閑話:鬼の目にも
冒険者の町サイル。
城郭の外、閑静な場所にある宿屋カナボー。ロニールの両親が営む宿である。
鬼人の子孫であるオルトが命名したものだが、曰く「より良い結果をもたらすためのお供」という意味らしい。利用客にとって、特に探索に出る冒険者たちにとって、この宿がそういった存在でありたいと名付けたそうだ。
そんな宿の倉庫にて。
5歳のロニールは、2人の兄とともに作業をしていた。宿の手伝いだ。
ロニールは宿を手伝うことで、自分の異常ともいえる食費を労働力という形で両親に還元するつもりだった。
しかし、実際のところその食費が大した負担ではない両親は、彼の労働力に対して給金を出している。申し訳なく思った彼だったが、将来冒険者として活動を始めるにも何かとお金は必要であるため、素直に受け取ることにしたのだった。
「兄さんたちは来年入学か……」
ロニールはポーションの在庫を確認しながら呟いた。
「2人が居なくなると、寂しくなりそうだなあ」
来年9歳となる長兄ウォレスと次兄マーガンは王都の学校に行くこととなっている。
教育を受けることは義務ではない。しかし、商人を志している2人にとって王立学校に通い、学び、卒業することは大切なことだった。
彼らが宿を手伝っているのはお金を貯める目的もあったが、何より宿の経営全般、仕入れや経理などに興味を持ってのことだった。
「……ロニールは寂しいとかって感じるの?」
聞くべきか迷った末、興味に逆らえずマーガンが尋ねた。
「俺を何だと思ってるの……?」
兄の口から飛び出した驚きの疑問に困惑しつつ、思わず笑ったロニール。
「兄さんたちには何かと面倒見てもらってるんだから当然だよね」
「ああ、ごめんごめん。大人びてるというか達観してるからさ。見た目は僕らと並んでるし、精神的にも変わらないし……いや、そっちは僕らより?」
5歳のロニールの身体は、8歳の兄たちと同じくらいに成長している。
そして、前世を経た精神は当然ながら2人の兄よりもずっと大人びていた。新たな人生、新たな世界での生活に、心の新鮮さは取り戻せているが。
「泣きわめいたりしないけど、薄情ってわけじゃないよ?受け入れてるし、何より応援してるってだけ」
「うーん、達観」
2人の会話を聞いていたウォレスが言った。
「ウォレス兄さんは家族と離れるのは寂しい?王都生活への楽しみのほうが大きいのかな」
ロニールが言った。
彼からすれば、2人の兄こそ年齢にそぐわず大人びている。精神は完全に落ち着きを見せ、聡明さがあふれ出る。そんな彼らは、前世からすれば早すぎる親離れをどう思っているのだろうか。
「いざとなったら寂しいと思うけど、今は楽しみかな。……でも学校生活への不安が大きいかも。学生寮暮らしだから、自由気ままともいかないし。問題を起こして退学にでもなったら、お金を出してくれているお父さんとお母さんに悪すぎる」
「ええ?問題なんて起こさないでしょ?」
理知的で自律的な兄にそんなことがあるだろうか、とロニールは思った。
「学園には色んな人が集まるからなあ。プライドの高い貴族もいるだろうし、トラブルに巻き込まれる可能性はあるよね」
「学校では身分は関係ないなんて言われるけど、そんなわけないからね」
ウォレスとマーガンがそれぞれに言った。
「ああ、そういうことか。商人としての将来を思うと、変に恨みも買いたくないだろうしね。頑張ってね、色々と」
店頭に出す分の各種ポーションを、木箱に綺麗に並べるロニール。
(常に人間を相手にしていかなきゃいけないっていうのは大変だろうな。その点、サービス業にこの町を選んだ両親は賢明過ぎるな。霊域の浄化作用のおかげか、嫌な思いしないもんな。……霊域の賜物だな)
「ポーション置いてくるね」
並べ終えたそれを店頭に置きに行くロニールは得意げに言う。
「ちゃんと『前出し』もしてるから、安心してくれよな」
古いポーションは手前、新しいのは奥だ。
あくまで宿屋ではあるが、使用頻度の高い消耗品、ポーションや携行食に関しては売っているのだ。
「出たよ、そのこだわり。気にしてないって。ポーションは傷んだりしないんだから」
笑いながらマーガンが言った。
ポーションは適切に保管されている限り正しく効果を発揮する。適切というのも簡単で、容器に破損がなければ大丈夫、という程度だ。
「気分の問題だね」
ロニールも笑って答える。
「ところでさ。一緒にやってるトレーニング、王都に行っても時間を見つけて続けてみてね。兄さんたちもきっと筋肉の才能があるからさ。商人としてだって、フィジカルは役に立つさ」
鬼人であるロニールと比べるべくもないが、ウォレスとマーガンも年齢の割に体格が良い。
ロニールの遊びや運動に付き合っていたからだろうか。それとも、やはり彼らも鬼人の血を引いているからか。
とにかくロニールは、彼らの肉体のポテンシャルを確かに感じていた。
その後もロニールは兄とともに業務をこなしていく。
元々はオルトとハンナで問題なく回っていた宿であるため、2人は必ずしも子どもたちの手を必要とはしていない。しかし、子どもたちの自発的な申し出を断る理由もない。
ロニールに関しては6歳以降、冒険者として活動していくことになる。
そのため宿の仕事はあと1年程度と長くはないだろうが、利発的な彼の働きは、両親にとって非常に助けになっていた。家族としての贔屓目もいらず、給金を出すに相応しい我が子の働きを見るのは親としてとても安心出来るものだった。
「ロニール~、料理してみない?」
調理場からハンナが呼んだ。
「料理?やるやる。任せてよ」
「……え、初めてよね?」
まっすぐな自信を見せるロニールに、ハンナは困惑した様子を見せた。
居心地の良い、家族経営の宿屋の手伝いでお金を稼ぐ。空いた時間は広い庭でトレーニングに打ち込む。
良い家族、何不自由無い経済状況、日々の成長と充実感。恵まれた環境に感謝しながら、ロニールは日々を送っていく。
〇
翌年、ウォレスとマーガンは入学のため王都へと発った。いかにも精強という雰囲気の騎兵に護衛された、乗合馬車に乗って。
一時的なものとは言え、何かと世話を焼いてくれた肉親との別れ。
この世界では珍しくないことながら、9歳の子どもが親元を離れていく姿。
様々な感情が溢れたロニールの目からは、思わず涙が流れていた。
それを見たウォレスとマーガンは驚いたように笑って、同じように涙を流した。
王都へ向かう馬車の車列は遠ざかっていった。




