また 聞いた この話
それから、これといって何も起きないまま、季節は移っていった。
気づけば、街路樹の緑が色を変え始めていた。会社帰りに感じる風の匂いも、いつの間にか変わっていた。
秋だった。
ふとした瞬間に、妙な感覚に襲われることがあった。この景色、前にも見た気がする。この会話、前にもした気がする。だが、いつ、どこでかと問われれば、答えられない。既視感というには輪郭がなさすぎる、そんな感覚だった。
そんなある日の夜、いつもの居酒屋の暖簾をくぐった。
「大将、いつもの」
「おう」
ホッピーが出てくる。カウンターの向こうで、大将が焼き鳥をひっくり返している。いつも通りの光景だった。
「そういや聞いた?」
大将が、ふと顔を上げて言った。
「なにが」
「最近さ、みんな同じ夢見てるらしいんだよ。俺は見てねえけどな」
箸を持つ手が、止まった。
「……はあ?」
「なんかさ、変な夢らしいんだけど……」
その先の言葉は、あの日と寸分違わなかった。常連の誰かが言ってた、その常連もまた別の誰かから聞いた、という又聞きの又聞き。
大将の顔には、以前この話をしたという記憶の欠片すら見えなかった。まるで今、初めて誰かから聞いた話を、初めて自分に披露しているような、そんな新鮮な顔つきだった。
奥の席で、誰かがまた似たような話をしている声が聞こえてくる。
背筋を、冷たいものが伝った。
これは、前にも見た景色だ。前にも聞いた話だ。だが、目の前の大将にとっては、今この瞬間が「初めて」なのだ。
季節は、秋。
――夢の中で聞いた、あの言葉が、頭の中で鳴った。




