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フィジカルは大抵の問題を解決する。異世界でも  作者: やがた おうぎ
1章 幼少期

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8/21

冒険者活動開始

 サイルの町を出て外へ。

 町に通じる一本道の周囲には草原が広がり、そう遠くない場所には川が流れている。

 その川の方へと駆け出していく。トサッ、トサッ、と柔らかい緑の草を踏む音が続き、爽やかな風が身体に当たり流れていく。

 景色は随分と速く過ぎ去っていく。視点が低く、地面に近いからそう感じるのだろうか。

 あっという間に川辺に到着すると、その周辺には育ちのいい、元気な草花が数多く自生している。それらを見渡し、目当ての植物を発見する。


 魔力草。全ての植物が大なり小なり魔力を蓄えて成長するが、その中でも特に魔力を多く蓄える数種類のものを魔力草と呼ぶ。

 近くに寄って、ナイフを取り出す。採取部位は葉。柔らかいその葉を傷めないよう、茎にナイフを添えて切り離す。茎や根に負担をかけずに残しておくことで、またすぐに葉をつけてくれる。


 薬草。効能は種類によって様々。治癒力を高めて外傷を治すもの。病気を治したり、体調を整えるもの。リラックス効果、眠気覚ましなどなど。

 錬金術で製薬し、植物が本来持つ効能を高めることによって、驚くほどの効果や即効性を発揮する。

 採取部位は種類によってそれぞれ。今回は根を含めた植物丸ごと。土を適切に掘り返し、根の土を払って《収納》へとしまう。


 一帯を採取しては走って移動し、また採取。サイル周辺でそれを繰り返す。

 自然魔力に富んだこの辺りでは植物の生育が非常に速く、採取ポイントさえ把握しておけば、数日単位のサイクルで回ることで効率的な採取が可能だった。


 次の採取ポイントに向かおうと視線を遠くへと向ける。その時、視界の端で何かが動いた。そちらへと視線を向けると、もぞもぞと動く茶色の毛玉が草から覗いている。野ウサギ。100メートルほど離れた場所で、草を食んでいるようだ。

 採取を一時中断し、ウサギの後方を位置取ると、歩いて近づいていく。50メートルほどの距離まで近づいたところで、ウサギは身体を起こし耳を立てて警戒する素振りを見せる。そしてさらに近づくと、ついに逃げ始めた。

 全速力で走り、逃げる獲物を追う。風になったかのように草原を駆け抜ける。直線でぐんぐん距離を詰め、至近距離まで接近する。

 ウサギはその脚力を活かした急速な方向転換で、近づいた追っ手を振り切ろうとする。しかし、距離は開かない。むしろ方向転換の度に距離は縮まる。その追っ手の驚異的な反応速度と脚力によって。

 数度目の方向転換、目と鼻の先にいる獲物は一瞬の減速をする。その隙を逃さず、手掴みにて確保する。


 手の中で暴れるウサギをしっかりと持ったまま、川辺へと戻って周囲を見渡す。探すのは草花ではなく、魔物の一種。自然の掃除屋と呼ばれている、基本的に無害なそれは川辺にいることが多い。……やはり川辺にいた。

