参の二
「負けたくない相手。養成学校の同期、ではなさそうだ」
「――姉です」
ほう、と、中隊長が吐息とも応答ともつかぬ声で呟いた。
……この人は、ひとになんでも喋らせてしまう魔法でも使えるのだろうか。それともわたしの口が愚かなほどに軽いのか。堰を切ったように、本音がぼろぼろ零れてしまう。
「しかし確か君の姉君は、異能を使えない非戦闘員ではなかったかな」
「中隊長殿も、姉をご存知なのですか」
「その手の噂はあっという間に広まるからね。しかも、ほら。君の母君はその」
「ああ」
成程、母か。母は姉の無能さと吹聴するのに余念がないから。
「……、わたしは姉が嫌いです」
「おや。随分とぶっちゃけるね」
「わたしは生まれてきてからずっと、役立たずになるな、と言われて育ちました。ですから、緩小路家にも国にも貢献できない姉が、気楽にお嬢様暮らしをしているのが腹立たしくてならなかった。それなりに意地悪も言いました」
「それ、僕に赤裸々に明かしていいこと?」
まあ人に言う気はないけれど、と、中隊長が診療録に記録をはじめる。
「徒党を組んで虐めたり、なんていう恥知らずなことはしていません。そもそも、こちらが複数でかかるなんて、わたしが姉に負けを認めているようなものでしょう?」
「はあ。負け、ねえ」
「嫌がらせをするときも悪口を言うときも母や母の使用人たちと一緒にではなく、一人でした。あえて母を止めたりはしませんでしたが」
いくらでもやり返してこい、何人だって相手になってやる、という気持ちだった。いつも。
そもそも姉の味方である使用人たちも家の中には多くいるのだ。何処の馬の骨かもわからぬ後妻とその娘を下に見る人たちなんていくらでもいる。実際そういった、母の手先から姉を守る使用人たちはそれなりにいたし、姉は彼らのお陰で割と安穏とした生活を送れていたはずだ。
――わたしが綾小路菫子だったなら、もっと上手くそういう人たちを味方につけて、 後妻と妹の作る派閥に対抗しただろう。
そうすれば、わたしとお母様も家の中でここまで大きな顔をすることは出来なかったはずだ。所詮は妾とその娘なのだから。
――けれどもお姉様は、そうしなかった。
わたしの悪口に、言い返すことさえ。
「つまり、わたしとは、喧嘩をする必要すら感じないということでしょう?」
お姉様が何を考えているのかは知らないが、それがまた腹立たしい。わたしは下に見られているのだ。無能のお姉様に。
――あの悲しげな、どこか諦めたような目で見られると、苛苛して仕方がないのだ。まるで、頑是無い子どもとして見られているかのようで。
「お姉様は、狡いわ。やり返せるのにやり返さないで、不足を埋める努力もしないで、ただ意地悪を言われた被害者として悲しがっていれば周りが助けてくれるのだもの。そうして清らかな乙女として、王子様がそのうち迎えにくるのよ。いいご身分だこと!」
「はあ……。拗らせてるなあ」
溜息とともに中隊長が万年筆を置く音がして、ようやく我に返る。
わたしときたら、上官の前で愚痴なんか吐いて。いくらなんでもこれは拙い。慌てて頭を下げた。
「……申し訳ございません。お忙しい中ご対応いただいているのにもかかわらず、無駄口を叩いて醜態を晒しました」
「はは。まあ、僕としても、異母きょうだいが難しいというのは、よくわかるよ。兄弟姉妹の醜い争いは、正直君よりもよく見てきている」
ただ、と言う。
「君のところの姉妹関係は単純に敵意だけで『そう』なっているわけじゃあなさそうだ。さっさと腹を割って話さなければ、そのうち後悔することになるよ」
「後悔しないために、今、努力しているのです」
「そういう意味じゃない。……君もわかっているんだろ? 別に姉君だって好きで異能が使えない体質に生まれてきた訳ではない。自分でどうしようもない弱点を執拗に責めるのは、卑怯だ。違うかい」
「卑怯? この世は自分でどうしようもない弱点や理不尽で溢れています。皆それに抗って生きているでしょう。弱点を攻撃されたくなかったら、弱点を他の何かで補填するか、覆い隠すか、反撃して攻撃そのものを防ぐしかない。
姉は少なくともやりようがあるのに、それをしない。わたしは姉のそういうところが――」
また、熱くなっていることを自覚し、わたしは一度言葉を切った。「……一番、腹立たしいのです」
中隊長は、仕方がないものを見る目でもう一度「拗らせてるなあ」と言った。それこそ頑是無い子どもを見る視線で、居たたまれなくなる。しかし、ことのほか屈辱感は薄かった。
それはこの方が、わたしよりもずっと大人でいらっしゃるからなのか、誰にも言ったことのない本音をぶちまけたことで、もはや自棄になっているからなのか。
「……ですので、わたしは姉が嫌いです」
「自分が酷いことをしている自覚はあるんだろう。謝らないのかい」
「謝りません。嫌いなので。文句があるなら言い返してくればいいんだわ」
「姉君が言い返してきて、罵倒のぶつけ合いになって、言いたいことを互いに言い切って、そうしたら謝れるかもしれない?」
「…………」
押し黙ったわたしを見て、中隊長は面白がるように「ふうん」と言った。
「まあなんでもいいが、あまり無茶をするのはやめなさい。小隊長らも、少し度を超しているとの意見のようだ。これ以上は身体に障る。護士は身体が資本だ」
「はい……」
「君が姉君に張り合いたいのはよくわかった。でもそれがここまで鍛錬に必死になる理由になるという……その訳が、未だによくわからないな。なんだかんだ言っても菫子嬢は非戦闘員だろう? 張り合う舞台が異なるだろうに」
わたしは首を振った。
「……姉はいずれここまで来ます」
「ここまで?」
「そしてわたしよりも、この軍で必要とされるような人材となる日が来る。わたしにはわかるのです」
中隊長は暫く口を噤んでいた。そして、呆れたような表情で「君、それ、ただ『嫌い』ってだけじゃあなくてさ……」と呟く。
「なんでしょう」
「……ま、僕が口を挟むようなことでもないか。なんでもないよ。兎に角、治療はこれでおしまいだから。今日は早く休むように」
「ハッ。お時間取らせてしまい、申し訳ございませんでした」
「いいよ。それに、強い護士が増えるのは帝國としても歓迎すべきところだから。……ただね、君」
中隊長が頬杖をつき、視線だけでわたしの目を真っ直ぐに射抜く。
「もう少し自分をきっちり見つめ直さなければ、我武者羅に努力したところで本当に強くはなれないよ」
精進しなさい、と言われ。
よくわからぬままわたしは敬礼でそれに応え、医務室を辞した。




