。
肺が破れそう。
ゴール版が見えている。
残り・・・400m。
後はもう振り返らない。
この400mがとてつもなく遠く感じる。
けど後ろから聞こえていた無数の足音はたった一つになった。
ゴール版前には私に希望をくれた人。
泣きそうな顔で心配しないで。結果は出したわ。
でも実は私、強欲なの。
ここからはエクストラステージかしら。
私は前に進むと決めたから。
これが最後かもしれない。
自分の身体だから分かる。
私はもう長くない。
なんとなく分かる。
ピークアウトが近いのも。
・・・だから。だからこそ。
走れるうちに、走る。
あの子たちにもう、もやしはもう食べさせたくないもの。
だからさ、今日だけは強欲な私からのお願い。
勝ったら撫でてよね、愛しい人。
「・・・・・ううううああああああああああああああああっっっっっ!」
水沢競馬場に獣の咆哮が響き渡った。
私は私の全てを出し切る!
負けたく、ない!
「・・・・私のっ・・・前にっ!出れるものなら・・・・出てみなさいっっっ!!」
私は更に加速した。脚なんて今折れたって良い。
どうせ限界がすぐそこだから。
同時刻、水沢競馬場3階ラウンジ。
「いやいやいやなにそれ!こんなのありえるぅ!?」
ホッコータルマエちゃんが素っ頓狂な声を上げて最後の攻防を見守っているのを私、【スーパークリーク】は展開と作戦を冷静に分析していた。
「ありえなくはないけど、常識外れね~。正直G1でも通用するわ。あの子も、その子も。元々あの子は情報によると中・長距離戦を走っていたものスタミナはあるわ。それに加えて距離が短縮してる。あの子からすれば敵となるのはユキノちゃんだけだもの。」
「なんか、スズカさんみたいっすね。【逃げて差す】でしたっけ。」
バリちゃんが珍しく的確な表現をする。
いつものこの子は擬音が多くて、「ビューン!って走ってザシュッって差すみたいな感じっす!」とかドヤ顔で言いそうだったけど。
「まあこれが地方で、あの時より600mの短縮の1400mだったからこそ出来た芸当ね。もしこれが1800mか2000mだったなら新聞に書いてあるとおり後方からの作戦だったと思うわ。だからこそ。この強さを見てしまったら惜しいわね。もう少し早く出会えてたら。」
「何の事っすか?」
「何でもないわよ。」
(もう少し早く今のトレーナーと出会えてたら・・・桜花賞でフラワーちゃんとも勝負できたのにね。)
私、スーパークリークは惜しい才能を目の当たりにしてしまったと、見なければよかったとさえ後悔していた。
※ユキノビジン視点になります。
ユキノ「・・・噓でしょ。」
私は茫然と目の前の白銀のウマ娘が離れていくのを見ている事しかできなかった。
同じコース、同じ距離、同じペースで走っていたのに。
限界だってあの子も私もとうの昔に超えているのに。
同じ苦しい顔をしてるのに。
肺が張り裂けそうなのに。
脚だってもうまともに上がらないはずなのに。
腕ももう振れないぐらい疲れてるのに。
ユキノ「なんで・・・私の前から・・・離れてくの?」
・・・格好いい。物語の主人公ってこんな感じなんだ。
憧れてしまえば、超えられない。
ちらっとゴール板前のトレーナーを見る。
重賞2着だよ?そんな顔しないでよ。
私、頑張ったじゃない。
遠ざかるあの子の背中が中央の景色に見えた。
その時、私の中に何かが目覚めようとしていた。
まるで深海に沈んでいく中、水面に輝く眩い光を見たように。
ここで終わるのか。
いやだ。嫌だ。嫌だ!
残り400mを切った。
届くかどうか、分からない。
でも。物語の主人公はあんたじゃない。
この、私だ!
私は未知のペースに限界を迎えている張り裂けそうな肺、上がらない脚に鞭を打った。
あの子の背中を捕えるために。
私の背中には岩手の夢が、何千、何万もの期待が乗っている。
だからこそ今ここで、あんたを超える。
力強く、私は、砂に足跡が残るくらい強く蹴り上げた!
