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治りかけが痒いんや  作者: おきついたち


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2/6

2.治療とは…

結局藁科はひとり保健室で中間テストを受けた。

試験時間は少し延長、解答を①②とか記号式に変更して貰って。

慣れない右手のヒョロヒョロ文字で用紙を埋めたらしい。

「あの狭い場所でセンセと2人きりやでー。

くしゃみも屁ぇも出来へんし、めっちゃ気疲れしたワーっ」

カワイイ顔でオッサン愚痴を言いながら教室へ戻って来ると。

くるりと勝田に背中を向けて、藁科はイスに座る。

「バンドんとこ蒸れて痒いンや。ソコそのへん」

いつの間にかイツモノコトになったけれど。

こうやって藁科が背中を向けると。

勝田はシャツの上から定規でゴリゴリ掻いてやる。

(かあさんの猫より懐いとるみたいや…)なんて思いながら。

関わったついで。

藁科が赤点&補習無しで夏休みを過ごせるよう協力するつもり。



輝さんから肯定的な言葉を貰って以来、勝田は色々吹っ切れた。

今までつい、どーせ判らないことを考えるのはメンドーと。

気になったコトも全て「メンドー」として蓋をしてたけど。

(自己満足でエエから、やる。

オレがそうしたいつーのだけが理由でエエ。

認められんでも結果が出んでも、納得するまでやるだけや)

オレはそーゆー性格やったワ…そんな所に着地してしまった。


「明日でテスト終わりやん?ファミレスでええからパフェ喰おー」

「それは結果出てからにした方がエエんちゃう?」

「あほか!結果次第でパフェ喰う気になれへんやろっ」

「やばそーなん、どれ?」

「英Ⅱが…長文途中でこんがらがってもて…」

よほど解答欄に自信が無いのか藁科は頭抱えて澱み顔。

「あーそれはしゃあないワ。

文系A組用の内容やったもんな、あれは確かに難かった」

「はあ~平均点低ならんかな~」

そんな喋りをしていると、大柄な奴が話に入って来た。

「なぁ明日、水無月祭の参加枠決めンねんけど。

藁科おまえバレーとバスケに登録せえや」

「はあ?この腕でどないせえ言うねん」

「ベンチ座っとるダケでええで。どっかに名前入れンと欠席扱いやし。

運営スタッフする方が厳しいやろ、ほとんど力仕事やで。

オレ、フリーの補欠するんで藁科の代わりに出るし」

「フツーに六弘がバレーとバスケ登録すればエエやん」

「短距離とリレーに登録するで」

「はあ?そんな出張りたいンか?」

「おうよ。学食の追加券が5枚掛かった勝負やねん」

「まじか」

テスト疲れで不機嫌だった藁科の目がキラリと光る。

追加券というのは文字通り、コロッケやトンカツをトッピングする券。

学食メニューは栄養バランスのために定食のみ。

でも食べ盛り男子には、カツ丼定食にサラダと味噌汁は無くてもイイから

カツを一切れでも多く増やして欲しいトコロ。

そんな時に追加券を使えば。

カレーにトンカツ、うどんに天婦羅、パスタにコロッケと夢が叶う。

「ノってくれたら1枚やるで」

「2枚ならノる」

「細っこいのにそんな喰うんか」

「勝田の分や」

「へえ?」

藁科の応えに六弘はちょっと驚いて、勝田を見る。

「いやオレは要らん。学食使わんし」

「オレが行く時は一緒に来いやー。食べるン手伝うて貰わんと」

「ひとにモノ頼む態度ちゃうやろ」

「せやから追加券で釣るンやんか」

「はははっ良かったなあ勝田、贅沢させてくれる奴が隣で」


話し掛けて来たのは六弘瀬戸、この学年で目立つヤンチャ枠の筆頭。

校内では外してるけどピアス穴いっぱいでシャツの下は派手インナー。

体格は教師よりもデカくて厳つくて、おまけに強面。

でも性格は軽いしノリも良くてオモロイ奴。

しかも5人兄弟の真ん中のせいか面倒見も良くて頼りになる。

「相手はC組の奴ら?」

「せやで。4競技勝負や」

六弘がニンマリ笑う。

いつも六弘がツルんでる仲間は皆C組で同じチーム。

それだと勝負にならないから、競技ごとにガチンコするらしい。

「えーほんなら六弘だけ4つも競技出るんか。しんどー」

「どれも短縮試合やからヘーキや。

どーせあいつら盛り上げたいだけでホンキちゃうし。イケるやろ」

六弘は既に勝った気でいるらしい。


水無月祭は近隣私学との合同体育祭。

少子化が進んだ今の地方私学なんて何処もこじんまりした規模。

学校の体育祭なんて活躍するのは運動部所属のお馴染み生徒ばかり。

だったらいっそ交流も兼ねて。

県立の立派な競技場貸し切って、知らない者同士とよく知る仲間と。

まるっと一緒に若い汗をかこう!なんてスローガンで毎年行われる。

でも誠心学院の生徒にとっては貴重な女子との出会いの場。

実際毎年カップル成立の実績もあるから。

ついついチームの点数よりも、自分アピールが最優先。

いっそ早く負けて自由時間を増やしたいかも。


六弘はどすんとイスに座って話を続ける。

「勝田は何出るンや」

「毎年長距離のどれかやな」

「長距離て人気ナイやん、時間掛かるだけやし。

球技は体育館にヒト集まって盛り上がるけど。

トラック競技を日陰無い観覧席で観とったら日焼けしてまうワ」

うげーっと藁科は顔を歪める。

「オレ持久力しか無いしなあ。日焼けとかどーでもエエし」

「どーでも良ぉないで!

