《収納》のオーブ
天恵の儀を終えた昼下がり。
「結果はどうだった、ロニール」
買ってきたサンドイッチを家族で食べる中、オルトが言った。
「大当たりだったよ」
嬉しそうに答えたロニール。
彼は天与スキルが《身体強化》だったことと、《超回復》の成長について話した。前世の経験を引き継いだであろうスキルについては両親に伝えていないので、今回も話題に挙げることは無い。
同行していたハンナも詳細はまだ聞いていなかったため、興味深い様子で耳を傾ける。
「良かったなあ、ロニール!」
ロニールの話を聞き終えたオルトは、息子の幸運を心から喜んだ。望みの天与スキルをピンポイントで得られるなど、滅多に無いことだ。
「しかし、スキルレベル5か……。凄まじいな」
そして《超回復》スキルのレベルに驚いた。
スキルレベル5は上級者に位置付けられ、至るには十年程度を要するとされる。6歳というロニールの年齢を考えれば、現時点でスキルレベル5を持つというのは異常なことであった。
ちなみに、スキルレベル8は才に恵まれた者が人生をかけて到達できるという程度。レベル9や10ともなれば、もはや伝説だ。
ちなみに、オルトは《超回復》というスキルについて、ロニールから聞いて初めて耳にした。レアスキルかとも思ったが、話を聞けば鬼人の特性に合致するものであったため、その特性がスキルとして発現したものなのだろうと結論付けた。
「食事に困ることもなく、俺が必要とする分を食べさせてくれる、父さんと母さんのおかげだよ」
「ふふっ。謙虚なのね」
ロニールの大人びた姿勢に、ハンナが笑みをこぼした。
しかし、これはロニールの素直な気持ちであり、彼にとって客観的な事実でもあった。
体内のエネルギーを消費して効果を発揮するスキルである《超回復》。食うに困っていてはどうにもならないのだ。
実際、ロニールは子どもながらとんでもない量の食事を摂っている。そのあまりの量に彼自身がいたたまれなくなり、早々に自ら宿の手伝いを申し出たほどだ。
両親としては、ウォレスやマーガンに買い与えている本に比べれば大した出費でもなく、気にしなくていいとは伝えたものの、ロニール自身の気が済まなかった。
「さて」
オルトは改まった雰囲気で言う。
「ロニールも6歳になったな。『天恵の儀』も終えた。これからは冒険者への道を本格的に歩んでいくことになるな」
「そうだね。……え、どうしたの?」
何かが起ころうという雰囲気を感じるロニール。しかし、ネガティブなことではなさそうだった。
「ウォレスとマーガンが『天恵の儀』を終えた日のことを憶えているか?3年前……その頃ロニールは3歳か。節目となる歳のお祝いに渡したものがある」
「『オーブ』のこと?ということは、俺も貰えるの!?」
スキルオーブ、通称「オーブ」は魔物の体内から魔石とともに稀に得られるもので、各種スキルの力が込められている。オーブには、その魔物が持っていたスキルが反映される傾向があるものの、結局のところランダム性が高い。
高ランク、つまり危険な魔物であるほど、得られるオーブは上質になる。また、珍しかったり習得難易度が高いスキルのオーブは希少性が高い。
オーブは魔道具に使われる他、スキルレベル向上の手段でもある。魔道具の性能の上限、そしてスキルレベルの上昇効果はオーブの質に依存している。
「ああ、もちろんだ。そして、渡すオーブの種類は兄弟3人皆同じだ」
「私とオルトで決めさせてもらったわ。オーブで習得するに相応しいスキルをね」
オルトとハンナがそれぞれに言った。
2人は選んだスキルに確かな自信を持っている様子だ。
「そのスキルとは……?」
盛り上げるロニール。
「《収納》だ!」
ノったオルトがそう言うと、ハンナが上等な小箱を虚空から取り出し、蓋を開けてロニールに差し出す。そこにはビー玉サイズの、透き通った黄色の球。
「選んだ理由は利便性の高さと、習得難易度の高さだ。《収納》を自力で習得するのはまず不可能だからな」
そう言ったオルトは、冗談交じりに続ける。
「ちなみに、天与スキルとして《収納》が発現する可能性は考慮していない。《収納》のオーブはいつでも手に入るものではなくてな。買えるときに買っておいた」
