参の一
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「また君か、綾小路准尉」
「ご迷惑おかけいたします、晴仁大尉殿」
まあ仕事だし構わないけどね、と、中隊長は若く笑う。
あれから二か月。
わたしは鍛錬と訓練によって戦う力をつけていってはいたけれど――まだ自分だけの武器は、見つけられないままでいた。
「よくやるね。今回は……わあ、血豆が潰れてる。こうなったのは剣の素振りでかな?」
「槍や、刀や、暗器も試しているんです。自分に合う武器は何かしらって。でも、どれもしっくりこないものですから、こんなふうに」
はあそう、と感心したような呆れたような表情で、中隊長が溜息を吐く。
「三条少尉が言っていたよ。第一小隊の成長に伴って訓練内容も他と同じものにしているのに、君はその訓練に加えて、さらに独自の鍛錬をしていると」
「確かに、少しばかり厳しくなりましたね」
【大妖】級に襲撃されたあの日から、帝都に出没する妖魔の数が増えた。そのため、長らく『お飾り』として執務室の椅子を温めるばかりだった第一、第二小隊も実戦に駆り出されるようになってきていた。
周りからは、新兵ばかりで使い物にならないだろうと思われていたらしいが、少なくとも第一小隊はその『期待』を裏切った。
どうも、わたしたちを襲った【大妖】級の鳥型は――【大妖】級の中でも一階級上の【災害】級に近い、強力な個体だったらしい。奴に比べれば大抵の妖魔は雑魚にしか見えず、第一小隊は着実に戦果を積んでいた。次第に力を認めてもらえるようになってきたということだ。
無論、それはわたしも。
今のところ第一小隊で最も妖魔の討伐数が多いのはわたしだ。かつて見た『未来』の幻よりも、ずっと活躍できている。
(いつの間にか、第一小隊も、他中隊の訓練についていけるようになっていた、ということね)
素晴らしいことだ。
わたしは少しでも手柄を上げたい。そのためには小隊自体の練度が上がってくれなければお話しにならない――強い小隊にならねば、強い妖魔を狩る任務は割り当てられない。
「それより、まだ見つかっていないのですか? 東方戦線で行方を眩ませた【災害】 級は」
「残念ながらね。ただ、少なくとも東の前線よりも帝都に近づいて来ているのは間違いないだろう。だから強い個体に惹かれた【大妖】級以下の雑魚がこちらでも増えている」
だから暫くこの慌ただしさが続くだろう、と中隊長が目を伏せる。
わたしは黙り、中隊長の使う異能の青い光を見て、それから彼の顔を見た。晴仁大尉が整った甘い顔立ちであることは変わらないが――目の下が僅かに黒い。
妖魔が増えれば負傷者が増える。第五中隊以外の護士たちの怪我の世話もしている彼が、常より疲れていることは自明だった。
「……中隊長殿もお忙しい中、お手を煩わせて申し訳ございません」
「だから、仕事だから構わないと言っているだろう? とはいえどうしてそこまで生き急いでいるのかな、とは思うね」
「生き急いでいる、ですか」
「君、ぶっちゃけ、学生時代はそういう感じじゃあなかったんじゃない? 要領よく好成績を取って、それなりに軍務を務め上げて、いい男を捕まえて退役し、その後は結婚して優雅な生活ができればいい、という考えだった。違う?」
ぎょっとして顔を上げた。
「わ。わたしは、別にそのような」
「ああ、別に取り繕わなくてもいいよ。そもそもそれが悪いと言うつもりもない。要領がいいだけじゃ首席なんて取れないから、君が優秀なのは確かだし――猫かぶりも生きる手段の一つだと僕は思う」
「ね、猫……」直截な言い草に、覚えず頬が引き攣る。「かぶり、というのは、その。殿方にもわかるものなのですか」
「あっはは、さあね。ただ僕は幼少期から少年期まで、女子の多いところで育ったからなあ。比較的そういうことに気づきやすいのかも。少なくとも、小御門准尉は君を可憐で健気な女子だと思っているんじゃあないかな」
結構な性悪だなんてことは、夢にも思っていないと思うよ、などと言われ、更に頬が引き攣った。
確かにわたしの性格は歪んでいるのだろうし、その自覚もあるけれど。
「……その悠、いえ、小御門准尉も、最近は引き気味ですけれど」
わたしが我武者羅に鍛錬しているのを見て、ついていけない、という態度だ。近頃はあからさまに敬遠されているように思える。
「その割には彼の心離れを気にしていない様子だけれども。君たちは婚約者じゃなかったのかい」
「誘いはいただきましたが、受けてはおりません」
「そう」
正直なところ、小御門伯爵家との繋がりが薄くなるのは痛い。お父様もお喜びにはならないだろう。
とはいえ、あの人を選んでも結局捨てられるのなら、損切りは早い方がいい。わたしのためにも、綾小路家のためにも。
「何か、変わろうとするきっかけができたということなのかな」
「そう、なのでしょう。……わたしは、強くなりたいのです」
意外にもあっさりと零れた言葉に、自分でも驚いた。中隊長が「それ、前も言っていたね」と興味深げに目を細める。
「はい。負けたくない相手がいます。そのために、力がいるのです」