シミになるんやで~消えへんのやで~。

せめて日焼け止めは塗らんと。そおやお薦めのン有るんや、試してみ」

「要らんて、ベタベタするんで好かん」

藁科と勝田のやり取りを、六弘は面白そうに眺める。

「知り合いの女子らぁが藁科の配信に興味持っとったからなー。

体育館居ったら、女子に捕まるで。外で長距離応援したったら」

「この髪と怪我やし、オレんこと気付かんやろ。

それより女子て何ん?六弘のカノジョ?」

「ちゃうワ。みんなで遊んどるだけや」

六弘の仲間はヤンチャ系でも、無茶はしないし付き合いも幅広いから。

他の学校のJKともよく遊んでるらしい。

黙々と学校と剣道場と自宅の三角形を辿るだけだった勝田とは大違い。

勝田は、全然接点が無かった六弘と会話してるのが不思議な気がする。

「今更やけど、六弘はC組ちゃうんやな」

「釉と同じ大学行きたいンや。

オレのレベルやとそこの理系学部はキツそーなんでな、文系に変えた」

「ええっ?ソレが理由なん?てか釉て誰?それこそ年上カノジョ?」

興味でキラキラした顔の藁科がツッコむ。

「あほか2番目の兄貴や。愛知の大学行っとる。

今はおかんの職場と近いンで、おかんが時々様子見に寄っとるけど。

ほんま全然生活能力無いからなーマジで心配やねん」

「めっちゃ過保護やな。

大学でおにーさんにカノジョ出来たら、世話してくれるやろ」

「ナイわー」

「お兄さんて、オレらが中学ん時生徒会やっとったヒト?」

ぼんやりと勝田は過去を遡ってみる。

「それは1番上の兄貴」

「いまいち思い出せんな…」

「やろー?ぼーっとしとって存在感ゼロやねん。

子供ん時からオレが見とらンと、ふらふら漂おとって危なっかしい」

「せやけど進学先の理由がそんなんでエエんかー」

話だけ聞いていると。

デカイ六弘が、ふんわり浮かぶタンポポの綿毛を追いかけてるようで。

ふはははと藁科は笑ってしまう。

でも六弘からはそれ以上いつもの軽い調子の応えは出て来なくて。

ただ、にっと深く笑いながら立ち上がった。

「生まれた時からそーやったんでな。オレにはその理由で十分や。

したら2枚でヨロシクなー藁科」


教室を出て行く瀬戸の後ろ姿を見送りながら、勝田は呟いてしまう。

「ええな…」

「ほんま?たまには学食行く気ぃなった?」

「や、それや無うて。

理由て、相手を納得させるために言うモンやて思うとったんで。

六弘みたいな考え方がエエ言うか…やっぱ六弘は強い奴やな」

「?よお判らんけど?まあなあアイツはめっちゃ頼れる奴やでー」

また藁科はくるりと背中を勝田に向ける。

「真ん中へん掻いてー」

「それもお、さっさと帰宅してバンド外した方がエエんちゃうか」

タメ息つきながら勝田はまた定規でゴリゴリ掻いてやると。

少しションボリと藁科の背中は丸まっている。

「六弘なあ、多分オレんこと気にしてくれたンや。

水無月祭がどおとかついでやと思う。

こないだの日曜ちょお絡まれとぉトコに、六弘達が通り掛かって。

相手が姉ちゃんの知り合いで年上やし配信に影響するし。

オレひとりやとウマイこと対処出来んかって…。

そしたら六弘が声掛けてくれたンで助かってん」

「え…」

ピタリと定規が止まり、勝田はモールでの場面を思い出す。

それから、ぐぐっと苦い苦いキモチで胸が詰まりそうになった。

多分それは後悔とか情けないとかカッコワルイとか、とにかく。

あの時の自分を蹴飛ばして、やり直したいカンジ。

「それ…モールのカラオケの近くんとこか…」

「えっ!何んで勝田が知っとぉんや?」

驚いた藁科が振り返ろうとして悲鳴をあげる。

「つーーーーっつ!痛って~」

「今、肩ゴキって鳴ったで、ちょおマズイんちゃうか?」

「くぅううう」

目元に涙を溜めた藁科は身体を丸めてしまうから、勝田は焦る焦る。

どうしてイイか判らず、そっと背中をさすってみると。

藁科はぎゅっと膝の上で右手を握り締め、痛みと他の何かを我慢している。

「姉ちゃんが配信始めて。

ネタんなるからて、オレにもメイクするよーなって。

そん時はオレもガキであほやったから、盛り上がるンが嬉しーて。

けどもおオレも身体ゴツくなるし肌もごわごわやし。

このまんまメイクも服も似合わんよー成るやろし。

配信に出るンも、もお充分やて思うよーになったし。

怪我したついでに、このままフェードアウトしたかったンに。

一度作ったキャラがずーーっと付き纏うてくる…」

噂で藁科が配信活動しているのは、勝田も知っていたけれど。

詳しいことは判らないし。

元々やさしく慰めるなんて、気の利いた対応なんて出来ないし。

勝田は言葉が出て来ない。

それよりも藁科が言った別のことが引っ掛かる。

(え?え?何言うとるんや?

