壱の一
三つ子の魂百まで、という言葉がある。
言い得て妙だ。実際わたしの魂も幼い頃に捻じくれてしまって以降、真っ直ぐとなる気配はない。
貧しさと惨めさはどうあっても拭い切れない澱となり、今もわたしの奥底で気を吐いている。
「あたしの役に立ちなさい」
「せっかく可愛く生んであげたんだから」
母の一人称は常に「あたし」だ。娘を前に、己を「母さま」や「お母さん」を主語にして話した ことは一度もない。役に立たねば愛されない。醜いまま打ち捨てられるのみ。
それがわたしが、この世に生まれていの一番に学んだ金科である。
だのに――、
「まあ、かわいい。今日からわたしがあなたのお姉様よ。仲良くしてね、櫻子」
どうしてあなたはそんなに美しく、清廉であるのか。
真っ直ぐで純真で、正しく在るのか。
わたしは今も――、その答えを探している。
*
研ぎ澄ます。丹田から流れ出でる霊力に、意味を持たせんがために。
そして、想像する。
やがて霊力は形となり、わたしの想い描いた通りの水球となった。
硬く。さらに硬く。 すべてを貫くほどに。そして――放つ。
わたしが指先から射出した水の弾丸は風を切り裂いて飛んでゆき、そして――狙い通りに妖魔を模して作られた模擬敵を貫いた。
「終了! 素晴らしい成績だな」
途端、教官が華やいだ声を上げ、こちらに駆け寄ってくる。名家の出身ではないものの、【五色の雄】のもと護士軍で佐官にまで上り詰めた経歴のある御仁だ。わたしは即座に可憐に見える笑顔を作り、同時に指の先まで完璧にととのった敬礼をした。「ありがとうございます、教官」
「これで君の首席卒業は決まったようなものだな、綾小路君。卒業後の進路も楽しみにするといい」
「はいっ」
わっ、と拍手が沸き起こる。帝國護士養成学校卒業試験、その実技試験でとりを飾ることになったわたしを見てきた野次馬たちだろう。
その野次馬の顔ぶれの中に、栗色の髪の美少年――小御門悠真の姿を見つけて、やや得意になる。我が綾小路子爵家とは長い付き合いの小御門伯爵家の子息だ。
わたしは再びにっこり笑うと、片手を上げた。またも、きゃあ、という歓声。
「すごい人気だな、綾小路君」
「いえ、そんな」
「謙遜しないでよろしい。養成学校を出るということは、未来の護士軍の高位指揮官となるということ。指揮官には人望は必須……君は既にそれを獲得しているようだ」
「だといいのですけど」
「将来が楽しみだよ。綾小路子爵もお喜びだろうな」
――そうだろう。
内心、笑みを深めた。
そうだろう。そうでなければならない。わたしがここまで上り詰めるのに、どれだけの努力をしてきたか。
「ありがとうございます!」
*
妖魔。
その存在が突如としてこの世界に出現したのは遥か昔――、千年前のことだったと言われている。
触れるだけで体を蝕む毒素を振り抜き、人や獣と捕食しつづけて育つ黒い怪物を古い時代の人々は「黒妖」だの「黒い悪魔」だのと呼び恐れたという。
黒い化物は南の大陸を飲み込むと、時を追いながら北上し、人類はじりじりとその居住区域を北へ北へと挟められることとなった。
そして、百年前。我らの故郷である八雲帝國に、化物がついに出現した。 黒き化物は霊力による攻撃しか通らず、霊能者たちの公的機関を持たない帝國は、数十年のあいだ苦戦を強いられることとなった。
やがて紆余曲折を経て帝國は化物たちを「妖魔」と呼称することと定め、霊力による異能を以て妖魔に対抗する軍隊、「帝国護士軍」を組織。当代最強の五人の英雄【五色の雄】を旗頭に、妖魔を相手に領土を守る長い戦いがはじまった。
そして我が綾小路子爵家は、代々「水」を司る異能を受け継ぐ護士系華族の名門。 この国の未来を担う、軍人華族の一つ。
わたしはその次女、綾小路櫻子。
この綾小路家の、跡取り娘である。
煌びやかなシャンデリア。
会場に置かれた丸い卓子、その上に敷かれた純白のテーブルクロス。並べられた豪勢な洋食の数々。
ドレスや流行の柄の着物、燕尾服で着飾った紳士淑女。
眼然に広がる光景は、かつて憧れた上流階級のパーティーそのものだった。
(……ふふ)
最高の気分だ。
これらが全て、自分のために用意されたものであると知っているから、尚更。
今宵、このささやかなパーティーに出席している客たちはみなわたしを祝いに来ているのだ。
小娘ひとりの祝賀会、そのために多くの有力者が動く。非常にいい気分だ。
「櫻子嬢、護士養成学校首席卒業、お目出とうございます」
「ありがとうございます」
「子爵様がうらやましいことだ。あなたのような優秀なご息女がいるなんて。おまけにどれほどの猛者かと思えばこんな可憐な美少女とは……さぞかし同輩たちは悔しがったでしょう」
「まあ、そんな」
シャンデリアの淡い光もと、あくまで淑やかに微笑む。
祝賀パーティーの会場となっている洋館は、綾小路子爵家の別邸だ。これまでも幾度となく西洋風の夜会を催し、わたし自身も娘として何度かそういう催しに参加しているため――照明の下どのように振る舞えば可憐に見えるのかなど、手に取るようにわかる。
今夜は綾小路櫻子――つまりわたしの護士養成学校首席卒業を祝うためのパーティー。
父はわたしを主役に据えて、娘の祝いという口実でより多くの有力華族や大商家の人々と顔を繋げる腹なのだろう。我が父ながら、軍人であるというのに商人のように機を見るに敏な方だ。
加えて父は、綾小路子爵家の跡取りであるわたしの伴侶を探すつもりでもいるのか、 見目麗しい上流階級の美男子たちもパーティーに呼んでいた。少し視線を巡らせるだけで、錚々たる顔ぶれが視界に入る。




