壱の二
(あちらは造船業で大成功をおさめた男爵令息、向こうにいるのは落ち目とはいえ宮家のお血筋を引く侯爵令息、手前は同じ護士系の華族令息、千年続く大神社の宮司子息。そして――小御門伯爵令息)
なんて素敵。
彼らが全員わたしの婿候補かと思うと胸も踊るというものだ。
(……ああ、駄目ね。燥ぎすぎては)
父がわたしの婿候補を集めているということは、ここで求められるのは『首席の才媛』でありながら『謙虚で控えめな』女性としての振る舞いだ。ぎらぎらと目を光らせていてはいけない。
わたしはこれから帝國護士軍の軍人となるけれど、これからわたしが歩む軍人としての道は、あくまで軍人系華族令嬢として箔付けのための腰掛けに過ぎない。綾小路子爵家がもっと力を手にするために、わたしは両親の求めるまま、『天才軍人美少女』でなければならないのだ。
わたしは笑顔を浮かべたまま、視線だけを広間の戸の方に遣る。
目立たない灰色の着物を着て、壁際で控えめに目を伏せているひとりの娘。長い黒髪は見苦しくない程度にまとめられているが、目を引く髪飾りのひとつもない。
長く伸ばした前髪で顔はよく見えず、透き通るような白い肌のせいで、まるで幽霊のような佇まいである――それはもはや壁の花というより、あのままでは壁に溶け込んで染みになってしまいそうな。
綾小路菫子。
わたしの、腹違いの姉。
「さすがは櫻子嬢。水の異能に秀でた、綾小路子爵家きっての天才少女」
「いや、櫻子嬢と比べられる姉君は哀れですねぇ。華やかで優秀な櫻子嬢と違い、まるで菫子嬢は地味な野草。桜と菫とはよく言ったものだ」
来客の美男子たちがひそひそと言葉を交わすのが聞こえてくる。
……そう。わたしは綾小路子爵家自慢の娘。
異能を誇りとし、軍人として評価されることを価値とする名門華族の令嬢。
その長女でありながら、なんの力も持たずに生まれた役たたずのお姉様とは――違うのだ。
「櫻子」
「お父様、お母様」
呼び掛けられて振り向けば、すぐそこまで父と母が来ていた。
夫婦揃って客の相手をしていたことがひと段落ついたのだろう、機嫌の好さが二人の顔つきから滲み出ている。
「楽しんでいるかい、櫻子」
「ええ、お父様。お客様のどなたもが素敵な方ばかりで。 今宵はわたしのためにこんな素敵なパーティーを開いて下さり、ありがとうございます」
「なんのなんの。優秀な可愛い娘のためだ。これくらい当然だよ。お前の気に入りそうな美男子たちもたくさん呼んでいるから、この機会にお近づきになっておくといい」
「まあ、うふふ。目移りしてしまいますね」
思った通り、 やはりこの場はわたしの婿探しも兼ねて用意された場であったようだ。
とはいえ――政略のためではあっても、 灰被り姫の物語にある城の舞踏会の場面のようなこの状況は悪くない。わたしは品を保ちつつ、茶目っ気を出しながら笑う。
「本当に素晴らしいわ、櫻子」
「お母様」
「まさか首席で護士養成学校を卒業するだなんて。綾小路子爵家の歴史でもなかなかなかったことだそうよ。本当にあなたはあたしの自慢の娘」
ぎゅう、と抱き締められる。
途端、鼻を掠める獣臭さに思わず眉が寄った。最近帝都の婦人たちの間で流行しているという麝香だろうか。
お母様ったら相変わらず、流行り物がお好きだこと――。
「本当に、あなたを産んでよかった」
「……ええ、お母様」
わたしは静かにそう応え、母の背中に手を回した。
――幼少期、母に抱き締められた記憶は、ほどんどない。母の身体は細くも柔らかく、肌はどこか冷たかった。
まあ、それでも構わない。過去よりも今だ。
わたしは父母に愛されている。
少なくとも、姉に比べては。
「さあ、櫻子。存分に楽しむのよ。これはあなたのためのパーティーなのだから」
「はい、お母様」
美しい微笑を浮かべた母が――ちらと一瞬、壁の見た。そしてその紅く彩られた唇が僅かに吊り上がる。美しく毒を含んだ、愉悦の笑み。
お姉様を見たのだ、とわかった。
母は姉が嫌いだ。子爵家の異能を継がずに生まれた無能だからではない。綾小路菫子は、母と違って身分の高かった、父の亡き前妻の娘だからだ。
(……嬉しそうね、お母様)
忌々しい前妻の娘より、実の娘であるわたしが優秀だから。
(お母様が嬉しいのなら、わたしも嬉しい)
実際わたしも姉が嫌いだ。
役立たずに、生きる価値はない。




