サミュエル神父
天恵の儀の会場、礼拝堂。
子どもたちの《鑑定》が終わり全員が席に戻ると、司祭のサミュエルが前に出る。聖職者らしく、子どもたちを含む集まった人々に向けて教えを説くのだ。
「あなたは、神を信じますか?」
優しくも威厳ある雰囲気で語り始めたサミュエル。
彼の説教を聞くのは初めてのロニールだったが、ありがちな文言から始まったそれに、肩透かしを食らった。他の誰にも感じることのない威圧感を漂わせるこの人も、聖職者としては意外と普通なんだな、と。
「神を信じ、祈りを捧げ、敬虔な信徒として生きる。そうすれば人生の困難、苦境において、きっと神が救いの手を差し伸べて下さる」
静かに続けるサミュエル。
「……と、思っているなら」
その雰囲気が変わった。
「それは大きな間違いです。神はあなたを、私たちを救わない」
(え!?)
ロニールはぶったまげた。神の救いを否定する教義に。
サミュエルの説教は続く。
「私たちは、神の存在を否定しているわけではありません。神は存在するかも知れないし、しないかも知れない。信じるのは自由です」
「しかし、救いを求めるのは間違いです。現実を変えるのは、祈りではありません。あなたの行動です」
「あなたの人生に責任を持てるのは、あなただけです」
魔棲界域にほど近く、魔物の活動が活発だった未開の地を拓き、そこに国を築くに至った者たちの精神性に合致したもの。これがロニールが暮らすソシトラス王国の国教、光理教の教えであった。
「改めまして。私はサミュエル。光理教では、主体性を持って目の前の現実と向き合うべく、実践的な教えを説いています」
簡潔ながら教義の核心を説いたサミュエル。彼は自然な動作で腕を広げる。
次の瞬間、神聖な空気が礼拝堂内を満たした。高度な魔法の発動、無詠唱。
子どもたちは純粋な驚きを見せ、大人は感嘆の声を漏らす。この場にいる人々の些細な病や不調は消え去り、身体は軽くなり、心には活力が湧いた。これは、聖職者が扱う神聖魔法の効果だった。
複雑かつ高度な魔法ほど、術者がイメージを明確にするために詠唱を必要とする。
空間全体に作用し複数の効果を持つ、明らかに高度な魔法。通常、高い集中力と大きな魔力消費を必要とする。それを無詠唱で発動したサミュエルは顔色ひとつ変えていない。
「皆様の日々が、人生が素晴らしいものになりますように」
サミュエルはそう締めくくった。
最後まで勧誘の言葉は無かった。
わざわざ勧誘などする必要はないのだろうと、サミュエルを見たロニールは思った。
〇
教会からの帰り道。
「サミュエル様、どうだった?」
教会を出てから考え込む様子のロニールに、ハンナが尋ねた。
ロニールが何やら思い詰めているのは、《鑑定》の結果についてではないのだろう、とハンナは思った。彼女の目には、魔道具に触れた直後のロニールには明らかな喜びが見えていたから。ならばきっと、あの神父の実力を目の当たりにしたことだろう。
「……圧倒された。会った時に感じる威圧感は毎度のことだったんだけど、最後の魔法まで見ちゃうとさ。あの人って普通じゃないよね、どんな人なの?」
「そうね……」
ハンナは情報を整理するように間を置く。
「まず言えるのは、誰からも尊敬されている素晴らしい方だということ。今日見た通りの神聖魔法の実力。物腰が柔らかくて清廉潔白。そして、冒険者でもある」
「え?冒険者なの?」
「そうなのよ。それも一流のね。樹海の深層到達者でもある……らしいわ。宿の冒険者から聞いた話だけどね。ギルドに持ち込む素材に深層のものがポロポロ混ざってるんだって。あまり目立たないようにしてるみたいだけど」
このサイルという町は冒険者の活動が非常に盛んである。
「霊域」と呼ばれる、霊峰ヒストリーチとその周囲に広がる樹海からなる魔棲界域を眼前に控えているためだ。
