天恵の儀
教会へと向かうロニールとハンナ。オルトは宿の管理のため、一緒には来ていない。
城郭都市であるサイルは、教会や各ギルドの建物といった主要施設を擁する城郭内と、城郭の外に霊峰ヒストリーチから離れるように広がる人々の生活圏からなっている。そのため親子は、石造りの城郭を目指し足を進める。
教会にはいくつかの基本的な役割がある。
1つ目は、人々の信仰の対象、精神的支柱としての役割。
2つ目は、基礎的な読み書きや算術などを教える、教育機関としての役割。その教育に教会の教義を織り込むことで、信者を増やすという目的もある。
3つ目は、医療機関としての役割。教会に所属する聖職者が使う神聖魔法。それにより、人々への治療が行われる。
そして年に一度の慣行行事、「天恵の儀」である。
「教会に入ったら殺伐とした雰囲気だったりする?才能には誰でも敏感なものだからさ」
門を抜け城郭内に入ったロニールは、隣を歩く母に尋ねた。
天与スキルとは変えることのできない優位性、つまり才能である。彼は前世の小説で見た、才能如何によって見放されたり勘当されるシーンを思い出していた。
「殺伐?そんなことないわよ」
笑いながらハンナが答えた。
「子どもたちはどうしても期待するから緊張もあるでしょうけど、大人たちは穏やかなものよ。子どもの運試しを見るくらいの感覚よ。少なくともこの町ではね」
そんな会話をしつつ賑やかな市場を通りすがる親子2人は、ふと食欲をそそる香りに目を向ける。
香ばしく焼かれたパンには新鮮な野菜が挟みこまれ、そこにジューシーで柔らかそうな、ガッツリとした肉が盛り付けられる。シンプルで暴力的、きっと最高のサンドイッチだろう。
「……帰りに買いたい」
「そうしましょうか」
親子はそれぞれに言った。
〇
天恵の儀の会場となる礼拝堂は、すでに多くの子どもたちと、その保護者が集まっていた。
礼拝堂へと入ったハンナとロニールに声がかけられる。
「おはようございます、ハンナさん。そしてロニールさん」
声をかけたのは、祭服に身を包んだ二十歳前後の男性。優美な雰囲気を纏っている。
「おはようございます、サミュエル様。本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ハンナとロニールは、かしこまった様子で言った。
「ええ、こちらこそ。今日は《天恵》ですよ、ロニールさん。いつもの《鑑定》ではなく。楽しみですね」
サミュエルが微笑んで言った。
ロニールはサミュエルと面識がある。彼は習得したスキルを、《鑑定》の魔道具を使って確認するため、数か月に一度という頻度で教会を訪れているのだ。
魔道具とは、魔力によって特定のスキルを発動する道具のことである。
「保護者の方は後方で、ロニールさんはあちらに座ってお待ち下さい」
サミュエルがロニールに指し示した先には、礼拝堂の前方に集まって座る同世代の子どもたち。ヒト族の他、犬や猫、爬虫類などの身体的特徴を持つ人間である亜人族も、ちらほらと見える。
肉体的には10歳程度に成長しているロニールは、多様なその中でも異様に目立っていた。
サミュエルの指示に従い移動するロニール。周囲の視線を集めている彼だったが、そんなことは気にも留めず。
「こんにちは。お隣、失礼します」
にこやかに挨拶をして椅子に座る。
「ひっ……あ、ど、どうぞ」
しどろもどろな反応を返す子ども。
相手に怖がられたことに少しだけ傷つきつつ、ロニールが気になっていたのはサミュエル神父のことだった。
爽やかな優男。そんな彼から会うたびに感じる、底知れない威圧感。例えるなら、生物として圧倒的に格上の存在を前にしたような。
(宿にいる冒険者の人たちにも感じたこと無いんだよな……。物腰の柔らかさは実力の表れってことか。シビれるね)
やがて人の出入りが落ち着き、開始時間となった。
〇
礼拝堂に集まっている子どもたちの前方、祭壇に《鑑定》の魔道具が設置されている。普段はもっと気軽に使える場所にあるが、儀式用の配置だ。
その《鑑定》の魔道具に並ぶ位置までやってきたサミュエル。彼の横にはもう一人、紙とペンを持った男性の助祭が控えている。
「ただいまから、『天恵の儀』を執り行います」
重苦しさを感じさせない、彼の爽やかな挨拶により天恵の儀が始まる。
「順番に、1人ずつ前に出て頂きます。私がスキル《天恵》を使いますので、その後魔道具に触れ、ご自分の目でスキルを確認して下さい。また、どのようなスキルも発動しないで下さい。もしも体調が悪くなった場合はすぐに教えて下さい」
急なスキルの覚醒によって、またはそのスキルの暴走の兆候として体調が悪化する場合もある。それに対処するための行程と忠告だった。希望の天与スキルを授からなかった場合のショックを憂慮したものではない。
保護者たちにも視線を向けるように、サミュエルは続ける。
「天与スキルについては、国への報告義務があります。そのため、鑑定の結果の一部を助祭が記録します。皆さま、ご了承ください」
出席者から否定的な反応は無い。良く分かっていない子どもたちがほとんどで、保護者たちは当然のこととして受け入れていた。
