参の五
「ち、治癒の異能? 妖魔の毒の、解毒? 娘が……菫子が?」
「他に代えがたい異能の持ち主だ。綾小路少将閣下程の方が、まさかお気付きでなかったのですか」
「は……いや、その」
お父様がしどろもどろに視線を彷徨わせる。
――そんなもの、お気付きでなかったに決まっている。そんなことは兵藤とてわかっているはずなのに意地の悪い男だ。
お気付きであったならば姉の『使い道』をもっと真剣に考えたであろうし、自分の妻が長女にしている嫌がらせを、見て見ぬ振りなどしてこなかったはずだ。
(お母様……)
お母様は絶句しているようだった。社交に精は出すものの軍のことや異能のことには興味のない母でも、さすがに治癒の異能がどれ程貴重なものかは知っているらしい。
「――お父様。お義母様。どうか、認めていただけませんか」
これまで黙っていた姉が、そこでようやく口を開いた。
「分を弁えない想いとはわかっています。けれども、この方は、こんなわたしを婚約者にと望んでくださいました。わたしには人を救える力があるのだと、価値があるのだと教えてくださったのです。それが何より嬉しかった。この方を……お慕いしているのです」
「菫子……」
「わたしに人を救える力があるのなら、この方の隣でその力の使い道を探りたい。そしてきっと強くなり、たくさんの人を救って……綾小路家のお役にも立ってみせます」
どうか、と頭を下げる。兵藤雪哉も揃って。
そんな、顔を上げてくださいと、お父様が兵藤雪哉に縋る。お母様は怒りと屈辱で茫然自失としている。
(……お姉様のために、頭を下げるのね)
【白】ともあろう男が。
それが計算の上の行動だったとしても。
ぎりりと、拳を握り締める。剣だこで固くなった掌には、爪が食い込もうが大して痛くはなかった。
――兵藤雪哉が姉を愛しているのか、姉の才能を愛しているのか、わたしにはわからない。
しかし、彼の、姉を見る瞳にある熱のようなものは、本物であるように思えた。悠真さまがわたしに向けるものと似ているようで、まったく違うその熱は――。
「わたしはいいと思います」
「さ、櫻子!? 何を言い出すの」
もうこれ以上、こんな茶番を見せられては堪らない。
兵藤雪哉の顔もお姉様の顔も、見たくない。
「異能が使えないお姉様に特別な力があって、その力を認められて次期公爵様に見初められたのなら、素晴らしいことではありませんか。お目出とう、お姉様」
「櫻子……! 認めて、くれるのね」
お姉様が涙を浮かべ、わたしの手を取る。「ええ」と微笑んでみせたが、触れられた手を振り払いたくて仕方がなかった。
――幻で視た、己の醜態を思い出す。
『有り得ない。無能のお姉様が治癒異能なんて、使えるはずがないわ!』
『兵藤様は騙されていらっしゃるのよ。ね、兵藤様、そんな嘘つきではなくて、わたしではいけませんか。きっとお姉様なんかよりお役に立ちます』
『だからそんな女忘れてくださいな。わたしが兵藤様を愛して差し上げますから』
(……頭痛がするわね)
ついでに吐き気もする。
何も知らずにただ普通に生きていたら、恐らくこういう台詞を吐いていただろうということもまた、気持ちが悪くて仕方がない。
自分の醜い姿を見せられるというのは、これほど不快なことなのか。
「わたしは……ずっと申し訳なくて仕方がなかった。お父様たちの期待を一身に背負いながら、人々の役に立とうと奮闘するあなたと違って、わたしは何も出来なかったから」
「……」
「でもようやく、わたしも家と人々の役に立てる。こんなに嬉しいことはないわ。何より、あなたに認められたことが――」
「お姉様」
わたしは再びにっこりと微笑んだまま、姉の言葉を遮る。そうしてやんわりと、自分の手を包み込む小さな白い手を外す。
ご令嬢らしく、豆もなければ、水仕事でできた赤切れもない綺麗なお手々。
「わたしは席を外すわ。お父様と兵藤様と、積もる話もあるでしょう? 今後のことも、いろいろと決めなければならないのでしょうし。わたしがいたらお邪魔になってしまうわ」
「そんな。邪魔だなんて、櫻子」
「それではわたしはここで失礼いたします。兵藤様、どうか姉を宜しくお願い申し上げます」
「……ああ、勿論だ」
兵藤が頷くのを見て、わたしは早々にその場を辞した。
さらにその場に残すと話が拗れると思ったのか、お父様がお母様を応接間から連れ出して、待機していた使用人に押し付けていた。
……それがいいだろう。実際『幻』の中では、わたしとお母様が散々醜態を晒したことで兵藤雪哉の不興を余計に買ったので、お母様を遠ざけておくのは正解だ。綾小路家のためにも、わたしのためにも。




