11話 深謀術数
3月8日 金曜日 朝8:00 水沢グリーンホテル ロビーにて
「おはよう。ナナ。ツクヨミ。」
「んにゃ!」
「おはようございます、トレーナーさん」
「じゃあ、行こうか。色々手続きもあるし。」
僕らは水沢グリーンホテルを後にして、車で約3キロ先の水沢競馬場に向かう。
出走が決まったウマ娘たちの1日について書き記しておく。
出走日にはその日に出走する全ウマ娘が【朝9時まで】に競馬場に集合する規定になっている。
その後ドーピングをしていないか血液検査を行った後、全ウマ娘が各競馬場にある関係者専用の食事ルームにて朝食をとる。
食事に不正な物質を混入させないための措置らしい。
その後11:00の開門時間に合わせてファンたちが競馬場に入場してくるので、第一レースに出場するウマ娘以外は門の前でお出迎えをした後、調整ルームにて担当トレーナーとレース前まで待機する。
これは地方や競馬場によって異なるのだが水沢競馬ではファンサービスの一環としているらしい。
なお、トレーナー側に関しても関係者以外立ち入り禁止エリアに入る前にボディチェックを受けてから3階ラウンジか、1階調整ルームにて待機する。
原則としてウマ娘とトレーナーはレース終了後まで競馬場敷地内から出てはならず、ラウンジエリアか調整ルームで待機が義務付けられている。
スマホ、パソコンなどの電子機器も情報漏洩防止の為レース終了まで預かられる。
08:20 水沢競馬場関係者以外立ち入り禁止エリア(裏口)にて。(レースまで7時間)
「おう、おう。おめがうぢのユキノビジンど走るツクヨミのトレーナーが。わーは及川龍いうが。噂になってらったぜ。なんでも美形のトレーナーがいるってな。まあ今日のレース一緒さ走れるごど楽しみにしてらったよ、うぢのユキノが。なんせそっちのウマ娘は元中央だ。こごだげの話だがユキノさ中央のお偉えさんたぢが注目してらんだよ。おめのツクヨミさ勝でばこれ以上ねぁーアピールになる。わりぃが勝づのはおらだづだ。」
初めて会ったのだががっしりとした体躯に白髪交じりの頭、どこからどう見てもイケオジである。
差し出された手を握って少し力を込める。
・・・びくともしなかったが。
「悪いですが今日は勝たせてもらいますよ。元中央ウマ娘の意地を見せてやりますよ。」
及川さん(ユキノビジンのトレーナー)は僕の後ろに控えているツクヨミにちらっと視線を送った後、後ろに控えているはずのユキノビジンに声をかけた。
「ユキノ、おめもなんかガツンと言ってやれ!・・・どこ行った、あいつ。」
白髪交じりの頭をガシガシと掻いてため息を着いている所を見ると、どうやらどこかにふらっと行くのは日常茶飯事らしい。
「まあ、締まんねぁー終り方だがこれだげは言っておぐ。うぢのユキノの方が強い、じゃあな。」
言いたい事だけ言って及川さんはユキノを探しに行った。
「じゃあ私はそろそろ色々手続きがあるので一旦お別れしますね。それと。トレーナーさん。」
くるっとツクヨミは振り返って微笑んだ。
「結果は出しますから。見ててくださいませ。」
朝9:20 関係者ラウンジにて。(レースまで6時間)
関係者ラウンジは3階パーティールームを貸し切ってトレーナーとレース前のウマ娘がごった返している。ここからは僕の仕事だ。各地方から遠征してきたトレーナーやウマ娘、各地方競馬の興行主、そして中央のウマ娘やトレセン職員もいる。
ここで知り合いを増やしてからツクヨミだけではなくクロやユキヒメのレース出走につなげておきたい。
・・・のだがコミュ障のためなかなか声が掛けられないので、コーヒーを飲みまくって僕は隅っこに壁になっていた。
会場の中央では中央のウマ娘のホッコータルマエ、ウィンバリアシオン、スーパークリークが地方の馬主やウマ娘に囲まれているようだ。
「いやー!いやー!遠い所わざわざありがどごあんす。お久しぶりだ。小野寺だ。」
「お久しぶりです。と言っても5日前でしたが。この度は機会を頂いてありがとうございます。」
こんな僕みたいなコミュ障にも気さくに声をかけて来てくれたのは。この地方重賞レース「チューリップ賞」に出走依頼をしに来た小野寺光男さんだ。
「いや、礼言うのはこっちの方だよ。なんたって今日のメインレースだがらね。それに今日は中央がら視察が来てらがら。まあ、ユキノが目当でなんだどもな。」
僕らはラウンジ中央の3人のウマ娘を見る。
「なんたって水沢・盛岡で6戦4勝。しかも2着1回。新馬戦の4着入れでも掲示板外してねえ。ありゃ岩手さ収まる器じゃねぇよ。それにな、ユキノは岩手の希望そのものなんだよ。」
「・・・それ言われると勝ちづらいんですけどね。」