前に出た子どもがサミュエルのスキルを受ける。
「《天恵》」
少し離れた位置には順番を待つ子どもが、入れ替わりつつ5人程の列を作っていく。
「火魔法!」
「はい剣術ゥ」
「……さ、裁縫?」
スキルを受けた後、魔道具に触れ、手元の空中に映し出される情報を見て一喜一憂する子どもたち。
本来、鑑定の結果を声に出して報告する必要はない。助祭が隣で《鑑定》結果を見て記録しているためだ。しかしそれでも、この通過儀礼とも言える機会にテンションが上がっている子どもたちは、自慢したり、あるいは思わず声を漏らすのだった。
そんな表情豊かな子どもたちを、大人たちは落ち着いた様子で、ほほえまし気に眺めていた。
ついに順番が回ってきたロニール。内心ワクワクしながら魔道具に手を触れる。なんと言われようと、やはり期待はしてしまうものだ。
そして、宙に表示される情報。
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【名前】ロニール
【種族】鬼人
【スキル】
《泳術》Lv4
《算術》Lv4
《身体強化》Lv3
《生活魔法》Lv1
《清掃》Lv4
《走術》Lv4
《超回復》Lv5
《調理》Lv4
《投擲》Lv2
《瞑想》Lv3
《漁》Lv1
【天与スキル】
《身体強化》
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ロニールは確認を終えると、目を剝きながらも記録を取る手を止めない助祭に一礼し、落ち着いた様子でもとの席に戻っていく。
(《身体強化》!大当たりだ!!)
内心に爆発した歓喜を秘めながら。
(いやあ、レベルが上がりやすいと思ってたよ。大して使えてもいないってのに)
ロニールは《身体強化》をすでに習得済みだった。
彼はトレーニングの最中、追い込みをかけ限界を感じた時に、身体のどこからともなく溢れてくる力を感じたことがあった。しかし、その力を使ってしまうと何をしてもキツくなくなってしまい、これではトレーニングの意味が無いと思った。この力の使い道は、ウェイトトレーニングを始めた暁にラスト1回の保険として、チーティングとして使えるな、と考えていたくらいだ。
後の《鑑定》においてそれが《身体強化》だと知った彼は、訓練として日常の中で意識して使い始めた。しかし、魔力量の少なさと拙さによりすぐに魔力が枯渇してしまう。スキルレベルが上がるに伴って改善傾向にあるものの、どうしても充分な訓練が出来ていないのだ。
(しかしまあ、レベル3にもなってまともに使えないとはね。俺の魔力量、少なすぎ)
スキルというものは、特定の能力を身に付けた時点で発現し、以降その能力を補助、拡張するものだ。そしてスキルレベルが上がるほど、その性能は強化されていく。
スキルレベル1とは、能力の証明。レベル3は、能力を磨いて数年程度で到達するもので、一人前とされる。
「一人前」となっても尚、スキルを満足に使用できない現状を、ロニールは嘆くのだった。
(《超回復》は順調か。日々負荷と休養だからね)
前世でも見知った文字列だったが、ここはファンタジー世界。前世で知るような生理学的な効果に留まらない。
《超回復》
【肉体・精神・魔力の回復速度を引き上げる。回復には体内のエネルギーを消費する。】
【熟達すると回復力が強化され、エネルギー効率が上がる。】
《鑑定》で表示される情報、ステータスのスキル名を注視すると現れるスキルの説明文。
この説明を見たロニールは、自分が日々トレーニングに打ち込み続けられるのはこのスキルのおかげなのだろう、と思った。
そして、回復で消費したエネルギーを存分に補給させてくれる、つまり不自由なく好きなだけ食べさせてくれる両親のおかげでもあった。
(その他に育ってるスキルはやっぱり、前世の経験の引き継ぎだろうな。……もっと色々やってきたと思うけどね)
おそらくこの世界において実際に能力を発揮して初めて、スキルという形で経験が引き継がれるのだろう、とロニールは考えた。
(《超回復》も引き継ぎなのか?)
何度か考えた疑問。前世でもトレーニングの日々を送っていた彼だったが、こんな便利な「超回復」は経験がなかった。
(《生活魔法》は兄さんたちに教わって発動出来たけど、常用は無理だろうな。上手くなればもっとマシに……いや、大人しく魔道具でいいや。使える魔力に制限があるなら、俺が使いこなすべきは《身体強化》一択でしょ)
体外や他者に作用する魔法は、自己で完結する魔法と比べ、より大きな魔力を必要とする。それぞれの魔法に熟達していけば魔力効率は良くなっていくとは言え、ロニールには多様な魔法を使いこなす魔法使いの道に進むという未来の選択肢はない。
彼自身が望んでいないし、そもそも魔力量が少ないという鬼人としての特性に起因するものでもある。
ファンタジー世界に生きるロニール。
しかし、派手な魔法だけがファンタジーじゃない。
この肉体にも「超常」が宿るということを、彼はすでに知っている。