この背中のどこがゴツイねん、肌もさらさらやんか。

こないだ見掛けた時も、どの女の人よりも一番可愛いかったやないか)

そんなことがグルグルと勝田の頭の中で渦巻いて混乱して。

つい無加工な言葉が出てしまった。

「いや、よお似合うとった」

「はあぁあ?」

それまで半べそ顔だった藁科は、きっと目を吊り上げて勝田を睨む。

「おまえホンマにデリカシー無いなっ!

思うたまんま投げ返すなっ!

オレ凹んどるンやで?色々イヤんなっとるンやで?

何んで更に否定乗せんねんっ余計腹立って来るやんかっ。

おまえはホンマにホンマにっ」

「オレはホンマに思うたことしか言えん」

「もぉええっ!黙っとれーっ!」


ふんがーーーっ!とひとしきり吠えた藁科は。

急に力が抜けたように深く息を吐いて、やっといつもの顔に戻る。

「はぁーもーエエわ~…。

ホンマ色々上手く行かんけど、アレやんな?」

「あれ?」

「願いは叶わんでも、必要なコトは巡って来るんやんな。

確かにあそこで六弘達に会えたンは、偶然でもめっちゃ助かったもん。

勝田はどこ居ったん?」

「親の買物付き合うて、駐車場に行くトコやった」

「へー親孝行やん」

「猫砂重いんでな」

「猫居るん?」

「兄弟3匹やけど、母さんにしか懐いてへん」

「写真は?」

「あるけど、変なんばっかやで」

そう言いながら勝田がスマホの写真フォルダを開くと。

猫達が丸まって眠る姿以外は、ダッシュしてブレまくった一瞬か威嚇姿。

「あはははは!何んやこれー」

「オレが近付くと、逃げるか怒るかなんや」

「シャム?でもふわふわやなカワエエなー。

これとか最高や、なあ写真送って」

それはクリーム色の毛を逆立てて牙を剥く顔のアップで。

スマホを向けた勝田に思い切りシャーっをしてるトコロ。

藁科は楽しそうにスマホを取り出して、勝田とライン登録してしまう。

すんなり連絡先がつながってしまってエエんか?と。

勝田としてはちょっと戸惑わないでもナイけれど。

藁科がニコニコ顔なので、何も言わずにいくつか写真を転送した。

この程度で藁科が痛みを忘れて機嫌が直るなら、安いもの。

画面の時刻表示を見た藁科がはっとする。

「わ、バスの時間や」

「肩痛いやろ。バス停まで荷物持つワ」

机の上の筆記具やポーチを藁科のバッグに入れて、勝田は立ち上がる。

一応ポーチに触れる時はなるべくそっと手加減して。

藁科も立ち上がろうとするけれど、痛みのせいかちょっとヨロけてしまう。

とっさに勝田は藁科の腰の辺りを支えて、顔が真近になった。

「わ、ごめ」

「いや。何んつーか、イラつくんも判るワ。

思う通り動けんしイチイチ痛いし。大変やな」

「お。やーっと気ぃ利くコト言うたな。

そおやでもぉー何ンもする気になれん。

家でテスト勉強なんて全然ムリや。

先生もさー採点ん時、怪我しとるのに頑張った点プラスしてくれんかな」

そんなショーモナイことを言う藁科の顔を見て、勝田は思う。

(やっぱり可愛い顔しとる…)

まだ肩が痛いのかどうか、よく判らないけれど。

もたれ掛かってくる藁科を支えながら2人は教室を出た。

さっきのショーモナイ喋りを続けながら。

「なーなー猫の名前何?」

「名前も変やで」

「どんなん?」

「コノ・ソノ・アノいうねん」

「まじ?」

「なかなか名前決まらんで。

ずっと母さんがコノ子・ソノ子・アノ子て呼んどったんが定着してもて」

「それって英語で言うたらThis is thisてことか」

「ちゃうやろ。やっぱ英語もーちょい勉強した方がエエんちゃうか」

ショーモナイことでも話せば話すほど。

懐かない猫達も、藁科の色んな面も近くなるような気がして。

勝田はふわりと足元が浮いたよーな楽しさを感じていた。




北欧風リビングのソファに沈んで藁科はタブレットを眺めてる。

リビングセットは母親のその時々の趣味でコロコロ変わって。

ちょっと前はハワイアンでモンステラ柄のソファだった気がするけれど。

母親が自分用の小さな世界を作りたいだけなので、家族は口出ししない。

でも今の藁科はちょっと考えてしまう。

タブレットには勝田が転送してくれた猫達の写真集が出来ていて。

(猫と暮らすン良えな~。

けど家具傷付けたり毛ぇ散らかるやろから。ウチでは無理やろな~。

卒業して、もし勝田の進学先と近い専門とかに行けたら。

ルームシェアとかしてついでに猫と暮らせるやろか)

