弐の四
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「本日の訓練終わり!」
「ご指導ありがとうございました!」
第五中隊の副長を務める中尉が叫び、第五中隊隊員五十九名は声を揃え敬礼する。
――第五中隊配属からひと月。
わたしは……第一小隊は一度も、妖魔討伐の任に就いていなかった。
中央軍の一日は、養成学校での日々とそう変わらなかった。異なるのは、家から通っているか、兵舎に住んでいるかくらい。
朝五時半に起床、朝食、清掃、身辺整理後に午前の訓練。昼食後に午後の訓練と書類整理等の通常業務。交代での巡回任務。
兵舎の暮らしは優雅なもので、若手たちにも広い部屋が与えられている。さすがに個室ではないけれど、新米のわたしですら一年先輩の女性将校との二人部屋だ。自習に使える資料も豊富。恵まれた環境だ。週末も、許可を取れば自由に帰宅が可能だし――。
(まあ、ここの若い人たちは、ほとんどが不便で仕方ないって不平たらたらなのでしょうけど)
なにせ半分以上がお嬢様かお坊ちゃまなのだから。自分で掃除や配膳なんてしたことがない人ばかりだ。
養成学校では座学と訓練はあったけれども、自分の身の回りのことをする、ということはなかった。学校を卒業しても軍属にならない卒業生も多いためだろう。そういう点でも、陸海軍と護士軍は違う。
「綾小路准尉。お疲れ様」
額に滲む汗を手拭いで拭っていると、声を掛けられる。
見れば、同室の先任准尉だった。真宮寺璃々子――男爵家令嬢を母に持つ富豪の娘である。
「真宮寺准尉。お疲れ様です」
「時間外は璃々子でいいわよ」
「では璃々子さま。わたしも櫻子とお呼びください」
短く切った黒髪と深緑の瞳。爽やかな容姿で、殿方を差し置いて養成学校の先輩方のあいだで『王子様』扱いをされていたひとだ。
「さすがね。今期の首席が配属されたとは聞いていたけれど、あのきつい訓練で新兵がまったく遅れないなんて、上官たちも感心していたわ」
「まあ。お世辞でないといいのですが」
「さすがは綾小路少将のご息女、そこらの腰掛けとは違うわね」
「恐れ多いことです」
なお、真宮寺璃々子がここにいるのは、『箔付け』のための奉公じゃないそうだ。
であれば今のは皮肉か純粋な賞賛かどちらだろう?
学生時代に彼女との付き合いはなかったので判断がつかない。
まあわたしが今の台詞を放ったなら、それは皮肉になるけれども。『そのうち出ていくお姫様のくせに、頑張っちゃって御苦労さま』――。
「璃々子さまだって、お疲れのようには見えないわ。古参の方々は汗ひとつかかずに訓練を終えられますけど、若手の殿方はひいひい言ってらっしゃるのに」
「わたしはもう、一年経つもの。それに霊力が多いと、疲れにくいからね。ちょっとした、ずるね」
「ふふ、それは合法的な『ずる』ですね。羨ましいわ」
璃々子さまの瞳の色が深緑なのは、常人に比べて風の霊力が遥かに多いからだ。火の霊力がひとより多い悠真さまの髪が赤みがかっているのと同じ理屈である。
「さ、夕食を摂りに行きましょう。食堂の開く時間は決まっているのだから、早くしないと」
「ええ。……ああでも、よければ先に行っていてくださいな」
「え? でも間に合わなければ、食事抜きになってしまうわよ」
「事前に上官に許可を得ているのです。食事時間に遅れても、炊事係にお握りを用意してもらって構わぬと」
「意味がわからないわ。どうして……、いえ、まさかあなた」
「ええ」
わたしは目を見開く先輩に、花開くような、と称された笑顔を向けた。
「小隊長に訓練時間延長を希望ました。余裕のある隊長格の皆さまが稽古をつけて下さるそうです」
「嘘」
「ですので、わたしはこれで」
会釈し、踵を返す。
ひと月仕事をしてわかった。第五中隊の訓練は手緩い。おそらく、他の隊よりも遥かに。
数少ない他の隊から異動してきた古参、陸海軍から引き抜かれてきた叩き上げの態度を見ていればわかる。ここでは彼らにとって、手を抜いてなお余裕で終えられる訓練しか行われていないのだろう。体力作り、体術、剣術、霊力操作に至るまで、すべてが手緩い。だから体力に余裕がある先達は、独自に訓練を重ねる。
ここは早期に辞めることが想定される者たちの、『お客様置き場』なのだ。
(……お客様じゃ駄目なのよ)
わたしは小銃を掴む。学校で教えられた武器の中で、わたしの異能ともっとも相性がいいものだ。
(わたしは偉くなるの。お姉様よりも)
絶対に。




