壱の四
綾小路家別邸の庭園はそこまで広いという訳ではないが、定期的に庭師が美しく整えているからか、まるで西洋の絵画のような景観である。
特に薔薇園の有り様はいつ見ても見事だと思う。綾小路家と付き合いのある火の異能の名家からいただいた――異能の炎によって作られた特別な灯火に花々が照らされ、幻の中にいるような気分になる。
わたしは昔からここが好きだ。
この庭園を見ていると安心する。金と手間をかけて作られた綺麗なものを見て美しいと思えるのは、余裕がある証左だ。自分はこういうものを観賞するに値する人間なのだと再確認できる。
「櫻子、共に来てくれてありがとう。夜の庭園はいっとう美しいね」
「ふふ。一緒に歩けて嬉しいわ」
二人で連れ立って薔薇園内に造られた石畳の道を歩いていると、ふと悠真さまが足を止めた。
やや赤みがかった彼の茶色の髪が灯火に照らされてさらに彩度を増している。
「君に……君に大切な話があるんだ」
「はい、悠真さま」
「君のお父上――綾小路子爵から、君が婚約者を探して いるとお聞きした。十六歳の今から数年軍人として奉公し、その経験を以て綾小路子爵家の跡目を継いで次代の護士を生み育てるつもりでいると。そして……その連れ合いを君が求めていると」
「ええ」
ならば僕を、と悠真さまが口を開いた。
灯火の明かりによってではなく、頬に赤みが差している。
「僕を、君の婚約者にしてくれないか」
――それを聞いて。
わたしは心の中でにんまりと、唇の端を吊り上げた。
「……わたしでいいのですか?」
「君が、いいんだ」
悠真さまは伯爵の次男。
小御門家は「風」の異能の名門で、綾小路よりも格式 高く歴史も長い家だ。血を取り入れることができれば、より優秀な子が生まれるだろう。結婚によって綾小路家の格も上がる。
おまけに悠真さまは常人に比べて霊力が多い。それは赤みがかった茶髪の持ち主であることも明らかだ――というのも、有している霊力が多ければ多いほど、人の髪や目の色は、その霊力の種類によって色づくのだ。水ならば白、火ならば紅というように。
異能の強さには必ずしも霊力の多寡は関係しない――実際、わたしにはそこまで強い霊力はないが首席だ――けれども今英雄と呼ばれる高位の護士たちはだいたい保持霊力の多い「色持ち」だ。
ゆえに綾小路家の次代のために、霊力の高い婿を取るに越したことはない。
「でも、悠真さまにはお姉様がいらっしゃるでしょう。わたし……不安で」
「菫子には悪いと思っているよ。……でも想い合っていたのはほんの子どもの頃のことだ。今の僕は君を愛しく思っている」
「悠真さま……本当に?」
「うん。どうか、信じて欲しい」
そう言い、微笑んだ悠真さまがわたしに向かって手を差し伸べる。この手を取ってくれ、というように。
ああ。
ああ――素晴らしい。
なんて気分がいいの。
この人はわたしを選んだのだ。お姉様ではなく、わたしを。
(当然よね)
だって、わたしは有能だもの。綾小路家の名誉を担保する秀才。
選ばれるのも、愛されるのも、幸せになるのも、わたしであることは当たり前のことだわ。
「嬉しいわ。悠真さま、わたし――」
泣き笑いのような表情をつくって、彼の方に手を伸ばした、
その利那。
『わたしもあなたが好き。共に歩んでくださいますか』
まだ、口にしていないはずの台詞が頭の中で響いて。
ぐわんと――脳が揺れた。




