参の四
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「ようこそおいで下さった、兵藤少佐。我が国の誉れ、【白】の御方」
「ご無沙汰しております、綾小路少将閣下。ここでは、綾小路子爵とお呼びした方がよろしいのでしょうね」
「好きなようにお呼びなさい。いやはや、まさか君がうちの不肖の娘をほしいなどと、これ程嬉しいことはない」
兵藤雪哉を応接間の上座に座らせ、父は彼に酒を勧めている。まだ明るいからと一度は断った兵藤だが、父を気遣ったのか酌を受けていた。それでも冷え冷えとした表情は変わらず、宝石のような翠の瞳は相変わらず何を考えているのか判然としない。
応接間はお姉様も含めた綾小路家の面々が揃っている。お母様はうっとりと兵藤の美貌に見入っていた。
「突然伺うことになってしまい、申し訳ない。何しろ出逢いが突然だったもので、お早くご挨拶に伺わねばと考えたものですから」
「帝國の英雄様ともなれば、お忙しいのは当然ですわ。だというのにわざわざ娘のために足をお運びくださって。ねえ櫻子」
「……はい、お母様」
お母様が『勘違い』をしていることに気がついたのか、兵藤が僅かに目を細めるのがわかった。その視線の冷たさに、わたしは唾を飲み下した。
やはりこの男、この家の内情を調べてきているな。
お母様とその侍女がお姉様を、そしてわたしがお姉様を邪険に扱っていることを、きちんと把握している。わざわざ挨拶に来たのは、その目で綾小路家のことを確かめるためなのだ。
(……茶番にも程があるわね)
さっさと終わってくれないかしら。
わたしが見た『未来』によれば、綾小路家が没落するのは、お姉様が兵藤雪哉と婚約してしばらくしてからのこと。綾小路家が家ぐるみで『治癒の聖女』を虐めていたという悪評が立つのも、そのせいでお父様が嵌められるのも、まだ先のことで猶予がある。
それまでにわたしが、綾小路家を守れるくらいに、最低でも自分自身を守れるくらいに『強く』なればいい。やることは、初めから変わらない。
だからさっさとこんな下らない茶番は終わればいい。わたしは灰かぶり姫の義姉たちのように、硝子の靴を履けるなどと思い込んで、無様を晒したりしない。
「では、改めまして、綾小路子爵」
「はい」
「ご令嬢との婚約を、お許しいただけるでしょうか」
「勿論、願ってもないお話だ」
破顔したお父様が、わたしの背を押す。「ちょうどこの櫻子は、護士養成学校を首席卒業したばかりで。きっと、【白】の御方の妻としても、お役に――」
「――ああ、いえ」
思った通りと言おうか。
嬉しそうな父の言葉を、兵藤雪哉が遮った。
「失礼ですが、私が妻にと望むのは、妹君の櫻子嬢ではありません」
「……は」
「姉君の、菫子嬢です。無論、櫻子嬢の優秀さは存じ上げていますが……私が心惹かれたのは、彼女ですから」
兵藤雪哉とお姉様が、視線を交わす。
お姉様は嬉しさと恥ずかしさ、居たたまれなさが混ざった表情をしており――ちらちらと両親と妹の顔色を窺っている。
くだらない。わたしは一体何を見せられているのか。
「ど、どういうことですの」
気まずい沈黙を破ったのは、これまた案の定お母様だった。「何故、菫子を……」
「偶然、街で出逢いましてね。そこで多大な恩を受けました。そこから時折交流があり、次第に彼女に心惹かれるようになりました」
「そんな、どうして。そんな話は一度も」
お母様が、凄まじい目でお姉様を睨む。
お姉様は怯んで顔を強張らせ、下を向いた。お父様はお母様の怒りを感じ取ったのか、おろおろとしながら汗を流している。
そして兵藤雪哉はといえば、わかりやすく眉を寄せ、そうとわかるようにお母様の視線からお姉様を庇った。
心底げんなりする。
「兵藤、兵藤様。お考え直しくださいな。お恥ずかしい話ではございますが、菫子は、菫子は何も出来ない娘です。護士系華族の娘でありながら異能も使えず、かといって社交も上手くできない、不出来な子ですのよ。その点櫻子は、明るく誇り高く、優秀です。異能も使えぬ無能とは大違いですの。ご縁は菫子ではなく、櫻子に……」
「お言葉を返すようですが夫人。それでは護士系華族の妻であるあなたは異能を使えるのですか」
「なっ……」
お母様が言葉に詰まる。
使えるはずがない。わたしの母は華族の血を引いていないからだ。霊力もほとんどない。
――些か意地の悪い反問だが、お母様の物言いであればこう言い返されても文句は言えないだろう。わたしは目を伏せて湯呑みのお茶をいただいた。
「しかも菫子嬢が無能だなんてとんでもない。彼女は――特別な『治癒』の異能の持ち主だというのに」
「な、なんですと?」
「東方戦線で【災害】級に呪毒を浴びせかけられたのですが。偶然街で出会った彼女に、その毒を祓っていただいたのです。……つまり、菫子嬢は、今まで誰も出来なかった――妖魔の毒の解毒ができる人材ということになるのですよ」




