表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし帝都戦姫譚 ー破滅する未来を見ましたが、お姉様には絶対へりくだりませんー  作者: 日下部聖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/24

壱の六

「嫌あああっ」


 なんなのだ、これは。

 この幻は未来の光景なのか。だとしたら、わたしはこの後、惨めに没落するというのか。姉の男となった、兵藤雪哉のせいで――。


 そもそもどうしてこんな幻を見る? 悠真さまの手を取ってはいけないという警告? それとも、わたしに予知の異能が発現したのか。


(違う。だってわたしは何もしてない。霊力も使っていない)


 なぜなら異能は霊力によて発動するものだ。

 霊力とは、身体のうちを巡る超自然的な力であり、その多寡にかかわらず万人が保有するもの。

 異能を使えばその霊力は減る。けれどもわたしの霊力は、ひとひらたりとも欠けてはいない。


「うっ、あ……! 痛い、誰か……、助け……」


 目が、霞む。耐えられずにその場に蹲り、石畳に手をついた。

 頭が心臓そのものになったかのようだ。脈打つように、鈍痛が繰り返されている。

 一方で、わたしの脳は、どこか冷静に冴えていた。


(……わたしは一体、何から助けてほしいの?)


 この頭の痛みから? この幻から?

 ――それとも、幻によって暗示された未来から?

 わたしは足下の石畳の砕石に爪を立てた。整えた爪の先が、僅かに欠ける。

  異能も使えない役立たずのくせに、一端の華族令嬢としての生活を創る無能なお姉様が幸せを掴んで、わたしが破滅する? そんなことがあっていいはずがない。


 許せない。絶対にそんなこと、認められない。


「ううっ、う……」


 ――けれど、あの幻はきっと、本物の予知だ。

 霊力が減っていないことから、今の幻がわたしの力でないことは明らかだが、見たものが単なる妄想でないことは本能的に理解した。

 して、しまった。


(このままなら、わたしは何もかも喪う)


 であれば、どうすればいい?

 没落なんて末路は絶対に御免だ。今までなんのために努力を重ねてきたと思っているのか。


(今のが予知なら……お姉様を尊重しろ、ということをわたしに報せたの?)


 綾小路菫子を姉として敬し、大切にし、彼女と仲良くすればいいのか。

 そうすれば、兵藤雪哉の怒りを買わず、お父様たちはともかく自分だけは助かることができる――?


(仲良く、ですって? 敬え、ですって?)


 あの、お姉様を?

 そこまで考えた時、こちらに駆けてくる足音が聞こえてきた。

 慌てたような足音だ。綾小路の家人や悠真さまだろうか。


 顔を上げたかったが、頭痛のせいでうまく頭が持ち上がらない。視界には石が映るばかりで、周りを確認することができない。

 情けなさに歯噛みしたところで、わたしの傍に屈む人影があった。悠真さまが呼んでくださった人が来たのだ――、

 


「櫻子! 大丈夫? しっかりして!」

 


(……は?)


 朦朧とするなかその声を聞き、わたしの意識は一気に冴え渡った。

 どうして姉が、菫子がここにいる?


「たいへん、顔が真っ青だわ……! 早くお父様とお義母様に伝えなくては」

「菫子。まずは屋敷に運ぼう。人も連れて来ているんだから」

「突然頭痛を訴え出したのでしょう? こんなに……起き上がれないほど酷いなら、無闇に動かすのはいけないと思います。運ぶより、お医者様を連れてくるべきです」

「そ、そうか。そうだね。……すぐに呼んできてくれ!」

「櫻子、聞こえる? しっかりして」


 肩と背中を支えられるようにして抱き起こされる。心底案じている、とでも言いたげな紫の瞳と、視線がぶつかる。


「櫻子」


 ――どうして。

 どうしてそんなに必死になれるの。心配そうな顔ができるの。

 わたしはお姉様をずっと見下しているのに。計算であなたの好きな人を奪おうとしているのに。何度意地悪を言ったかもわからないくらいなのに。


(なんで……)


 悠真さまが連れてきた訳ではないだろう。姉に負い目がある彼は、好き好んで姉にかかわりたがることはない。

 つまり姉は、わたしの異変を聞きつけて、わざわざ飛んできたのだ。


(どうしてよ)


 わたしは母とは違う。寄って集って姉を虐めたりはしていない。……それでも、姉がわたしを嫌うに値する振る舞いをしてきた自覚がある。

 だってわたしはお姉様が、大嫌いだから。


(気持ち悪い……!)


 理解できない。どうして嫌いな妹を心配できるのか。わたしが姉なら、知らないふりをして後から「そんなことがあったなんて」と可哀想がって、腹の中でざまを見ろと嗤うところだ。


 それとも史上最高の治癒異能を秘める女は、特別慈悲深いということか。ただ養成学校を一位で卒業した程度の凡人なんて、対立する価値すらないというのか。


「櫻子、」

「……して」

「え?」

「離してよ」


 痛む頭はそのままに、姉の手を振り払う。触れれば折れてしまいそうな細腕に、まめも赤切れもない、下働きを知らない白魚のような手。


 

 ――ああ、やはり御免だ。

 この女と仲良しこよしだなんて。


 

 たとえ没落しようが破滅しようが、姉に遜って、姉の男に慈悲を乞うなんて、死んでも嫌だ。


「わたしはあなたに助けてもらうほど弱くない」 


 痛みにも慣れてきた。幻を――未来を見てから、しばらく時間が経ったせいか。

 わたしは足に力を込め、ふらつきながらも立ち上がる。


「櫻子。駄目よ、無理をしないで」

「平気だって言ってるでしょ。疲れただけよ。自分で歩いて、医務室に行くわ。……ごめんなさい悠真さま、手を貸してくださる?」

「え? ああ。もちろん……」

「ありがとう」


 わたしは悠真さまに身体を支えてもらいながら歩き出す。そして肩越しに、後ろに立つ姉を見た。

 寂しげに目を伏せる姉に、ハ、と小さく鼻を鳴らす。


(……上等じゃないの)


 わたしが破滅するのは、恐らく、姉の怒りのせいではない。気色が悪いほどにお人好しな姉を愛する兵藤の怒りによって、未来を閉ざされるのだ。

 であれば兵藤雪哉を怒らせようが、関係ないほど強くなればいい。


 この国の英雄、【白】が手を出せないほどに強く――。


「やって、やるわ」 

「……櫻子?」


 わたしは姉に遜らない。破滅もしない。絶対に。

 姉が千年に一人の逸材ようが、最高の男を捕まえようが、関係ない。


 綾小路櫻子の方が、綾小路菫子よりも秀でていると、認めさせてやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