スキルは後天的に習得出来る。しかし、感覚的に捉えられない《収納》は初歩の技能を身に付けることすら困難であるため、習得にはオーブを使うことが一般的だ。そして、こういったスキルのオーブは高価である。
「嬉しいよ、ありがとう!レベルが上がると入る量が増えたり、時間も止まったり?」
《収納》の極致と言えば莫大な容量と時間停止だろう、と前世のゲームや小説で得た知識からのロニールの発言。
「良く知ってるな」
きっとウォレスとマーガンが持っていた冒険譚の本にでも書いてあったのだろう、とオルトは思った。
「性能はスキルレベルや習熟度による。時間の流れを抑制するとなると、かなり高位の使い手になるだろうな」
「《収納》を推す様子を見るに、きっと父さんと母さんも使えるんだよね。どのくらい入るの?一部屋分くらい?」
「《収納》の制限は体積ではなく、重量だ。俺はレベル5で5キロくらいか」
「私はレベル3で3キロね。重量制限はスキルレベル1につき1キロってところかしら」
オルトとハンナがそれぞれに言った。
そっちのタイプか、とロニールは思った。
「どうやったらスキルを伸ばせるの?」
「1つは王道、使用頻度を上げることだな。ただ成長は微々たるもので、効率が良いとは言えないな」
オルトが答えた。
(手間をかけないといけないタイプか……)
気の遠くなるような単純作業を想像したロニール。
今後優先して伸ばしたいのは《身体強化》であって、《収納》のトレーニングに時間と手間をかけ続けるのは気が進まなかった。
「そしてもう一つ。経験上の最高効率を紹介するぞ」
微妙な表情を見せるロニールに、オルトが得意げに続ける。
「スキルの重量制限を超えて収納して過ごすことだ。俺は昔、行商をやっていてな。常に重量オーバーだったからか、結構伸びた。このやり方、一般的には眉唾なんだ。でも実際伸びるんだ。行商人の間では有名なやり方だった。
ちなみに、制限を超えると超過分の重さが全身にかかるようになる。スキルレベルが上がれば、それも軽減されていくがな。
注意点として、超重量の物体や巨大な物体を《収納》に入れると、魔力を消費することがある。まあ、普通に使う分には気にすることはないさ」
「詰め込んでおけば勝手に成長してくれる。そして重さが全身に?なるほど……」
ロニールはひとりごちた。
《収納》を成長させつつ《身体強化》に魔力を費やし、トレーニングの負荷も上がる。最高に冴えたやり方だ、とロニールは思った。
「早速習得したい。オーブはどうやって使うの?」
「魔力を込めて握り潰すか、飲み込むかだな」
ロニールは小箱からビー玉のようなオーブを取り出し、指でつまむ。いつもの拙い魔法を使う時のように魔力を感じ取り、オーブに集中させ力を加える。すると、急に脆くなったオーブが砕け、破片は宙に溶けて消えた。
オーブのスキルレベル上昇効果により、彼の《収納》のスキルレベルが0から1になる。
早速試してみることにしたロニールは、空になった小箱を手に取りスキルを発動した。
「《収納》」
スキルの能力補助効果によって、初の《収納》は正常に作用する。
手の内から虚空へと消えた小箱。しかし、彼の感覚は《収納》に入っている小箱を捉えていた。
彼は《収納》から小箱を取り出そうと意識する。不意に手のひらに再び現れる小箱。
「無事発動したな」
見ていたオルトが安心した様子で言った。
色味が似ているだけのものを希少なオーブとして掴ませる商人も中にはいる。信用できる商人から買ってはいるが、万が一という事もある。
「不思議な感覚だ。本当にありがとう」
「どういたしまして」
「存分に役立ててくれ」
真剣な表情でお礼を言うロニールに、ハンナとオルトが答えた。
《収納》を習得したロニールは考える。
未熟な身体に気を使った時期もあったが、成長が速く頑丈なこの肉体に遠慮は要らないだろう。《超回復》で身体は回復を続け、怪我をしようともすぐに治る。ブレーキを踏む理由はない。
自重で行ってきた彼のトレーニングは、《収納》という便利な加重手段を得たことで、よりハードになっていった。