「勝負だああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ファン「・・・うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!?伸びてきた!ユキノが来た!」
ファン「今日来てよかった!たとえ馬娘券が外れたってどうでもいい!」
ファン「頼むっ!岩手の意地を見せてくれぇ!」
ファン「届け!届け!届いてくれ!」
及川「頼む!行け!行ってくれ!ユキノぉ!」
ユキノ「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁっ!!」
(届け!届け!動いて!私の脚ぃ!)
実況「残り200mの標識を通過!逃げるキキョウ!追いすがるユキノビジン!しかし、差が縮まらない!2馬身!2馬身が縮まらない!残り1馬身もキキョウ押し切った!やっぱり元中央は強かった!2着にはユキノビジン!3着には・・・・今大きく遅れてエアリアル!」
同時刻 水沢競馬場3階ラウンジにて
クリーク「ようこそ、こちら側へ。・・・ふふっ、会長ならこう言うかしら」
ウィン「限界を・・・ここで超えたっすか!?」
ホッコー「でもきっかけは人それぞれだべ?なんで今?」
クリークさんはうーんと唸ってから推測を口に出す。
クリーク「このレースの結果次第でユキノちゃんは私たちの世界行きがかかってたじゃな~い?だけど最後の直線でバテるはずだった天才が~、予想を遥かに超えて伸びてきた。その背中が中央の景色に見えたんだと思うわ~。」
クリーク「まあでも全員同じ気持ちだと思うけど言っとく~?」
全員「合格ね。(っすね!)(です!)」
ホッコー「確かに勝てなかったけど相手が悪かったっす。それに最後の伸び脚はびっくりしたっすよ!」
ウィン「そうだねー。あの凄いハイペースで他の娘達が潰れる中最後までついて行ったのも評価できますね」
クリーク「ええ、彼女なら中央に来てもきっと良いライバルになるわね。さ、行きましょうか。」
私は会長に一本の電話を入れながら彼女のトレーナーの元へと向かった。
※ユキノビジン視点になります
やれることは、やった。
限界も多分、超えた。
それでも、なお、遠かった。
これが、中央で走っていたライバル。
「かっこいいなぁ・・・。」
膝に手をついて息を荒げる先輩。
私には中央は早かった。
でも、いつか岩手から中央に行くんだ。
「ユキノー!惜しかったぞ!お疲れさん!」
「夢を見れたぞ!馬娘券は外れたけどな!」
・・・なにそれ。ふふっ。ごめんね。
「暖かいなあ、岩手。」
私はこみあげて来る涙を我慢することなく流した。
古ぼけた掲示板に灯る自分のゼッケン番号「3」を見上げて。
不意に誰かに抱きしめられた。
ちょっと苦手なたばこの匂い、このにおいを私はよくしっている。
「・・・・泣くな。次は、勝とう。」
「う・・・・・うぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!」
ごつごつして、たばこくさくて、あまりしゃべらないひと。
だけどわたしのことをいちばんにかんがえてくれるひと。
私、スーパークリーク達はコース上で子供のように泣きじゃくるユキノちゃんと何も言わずただ優しく抱きしめるその光景を見てくるっと振り返った。
「・・・中央へのスカウト通知は後日正式に通知しましょうか。今は声をかけるべきじゃないわね~。」
ふふっと私は微笑んでウィンちゃん、ホッコーちゃんに笑いかける。
「それに~、その方がサプライズ感あるでしょ~?」
「クリークさん、鬼っすね。」
ウィンちゃんがやれやれとため息をついたのだった。
「ありがとう・・・!ツクヨミ!本当にやってくれたなっ…!」
「いちばんにゃー!」
俺もナナも泣いた。不思議なものだ。
勝者も敗者も泣いている。
「…はぁ…はぁ…本当に最後は…予想を超えてたわ…あの子が伸びてきた時覚悟は…してた。けど、ここで負けたら…いえ、ここなんかで…負けたら…戻れないから」
「…ああ、そうだな。ありがとう。ツクヨミ。」
「なんで…勝ったのに泣いてんのよ…。」
息を整え始めたツクヨミが膝から手を離して腰に手を当てて困ったように微笑んでいる。
「これからあれがあるでしょ。特等席で見なさいよ。初めてでしょ。」
勝利に浮かれて忘れていた。
勝ったウマ娘だけが立てる舞台「ウイニングライブ」だ。
「半年ぶりだから私も、ウイニングライブ。だからさ、私から目。離さないでよね。」
後日挿絵の追加と各種修正、誤字脱字チェックや方言変更を行います。