魔物が築く自然の生態系である魔棲界域は、人の手が入らず資源が豊富である。加えて強大な魔物も多く生息しており、希少な素材を手に入れやすい。魔棲界域の中でも高難度とされるサイルの霊域では特に。
その危険度の高さゆえ、霊域の中心部にある霊峰ヒストリーチに到達し、探索した者は未だいないとされている。実際に探索の最前線とされているのは樹海の深層までであった。
「サミュエル神父は……人間だよね?」
現状の探索最前線である樹海の深層で活動できる冒険者はほんの一握り。
聖職者として教会に勤める傍らそれを成しているのだとしたら、それはもう超人か人外ではなかろうかと、ロニールは思った。
「諸説あるわね」
「諸説ある!?」
思いがけない返答に、驚きを露わにしたロニール。
「オルトと私は10年くらい前にこの町に来たけど、サミュエル様はその数年前からいらっしゃるみたい。そして、それからの十数年間、歳を取っている様子がない。だから実はエルフだとか、神聖エネルギーから生まれた精霊だとか……。実力や容姿から、まあ色々と言われているわ」
実際に目にしている自分でも信じ難い話に、苦笑いを浮かべるハンナ。
「……本人はなんて言ってるの?」
「『ヒト族ですよ。』って」
「誰が信じるの?それ」
「まあ、そうなるわよね」
我が子の素直な反応に、ハンナは思わず笑った。
「とにかく、本人がそうおっしゃる以上しつこく探るのも失礼だから、町の人たちは上位の存在として接することで落ち着いてるわ。私もね」
先ほどまで目の前にいたサミュエル神父が樹海の深層探索者だと知ったロニール。
(つまり、あの人と同格に並び立てば、少なくとも深層まではいけるのか)
彼は不意に現れた明確な指標に、そう思った。
サミュエル神父が樹海を突破できる実力を持ちながら、聖職者という本業のために探索を制限している可能性も頭をよぎったが、ひとまず深くは考えないことにした。
冒険者ギルドの前を通る親子。
「冒険者登録まで済ませても良かったんだけど、ごめんなさいね、一度宿に戻らなきゃ」
明らかに興味が冒険者ギルドへと向いているロニールに対して、ハンナが言った。
冒険者登録は6歳から可能となっており、天恵の儀を節目として登録することが一般的だ。
冒険者ギルドを始め、商人ギルドや職人ギルドなど、国家公認のギルドが発行する所属証明書は、持っていると何かと役に立つ。
中でも最も取得のハードルが低いのが冒険者証。過去や経歴によらず、登録料さえ払えば取得できる。それゆえ他のギルド証に比べて信用度は格段に低いものの、身分証として最低限の役割は果たす。それに冒険者としてのランクが上がれば、応じて信用はついてくるものでもある。
不満もない様子で返事をするロニールに、ハンナが続ける。
「それに、暖かくなってくるこの時期は外からも冒険者が入ってくるから……町全体が少しだけ荒れるのよね。それもひと月もせずに『落ち着く』んだけど」
落ち着く、とは霊域によって冒険者たちがふるいにかけられ、マトモな人間だけが残るということだ。
高難度魔棲界域である霊域。
とにかく大きな実入りが期待できるゆえに、この地をを探索せんと国内外を問わず様々な冒険者が集まるが、生き残っていけるのは自分の実力を客観視し、リスクを管理出来る者。人間として最低限の能力も身に付けていないような者はあっけなく消えていく。
結果的にこの町で活動を続けるのは、まともな冒険者だけになる。
霊域の恵みと浄化作用によって、この町は豊かにクリーンに保たれているのだ。
「だから登録はオルトと行ってね」
大男が一緒ならトラブルに巻き込まれる可能性も低いでしょう、とハンナは思った。
「それに、温かいうちに食べたいでしょ、それ」
ハンナはロニールの手を見て言った。
ロニールが手に抱えた紙袋からは、サンドイッチの良い香りが漂っていた。