 発見したスライムは、半透明の身体に陽の光を透しながら、ただぷるぷると揺れ動いていた。


 スライムの真横に陣取り、解体用のナイフを抜く。

 心の中で手を合わせる。

「頂きます」





 天恵の儀の数日後、父であるオルトの付き添いで冒険者登録を済ませたロニール。

 彼は晴れて冒険者となり、活動を始めてひと月が経過していた。


「薬草、魔力草の査定が終わりました。6200Gのお渡しです」

 サイルの冒険者ギルド。買い取り窓口を担当する受付嬢が言った。


 薬草や魔力草の納品は、冒険者ギルドの常設依頼だ。これらを原料として作られるポーションの需要は絶えることがないからだ。冒険者の活動が活発なこの町では特に。


「おおー。良い値段がついて嬉しいです。ありがとうございます」

 ロニールが言った。


 霊域の強い自然魔力の影響を受けるサイル周辺一帯。

 肥沃なこの地域で取れるあらゆる素材は質が良く、売れば高値が付きやすい。薬草や魔力草も例外ではなく、その中でも今日は上振れだった。


 早朝に町を出て、近くに広がる草原や川辺を走り回って2時間ほど採取を行い、昼にもならないうちに帰ってくる。彼はそれで日々5000G前後を稼いでいた。

 これは一般的な日給平均の半分程度であったが、しかし時給換算にすれば上々で、働き始めたばかりの6歳の子どもにしては高給取りと言えた。


 採取をメインに活動しているロニール。

 当然ながら、今の彼が霊域に近づくことはない。立ち入ったところで死に急ぐだけだろうことは分かっているから。


「量が多いですし、何より状態が良いですからね。教科書通りの完璧な採取です。さすが、資料室に入り浸っていただけのことはありますね」

 受付嬢が言った。


「理論武装から始めるタイプで」

 笑いながらロニールが言った。

 彼は登録してから2週間はギルドの資料室に入り浸り、必要な知識を蓄えていた。採取、採掘、獲物の解体、野営、魔物の生態などなど。そして勉強は必要十分と言える程度で区切りを付けると、2週間前から実際の活動を始めたのだった。


「理論」の対義語は「実践」である。

 知識をいくら詰め込んだところで技能は身に付かない。役には立つだろうし、効率も上がるだろうが。しかし、実践のために理論を追い求め続けることは、空虚な安心感を得たいがための回避的行動になり得る。

 彼はそれを充分に理解していた。


 冒険者ギルドを後にし、帰宅したロニール。

「ただいまー」

 家族の反応は無い。ならば、と彼は隣に建つ宿に向かう。


「あら、お帰りなさい」

 厨房に立つハンナが、顔を見せたロニールに言った。


「ただいま。今日、ウサギ獲れたんだよね。昼に皆で食べようよ。家で調理したいんだけど、こっちは手伝うことある?」

 獲物の解体は済ませてある。まだ上手くはないが。


 ロニールは冒険者ギルドの資料室で解体について勉強した後、ギルドに併設されている解体場を見学させてもらい、実際に手伝わせてもらった。その際の経験から、最低限のことは習得済みだった。


「やるじゃない」

 素直な賞賛を贈るハンナ。

「せっかくだから、ありがたく頂くわね。手伝ってもらいたいことはないわ。それに、もう宿のことは考えなくていいのよ?」


「実家暮らしで、お金も入れてないからさ」


「それも気にしなくていいのよ」

 子どもらしからぬ自立性を見せる息子に、ハンナは思わず笑った。


 6歳頃から働きに出るのはこの世界においては一般的なことである。

 しかし、いきなり親元を離れる子どもは稀で、ロニールの立場は世間的に恥ずべきことでは全くない。だから両親も、彼が稼ぎ始めたからといって生活費を納めさせるつもりはなかった。


「ところで、ウサギはまた走って捕まえたの?」

 ハンナが続けた。


「え?そうだよ。ナイフしか持ってないし」

 ロニールは今のところ、採取用と解体用のナイフ2本しか持っていない。

 戦闘はしない。もし戦闘になったらとにかく逃げる。それが現在の方針であるからだ。


「そう。……凄いのね」

 信じてはいるが納得はできない、といった様子のハンナ。

 すばしっこいウサギを獲るのは簡単じゃない。通常は罠か飛び道具を使う。追いかけてどうにかなるものだろうか。


「イケるもんだよ、意外と」

 ハンナの困惑を感じ取ったロニールは、無難な言葉を残して家に戻った。


(普通はイケないもんだと思うわよ)

 口には出さず、ハンナは息子を見送った。


 ロニールが冒険者活動を始めて以来、食卓には彼の採取や狩りの成果の一部が並ぶことになった。彼にとって家族へのささやかな恩返しであり、活動報告でもあった。

 とは言え、そのほとんどは彼の腹に収まるのであったが。

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