これが、あれか
その夜、いつもより早く布団に入った。
夢を見た。
見覚えのある場所だった。どこかは分からない。分からないのに、知っている、という感覚だけが確かにあった。誰かと一緒にいた。顔もはっきりしない。それでも、安心できる相手だということだけは分かった。
何をすべきかも、分かっていた。理由は説明できない。ただ、迷いはなかった。やるべきことが、そこにあった。
目が覚めると、天井が見えた。いつもの部屋だ。
さっきまで確かにあったはずの場所も、一緒にいた誰かも、やるべきだったことも、思い出そうとするそばから、指の間から零れ落ちていく。輪郭だけが残って、中身がない。まるで、濃い霧の向こうに何かがあったことだけは分かるのに、その形が見えない、そんな感覚だった。
しばらく天井を見つめたまま、動けなかった。
ああ。
これが、みんな言っていたものか。
腑に落ちるような、それでいて全身が冷えるような、そんな感覚だった。他人事だったものが、急に自分の内側に入り込んできた。あの居酒屋で聞いた話も、同僚の「知らない」も、後輩の要領を得ない顔も、全部が急に生々しくなった。
スマホを手に取る。習慣で、SNSのアプリを開いた。
自分の投稿が、そこにあった。数日前に軽い気持ちで書いた、あの一文。いいねは、やはり「0」のままだった。
その文字を見た瞬間、なぜか、これを残しておいてはいけない、という感覚が湧いた。理由はうまく言葉にできない。誰かに言われたわけでも、何かに脅されたわけでもない。ただ、そうしなければならない気がした。
削除ボタンを押す。
確認画面が出て、指がそのまま「削除する」に触れた。
投稿は、跡形もなく消えた。
画面を見つめながら、自分でも戸惑っていた。なぜ、今、これを消したのか。うまく説明できない。ただ、消してよかった、という妙な安堵だけが残っていた。