そんなお花畑な妄想で頭がいっぱいになるのも仕方ナイ。

ここのところ藁科は毎日が楽しくて仕方ナイから。

奇跡的に中間テストは全教科ギリセーフで赤点ナシだし。

水無月祭は応援だけだったけど盛り上がったし、ちゃっかり追加券ゲット。

補習代わりにたくさん課題が出ても、勝田が勉強に付き合ってくれる。

そして夏休みになっても。

勝田の塾や剣道の稽古が無い日は、図書館で一緒に勉強する予定。

「夏休み中に授業ンとこまで追い着いたら、新学期から何んとかなるやろ」

勝田がそう提案してくれた。

それに、もう藁科の鎖骨は骨癒合出来ていて。

学校生活では何があるか判らないのでバンドをしてただけ。

だから夏休みは毎日リハビリに通うつもり、そうしたら。

今は全然腕も回せないけど、新学期からはコッチも何んとかなるはず。

(あれ?

もしかして新学期なったら席替えすンやろか?もお隣は勝田ちゃうんかな)

そんな現実にふと気付く。

今のクラスは雰囲気良いし、みんな藁科の怪我を気遣ってくれるし。

別に隣が勝田でなくても問題は無いのだけれど。

(背中の痒いトコ掻くんは、勝田上手いからなー)

やっぱり隣は勝田がイイ。

藁科は勝田と一緒だと気楽でイイ。



姉の配信を手伝ってる頃は、PV数や登録者数に一喜一憂する日々で。

怪我をして引っ込んだら、嫌味を言われるか変なネタにされるかで。

たまに気遣いの言葉を掛けられても、配信絡みのことばかり。

気に入ったヘアメイクをしていたはずなのに。

気に入られるためのメイクになってしまって。

メイクをOFFした自分が何んなのか判らなくなっていた。

もう充分と言う思いが大きくなって。

だから髪も切ってフツーの男子学生に戻ったつもりだったのに。

周りはそう簡単には切り替えてくれない。

だからと言って。

怪我が治っても、元通りにやって行けるとは思えない。

そもそも自分がまた以前と同じコトをしたいと思えなくなっている。


骨が折れたことで、自分がやって来たコトまでポッキリ折れた気分。

そんな時に隣に座ってたのが勝田。

地味で真面目で、余計なコトは言わないし訊かないし。

授業や弁当とか平凡な小さな日常の話題を喋って笑い合うだけ。

これまで最新とか話題性とか。何がウケるとか嫌われナイとか。

自分の為じゃなく配信の為に情報を追う日々とは、全然違う過ごし方。

フツーの学生生活を送ってる気がする。

気楽で穏やかで心地よい毎日。

そして配信のことも藁科のこれまでのことも、何も知らないくせに。

勝田はメイクするのもしないのも、茶化したり否定したりしなかった。

(せやのに急に、似合うとか言うし)

腕が普通に動かせるなら、藁科はクッションをぼかぼか殴りたい。

(照れるコト言うなーどあほーっ)



そうヒトリ藁科が悶えてると、いきなりリビングのドアが激しく開く。

「ちょおっ!咲也っ!

