あの店、どこかで
休みの日、気分転換に、埼玉の奥地にある神社まで足を伸ばした。時々思い出したように訪れる場所だった。特別な信心があるわけではない。ただ、境内の静けさが好きだった。
参道の入り口に、小さな蕎麦屋がある。ここに来た時は、決まってこの店に寄る。
暖簾をくぐりかけて、足が止まった。
――この景色、知っている。
いや、正確には違う。知っているのではなく、これと同じ場所に、確かにいたことがある。そんな感覚だった。店の造り、柱の位置、奥の座敷の暗さ。何度も来ているから覚えているのは当然だ。だが、この既視感は、それとは種類が違った。
もっと最近、もっと生々しい感覚で、この場所にいた気がする。
「いらっしゃい」
女将の声に、我に返った。いつもの席に座り、いつもの注文をする。
「鴨南蛮蕎麦、ひとつ」
「はいよ」
女将が厨房に消える。参拝で少し歩き疲れていたのか、座敷の座り心地の良さも手伝って、まぶたが重くなってきた。少し目を閉じるだけのつもりだった。
見覚えのある場所。安心できる誰か。何をすべきか、分かっている。
その感覚が、また来た。
「ちょっと、蕎麦できたよ」
肩を軽く叩かれ、跳ねるように目を開けた。
女将が、湯気の立つ丼を前に立っていた。
「随分気持ちよさそうに寝てたねえ」
「あ……すみません」
目をこすりながら、周りを見回す。いつもの蕎麦屋だった。柱も、座敷も、さっきまでと何も変わらない。
だが、確信していた。
さっきの、ほんの数分の眠りの中で見たのは、あの夢だった。そして、その舞台は――この店だった。