三杯目のコーヒーを飲みながらふふっと僕が笑うと小野寺さんも「確かにな」と豪快に笑った。
「そういえば紹介してやづがいでな。それで声かげだんだが。」
その後僕は小野寺さんに連れ回されて14時ごろまで馬主や地方競馬の運営スタッフと知り合いになる事が出来た。結局中央のウマ娘には声をかける事は出来なかったが。
その中でも特に高知競馬と笠松競馬のスタッフは非常に好意的だった。
どうやらオグリが「ユキトはいいやつだ。」と電話で笠松にいた元トレーナーに言ったらしく、そこからユキトって誰だ?と調べ回って分からずじまいで、今日僕の挨拶回りの自己紹介の時に「川城雪人」という名前を告げたら聞き返された。
笠松から中央に転入した地元の「英雄オグリが認めた男」になってるらしい。
高知競馬の方が好意的なのは運営が深刻な経営難らしく、それゆえ賞金も少なくウマ娘の生活も僕たちよりもカツカツで他の地方に移籍するウマ娘が後を絶たずに出走人数5人のレースとかも開催されているらしい。
要は応援したくなるようなスターがいないのである。
とはいえ高知まで行くとなると仮に賞金を獲得したとしても、そもそも賞金額があまりにも低いので勝ってもトントン負けれ赤字になる可能性すらあるので「考えておきます」と返答した。
挨拶回りの最中でもレースから戻って来る他のウマ娘とトレーナーのやり取りを見ていると中央程殺伐としていない家族の様なやり取りだった。結果より頑張った事を評価する雰囲気である。
現代社会にも見習ってほしいものだとその光景を見つつキキョウのレースの1時間前になったので調整ルームに向かう事にした。
「小野寺さん。そろそろ行きます。頑張ってきます。」
「じゃあ、けっぱれよ。まあおめにはわりぃが地元のユキノ応援するどもな。」
ケラケラ笑っていたが、たぶんこれが本心だろう。表向きは補欠馬としてツクヨミを呼んだだけに見えるが、実際裏の目的は元中央ウマ娘で桜花賞の優先出走権すら得たオープンクラスのツクヨミをユキノビジンの【中央行きの踏み台】にするつもりなのだ。
今思えば出会ったときから少しおかしいと思っていた。
何故水沢の運営スタッフがわざわざ東京に来て出走の打診に来たか。
メールか電話で連絡すればいいはずだ。
それでも直接来たという事は、こっちの事情を知った上でさらにこちらが断れない事を見越して、なおかつツクヨミの得意な芝コースのある盛岡ではなくダートコースしかない水沢で勝負を挑んできたことになる。
他にお願いして断られたなんて噓八百もいいところである。
そういう陰謀を感じつつ僕自身、他のトレーナーや関係者と交流を持てて良かったと思っている。
というのも前のトレーナーが起こした件で、この厩舎自体が厄介者として無視されるのも覚悟していたが、実際にはウマ娘も他のトレーナーも僕は関係ないので事件について別に掘り起こす必要もないだろというスタンスなのかもしれない。
もしくは中央に行けば態度がガラッと変わるのかもしれないが。
やり場のないもやもやを抱えながら、僕はナナを迎えに行きながらツクヨミの待つ調整ルームへと向かった。
14:15 調整ルーム。(レースまで1時間)
ちなみにナナはポニールーム(キッズエリア)でいっぱいお友達が出来たらしく、朝から遊んでいたが相手がとんでもない相手だという事は僕はまだ知る由もなかった。
(この日別行動のナナは後日外伝にまとめます。)
僕は息を呑んだ。ツクヨミの「勝負服姿」に。
生で見るツクヨミの勝負服姿はまさしく「女神」だった。
ラウンジで色んなウマ娘の勝負服はさっき見て来て色んな個性があるなと思っていたがキキョウの勝負服姿の破壊力はその比ではなかった。
「ふふ、見惚れましたか?トレーナーさん」
「ああ、マジで綺麗だ。正直びっくりした。言葉が出なかったよ。」
「きれーにゃー・・・。」
隣でぽかんとしているナナが成長して、もし勝負服を着た姿を見たら俺はアンデッドのように浄化されてしまうのではないかとすら考えた。
僕たちは前々から立てていた作戦通りの打合せをして必ず守るべきことを確認した。
「じゃあ最後にこれだけは覚えておいてくれ。もちろんレースを走るのは君だから臨機応変に対応するだろうけど【絶対にユキノビジンの2馬身前をキープ】してくれ。」
レース開始前になりお披露目の時間が迫っていた。
「分かりました、必ず勝ってきますわ。」
「つくよみおねえちゃんがんばれー!」
ナナの小さな手、僕の手とハイタッチした後ツクヨミはレースに向かって行った。
こうなったら後はツクヨミを信じるしかない。
僕もナナと一緒にゴール板前の関係者特別観覧席に向かって行った。