家に居るならライン返してよっ」

引き攣った顔した姉の咲美だった。

2歳差で性別も違うのに、姉弟の顔はよく似てる。

正確に言うと顔立ちが似ていて、顔認証システムも通るくらい。

そもそもシステムは数値化だから、目鼻の位置や比率をチェックするだけ。

パーツの位置が同じなら、メイク次第で同じ顔に見せることが出来る。

だから咲美が始めた美容系配信で、同じ顔立ちの咲也が並び。

どこをどんな風に変えると、こんなに違うとか。

そっくり似せてカラーバリエーションを比較してみるとか。

もちろん写真データを加工して載せても同じコトだけど。

そんなチャンネルはたくさんある、だから敢えてライブで。

姉弟互いにメイクしながら、あーでもナイこーでもナイと盛り上がり。

また喋りの内容が姉弟だから、男女の偏りも遠慮も無いのもウケて。

ピーク時の登録者数は20万を超えていた。

でも元々は咲美がバイトしてるアクセサリーショップのHPがきっかけ。

HP内で商品紹介やアクセサリーに合わせたファッションを動画にしてたら、

じわじわと人気が出て来て専用チャンネンルを立ち上げたもの。

そんな背景のせいで実はかなり揉め事もあった。

コスメ紹介ばかりでアクセサリーのPRが少ないと文句を言われたり。

製作工程まで載せたせいでデザインが盗まれたとトラブルになったり。

だから藁科も、多くの人に受け入れて貰えるよう頑張ったつもりだけど。

ご褒美として貰った服や雑貨より遥かに多い収益の行先を知った時。

キラキラしたアクセサリーも。

自分を変えてくれるメイクも。

何もかもが藁科には色褪せてしまった。


咲美は、ショップで修行中デザイナーの辰徳くんと付き合っていて。

咲美が大学卒業したら、辰徳も独立して2人で店を持つ予定。

そのために咲美は収益全部を貢いでいた。

夢への投資なんて2人は言うけれど。

傍で見ている藁科には、現実にするつもりがナイ夢に思える。

だって。

辰徳は、藁科にロードバイクを教えてくれた優しいお兄さんだけど。

誰にでも優しくて甘くて、カッコつけるために簡単にお金を使う。

それで咲美に浮気を疑われて泣かれて、謝るためにまたお金を使う。

咲美も咲美で。

将来ショップ経営するための人脈・付き合いとか言ってお金を使う。

そして自分から切ることが出来ない付き合いばかりが増えて行く。

そのせいで独立準備用の口座に残金はいつも僅か。

(辰徳さん、始めはめっちゃカッコ良かったのに。

オレ本気で憧れとって。

姉ちゃんと同じンなって、こっちも見て欲しかったんに…)


そんな現実全部が、藁科に「もお充分や」と思わせる理由だった。



そんな状況の時。

辰徳達に起業アドバイスをしている久保田から呼び出された。

久保田とやり取りするのはPC経由だし、直接会う時は咲美と一緒。

何んの用か判らないし、行きたくなかったけど。

わざわざ辰徳が迎えに来てくれたからメイクして固定バンドも外した。

怪我はもう大丈夫と見せたくて、辰徳に着いて行っただけ。

あの怪我をした時、一緒にツーリングしてたのは辰徳で。

応急処理して救急車を呼んでくれたのも辰徳。

姉の恋人として紹介された時から、優しくてオシャレな辰徳は憧れのヒト。

そんな辰徳から「咲美によお似とって可愛ええ弟さんやね」と言って貰って。

辰徳作のアクセを付けてメイクしたら「咲美より似合うとるね」と褒められ。

リスナーから貰うどんなコメントよりも、いつも藁科を喜ばせてくれた。

だから心の隅に少しだけ期待が残っていたけれど。

久保田達とお茶してる間に、辰徳は席を立ってしまって。

いつの間にか藁科はカンタンには帰して貰えない状況になっていた。


それが六弘に助けて貰った時の出来事。


いつ配信活動再開するの?

再開して視聴者が戻って来ても、どうせ咲美ちゃんの収益でしょ?

ひとりでも稼げる企画を紹介しようか?

久保田はぐいぐいと勝手な話を押し付け続けた。

(オレ、チョロいて思われとる…)

でも姉の知り合いという遠慮と、取り巻きを連れた久保田の威圧感。

とりあえずその場から逃げるコトしか考えられない。

しかもそこは施設管理用の扉しか無いドン詰まりの通路。

そんな場所で大人達に囲まれてたら、大きな人影が割って入って来た。

「咲也、こいつら何んや?」

何んとなく聞き覚えのある声の方を見て、藁科はビビった。

学年ヤンチャグループの六弘といつもツルんでる仲間達。

それが揃ってまるでパンクロッカーみたいな恰好。

藁科も、久保田に素顔を見せたくなくてキャラぽいメイクをしてるけど。

それとはレベルが違うハードさとブラックさで。

余りにも非日常過ぎるパンク達が突如割り込んで来て、空気が変った。

チラリと藁科が視線を戻すと、久保田もかなり困惑顔。

年齢的には大人と悪ガキかも知れないけれど。

デカイ図体の六弘がジャラリと重めのアクセにダメージデニム。

他の連中も、ハデな付け毛や黒地にギンギラ銀のコンビTシャツとか。

損得勘定出来る成人なら絶対避ける雰囲気。

久保田の取り巻き立ち達も引いている。

その隙を見て藁科は包囲網からするりと抜け出して、六弘の隣に着けた。

「も、もお用事終わった。そっち行くとこやった」

「ふーん」

ジロリと重い視線で久保田達を見下ろし、六弘は低い声で唸る。

「オレが知らん奴と一緒に居るなよ」

「うんごめん。もお会わへんから、ごめんな」

その場面だけ見たら。

ヤキモチヤキ強面彼氏と、必死で機嫌を取るカワイイ彼女風。

そんな即席芝居に、六弘の後ろに控えてる仲間は笑いを堪えてる。

でも久保田達にはそれなりに効果があったようで。

小さく舌打ちしながら、その場を離れて行ってくれた。


ふうと一息付くと藁科はぺこりと頭を下げた。

「ありがとーめっちゃ助かったワー」

「苗字で呼ぶとマズイか思うて、名前呼びしてもた」

「うん。それもありがとな」

他の連中も興味本位なツッコミはせずにフォローだけしてくれる。

「こっちのアミューズメントエリアて、監視カメラしか無いんや。

あっちのショッピングエリアやったら警備員の巡回もあるけどな。

せやから1人で誰かと会う時は、こっち来ん方がエエで」

「もし相手が学生やったら、六弘の名前出せばエエけどな」

「そーそー。近くの学校やったら、誰かとつながっとるもんな」

「そーそー。JKにも効果あるで~逆に色々訊かれるかもな」

「それにしても。

ナマで藁科の私服姿見るン初めてやけど、めっちゃ可愛いなーっ」

「うんほんまマジで可愛い。

なあなあカラオケ一緒せん?

今日はな~黒ミサすんねん。オレらの戦闘服もなかなかやろー。

六弘な閣下のモノマネ上手いんで、めちゃ盛り上がるで~。

ほんで〆はCreepyNutsやからな~汗だくゾンビになれるで~」

「ゾンビは汗かかんやろ~」

通路の片隅で盛り上がり過ぎる騒ぎだけど。

おかげでいつの間にか藁科も笑っていた。

「ちょおウルサイやろけど、2曲程付き合うてくれや。

さっきのヒトら待ち伏せとるかも知れん。少し時間潰してから送るワ」

「いやええよ、もお大丈夫や。ひとりで帰れる」

「大丈夫やて思えんから声掛けたんや。こーゆー時は言うコト聞け」

怒ってるワケでは無いけれど、重みの有る声で六弘に言われると。

藁科も素直にコクンともう一度頭を下げた。



そんな出来事を知らない咲美はヒステリックに藁科を責め立てる。

「咲也あんた、最近久保田さんと会うたん?

私抜きで話して…あんたが何言うたか知らんけど。

久保田さんえらい怒っとるんや。

早よぉ謝って。久保田さんの言う通りして。

あんたも判っとるやろ?

辰徳も私らも、久保田さんにはお世話になっとるんやで。

久保田さんの機嫌損ねたら、仕事に影響してまうやんか」

目の前で、不安と苛つきとヤツアタリとで歪む咲美の顔。

自分もこんな顔になるンやろかと思うと、目を逸らしたくなる。

おまけに「私らがお世話になってる」なんて言われると。

(オレは世話なんかなってへんっ)

そう言い返したくなるキモチを飲み込んで。

黙ったままソファを立ち、藁科はリビングを出ようとするけれど。

咲美の尖がったネイルが穴を開けそうな鋭さで藁科のTシャツを掴む。

「もおっエエ加減にしてっ!

あんたが、どれだけ周りに迷惑掛けとぉのか判ってんの?

怪我して配信に出えへんから視聴者減るし、商品の売上げ止まるし。

このまんま落ちてもたら…どおしよお…」

とうとう咲美は泣き出してしまった。


咲美はイマドキ顔でスタイルも良い。

ファッションもメイクも大好きな女子大生。

友人も多くて大学生活は楽しいし、ショップのバイトも気に入ってる。

そしてバイト先で優しい辰徳と出会って恋人になれたし。

成り行きで始めた配信活動で社会人の知り合いも増えた。

この調子なら在学中に店舗立ち上げて、起業有名人の仲間入りかも。

そんな明るくて楽しくて幸せな将来を描いてたのに。

いつの間にか色んな意見に押し出されて、どんどんコトが動き出して。

思いがけずそれなりの利益が生まれてしまうと。

もっと・ずっとと終わりの無い要求が追い掛けて来た。

どこまでが自分の望みか判らなくなってるのに。

動き出したコトは簡単には止められなくて。

一生懸命夢へ近付く階段を上がってるつもりでも。

それは下りエスカレーターみたいに、自分を上へ行かせてくれない。

ただただ疲れるだけ。

それでも辰徳と励まし合ったり慰めて貰えてた間は、まだ良かった。

最近はケンカばかりで、足の引っ張り合いしかしていない。

おまけに色々協力してくれてた弟は。

怪我したせいか、すっかりヤル気を無くてしまったし。

最近は弟からの視線に軽蔑や同情みたいな冷ややかさを感じてる。

誰も助けてくれない。

こんなに困ってるのに不安なのに孤独なのに。

上手く行ってる頃は、自分は友人達とはちょっと違うデキル女の気分で。

上手く行かなくなると、もうみんなと同じ普通の女子大生に戻りたい。

それが今の咲美だった。


化粧をぐしゃぐしゃに崩して泣く咲美をじっと見て。

藁科は少し寒気がしてしまう。

もしこの間、六弘達に助けて貰ってなかったら。

目の前の咲美みたいに、自分も追い詰められてたかも。

(オレも偉そーなコト言えへん…。

姉ちゃんもオレも遊びのつもりで、軽ぅにしか考えてへんかった。

周りからチヤホヤされてエエ気になっとっただけや。

今の状況て、ちゃんと考えてへんかったツケやんな)

Tシャツに刺さる棘みたいな咲美の爪を外しながら、藁科はゆっくり話す。

「入院しとった時に考えたンやけど。

コケるとか躓くとかて、溜めたらアカンなーて。

久し振りにチャリ乗って、勘も鈍っとるのにフルスピードでカーブ突っ込んで。

あれ?て思うたらもう身体吹っ飛んどった。

普段から感覚慣らしとったら、あんな大きな事故にはならんかったかも。

そのー…何んて言うか。

配信活動も1個ずつ自分らで考えながらしとったら。

失敗したり上手く行かんコトあっても。

自分の手に収まる範囲で扱えてたと思うんや。

チョイチョイ躓いても立ち上がれるカンジで。

せやけどオレら全部久保田さん任せやったやん?

細かいコト全然気にしてへんかった。

そんなんが積もりに積もって、躓いたらもお大怪我や」

「何ンよ?あんたの話全然判らへんわ」

イッパイイッパイな咲美には、藁科の話が入って来ない。

「あーせやからなっ。

オレらの手に負えへん状況やねんから、父さんと母さんに相談しよおや」

「えっ!何んでそんな話になるんよ?

いやや絶対いやっ!怒られるに決まっとるもんっ」

「怒られるだけで済むならマシやろ!

久保田さん言うとったで。

韓国コスメの販売ノルマ達成出来へんかったら違約金がどーのて」

「いやーーーっ!言わんとってっ!」

咲美はぺたんと座り込み、子供みたいにわあわあ声を上げて泣き出した。



暫く泣き止みそうにもない。

仕方ないので、そのまま藁科も隣に座ってみる。

きっとこの騒ぎに驚いて、まず母親がリビングを覗きに来て。

そして夕方父親が帰宅したら姉弟セットでめちゃめちゃ怒られて。

でもそこから。

大人の知識と経験で、躓きから立ち上がる方法を一緒に考えてくれるはず。

特に父親は咲美に甘いから、大事な娘の泣き顔なんて見たら放っておけない。

この歳で親に怒られるなんて情けないしみっともないけれど。

現状を何んとかするには他に方法は無い。


ヨロけた時に支えてくれた勝田の手の感触を、藁科は思い出す。

竹刀を握ってきた勝田の手はゴツゴツしてた。

そう、小さなハサミを使えない厚みのある手。

手だけじゃなくて、言葉も態度もいつも無骨で素っ気無い。

だから藁科も気遣ったり取り繕う必要も無くて楽。

(明日ファミレスに呼び出したろ。

これから父さんに怒られて、きっとめっちゃ凹むやろから。

パフェ喰いながら、勝田に話聞いて貰お)

ノーメイクで手抜きな服で、ウケ要素ゼロの惨めな話でも。

勝田になら何んでも言えると思うし。

勝田なら何んでも聞いてくれると思う。

(オレの隣には勝田が居る)

どくんと心臓が大きく膨らんで、指先まで熱い血を送り出してくれて。

寒気も恐怖心も溶かしてくれた。

そのまま自己主張激しい心臓の上に、藁科は手をあててみる。


勝田の存在は、藁科の中でとっくに辰徳より大きくなっていて。

配信活動を辞めるのも。

ヘアメイクやファッションを自分用に変えて行くのも。

もう辰徳の反応を気にしないでやって行けると思う。

だからと言って勝田の反応も気にしない。

だって勝田の反応を気にしたトコロでしょーがない。

勝田はメイクやファッション知識ゼロだから「へー」しか言わない。

(オレは自由にやるんや。もお何んも気にせえへん。

スキなことを大切にして、自分の好きなよーにやるんや)

安心と自信は、たぶん器と中身。

今、藁科に自信を持たせてくれてる存在は。

オシャレじゃないし無骨な器。だけれど丈夫でぶ厚い。

だから零れたり減ったりしないで、器の中で水は自由な形で居られる。

そんなイメージが胸の中に湧いて来た。

隣で泣き続ける咲美には見せられないから、藁科はそぉっと横を向く。

その顔にはほんわりと柔らかな笑みが浮かんでいた。




気が付くと。

勝田は、塾の夏期講習と剣道場の短期稽古に通うことになっていた。

塾は毎年夏と冬の休みに通っていたトコロ。

だからこの夏も申し込もうとしたら。

母親が「剣道場にも行くなら、塾のお金出したる」と言う。

モールで剣道場の小林さんと話したコトが、よほど母親に響いたらしい。

勝田としては、こんなハズやなかったのに?と首を傾げたくなる。

短期参加なので剣道具を道場に置きっ放しにするのは気が引けて。

嵩張る剣道具と塾の問題集を持って移動して。

駅前でテキトーに昼飯を済ませ。

午前は剣道場、午後は塾と。2週間限定とは言え慌ただしい。

来年の夏は受験勉強で忙しいだろうから。

今年だけはのんびりするつもりだったのに。

でもそれもよく考えてみたら。

(まあオレ無趣味やし、特にしたいコトも無いしな…)

そんなカンジで黙々と予定をこなしている。


「よー勝田、久しぶりの正風舘どおよ?」

更衣室で着替えていると、一緒に稽古した道場生達が声を掛けて来た。

「めちゃめちゃシンドイ。けどやっぱ楽しーワ」

「勝田は昔っから基礎練もサボらんと必ずやっとったもんな」

「勝負がどーこー言うより、技とかキモチを磨くタイプよな」

「そおか?自分ではよぉ判らんワ」

そんな応えをしながらも。

素振りを繰り返し、技に集中して打ち込みをした汗だく90分のお陰で。

勝田の頭はリセットしたようにすっきりしていた。

(自分では、もおエエて納得して部活辞めたつもりやったけど。

部活動いうやり方と、剣道そのものは別やもんな。

セットで終わりにしてまうトコやった、勿体無い。

スキなモンを好きで居られるやり方を見付けられて良かったワ)

そんな充実感がちょっと嬉しい。


道場生の1人が勝田を小突く。

「なあなあ、またH駅前で飯するトコで良えの教えてや。

こないだ教えて貰うたドライカレーの店、カノジョも気に入ってくれてな。

今度はドコ連れてって来れるんやて、期待されとるンや」

「あそこ教えてくれたンは学校の奴や。オレいっつもなか卯やし」

「ほんなら、そいつに教えて貰うてや」

「忘れんかったらな」

「今すぐ連絡取ってくれてもエエんやで」

「めんど」

憮然とした顔と声で勝田は応えたけれど、頭の中では違うコトを思う。

(あの店は藁科のお気に入りやもんな。

カレー旨かったし、そんな値段高ナイのに店でゆっくり出来たしなあ)

塾と剣道どちらかが無いと、勝田はよく藁科に呼び出される。

1日ヒマな日は図書館で勉強する約束。

そうで無くても藁科から「今どこや~?」と連絡が来る。

固定バンドを外した藁科はほとんど毎日リハビリに通っていて。

その痛みの愚痴や、可動域が広がった自慢とか。会うとずっと喋ってる。


はっきり言って。

大した用事や理由も無いのに呼び出されるのは、勝田には不可解で。

(何んでオレを呼び出すンや?D組の仲良え奴らと遊べばええのに)

そんな風に思っていたけれど。

ニッコニコ顔で「ほら!リハビリしたらな、肘こんなに後ろ回せンやで!」

ションボリ顔で「筋んとこ、理学療法ン人にゴリゴリされてめちゃ痛い」とか。

機嫌が上がったり下がったりコロコロ変わる藁科を見るのは飽きないし。

こんなにリハビリを頑張ってる様子を知らずに新学期になったら。

それはそれで勿体無い気もするので、勝田はとりあえず会って話を聞いている。

「これ姉ちゃんの。ずっと狙うとって、やっと貰うてん。エエやろー」

そう言って、勝田から見たら不思議に透ける柄の服とか自慢され。

「このマスカラ新色やねん、どーや?」

「え?どおて別に…いつもの藁科やん」

「おっまえなーっ!いやちゃうワ。

勝田こそ、いつもの勝田やな。他のナニモンでもナイわ~。

それはそれで判っとぉコトやけど…あーもーほんまにもーおなーあ」

怒ってるのか笑ってるのか判らない、綺麗にメイクした顔でじっと見られると。

夏休み中で学校無くても、こーやって会えるンはエエかもと勝田は思う。

(化粧とか服とかよお知らんけど。

知らんままより、色んな藁科を見せて貰らえるンはオモロイな)

だからもう、呼び出される理由は訊かない。

知ってしまうと。

その理由が無くならないようにとジタバタしそうで。

(理由て、ほんま難しいワ。

聞かされたらもお、それで納得するしかナイ気になるし。

せやけど理由が無いンも、何んかすっきりせんゆーか…)

藁科の喋りは楽しいし、会うのはオモロイのに。

何故かよく判らないキモチが引っ掛かっている。


「なあ、まさかと思うけど。その友達てカノジョ?」

別の道場生が興味津々で訊いてきた。

「勝田は誠心やで、男子校や」

「クラスメイトの妹とか有り得るやんな」

「確かに気になるな。そんな店、勝田ひとりで行くワケ無いしな」

ヘンな方向に話が進んでしまって、勝田は益々苦い顔。

でもふと気になって、質問に質問を返すと。

共学に通うカノジョ持ち達が、幸せ溢れ出る顔で口々に語り出した。

「カノジョて、オシャレな店連れて行かなあかんのか?」

「そらそーやろー!喜んで欲しいし!」

「お薦めメニューとかあると誘い易いしな」

「派手色クリームソーダとか。ウケると写真何度も見返して喋っとぉで」

「また行こーとか、今度はちゃうメニュー食べよーてなるし」

「そおそお。食べ物んが間にあったら、話切れんよな」

「スキキライとか食べ方とかで判るコトあるし」

「あーそれ逆にコッチも見られとぉよな」

「言える~喰うとぉ時て素が出るもんな」

「そおか?逆に素出さんよーにせん?

どっちか言うと、何処までカノジョの好みに合わそかて考えてまう~」

「いやそれ止めとけ。後になってボロ出るとお互い冷めんで」

自慢も不満も色々混ざった話で、勝田は途中からもう付い行けない。

ただぼんやり思うのは。

(何んやそれて全部いっつも藁科としとるコトやんか…)


スマホのアラームが鳴って、喋りの途中で勝田は立ち上がる。

「もお行かんと塾遅れる」

「おーう行ってらー」

「またなー」

「ホンマにお薦めデートスポット情報頼むで~」

色んな声に送られながら勝田はバス停に向かう。

剣道場は住宅街の外れに在るので、バスに乗って駅まで出て。

電車でH駅へ移動して徒歩5分で塾入口。

大荷物抱えてると、せっかく剣道場の更衣室でシャワーしてもまた汗だく。

でも何故か今はぶわっと汗かいてでも走り出してしまう。

(オレはカンジョ要らんな。

まあ、カノジョ欲しいとか思うたコトも無かったけど。

藁科が居ったら「ツキアウ」ん全部やれてまうし。

もおそれで充分や)

そして益々理由は判らないけど、勝田は大声で吠えたくなって。

必死で堪えながら猛ダッシュしてエネルギーを発散していた。

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