今勝ちたい、お手軽魔力増強法 F
ミノタウロスに蹴り飛ばされて入った木々の中から、戦闘中の空き地に走り出たロニール。流した血はその身体を赤黒く濡らしていた。
視線の先ではミノタウロスと第1分隊が引き続き交戦中で、追加の救援であろう数個分隊も周囲に見える。
彼は速度を緩めず、ミノタウロスの近くにあるジャイアントスコーピオンの死骸に向かう。
暗い森から出てきても、日が暮れ始めた空の下は薄暗い。
ミノタウロスは、排除したはずの脅威が戻ってきていることに気が付いた。致命的ではないが己に傷を負わせ体力を奪っていく細々とした攻撃を無視し、確実な致命傷を与えうるそれを再び排除すべく、全力で走り出す。
「行かせるな!!!」
カイウスが叫んだ。
ロニールが死んでしまったのではないか、という不安は解消された。喜びと同時に、想定外の復帰でもあった。まっすぐにこちらに向かってきているわけではないようだが、何か狙いがあることは明白だ。
「『泥拘』」
ケイルが得意の混合魔法を発動する。
ミノタウロスの巨体とパワーを抑えようというのなら、全魔力を投入する必要があった。しばらくの間他の魔法は一切使えなくなるが、ロニールが決着をつけるつもりなのだろうから躊躇はなかった。
ミノタウロスが反射的に跳び上がる。一度使われた魔法を学習していた。
しかし周囲を囲う兵士から放たれた様々な魔法が空中で着弾し、すぐに地面に戻され、膝上までが泥沼に埋まる。
ロニールは沈黙するジャイアントスコーピオンの頭胸部に突き立っている盾を引き抜くと、その傷口から手を突っ込み、何かを引き抜いた。
直径10センチ程度の球体。紫色の宝石のようなそれは、魔石。
ロニールは魔石に歯を立て、嚙み砕き、全てを腹に納めた。
休息に膨れ上がった魔力は一時的に体外へとあふれ出す。しかしすぐに収束したそれは、彼の皮膚から内へと圧力をかけて押し込まれている。
彼の纏う魔力は、かつてないほどに密度を増す。
ミノタウロスは両手で地面を殴りつけるように拘束を脱すると、ロニールめがけて突っ込んでいく。
しかし、瞬く間に数十メートルの距離を詰めてきたロニールの跳び蹴りに、後方へと大きく吹き飛ばされる。
兵士たちの包囲から抜けた先で、小柄な鬼と牛頭の魔物が向かい合う。
ロニールの姿がかき消える。ミノタウロスを殴りつけ、蹴りつけ、その反動で地面に復帰してはまた飛びかかる。
ミノタウロスはガードを固め、防戦一方。そのガードもロニールの常軌を逸した膂力に大きく揺らされ、ついに頭部への攻撃が届きそうになる。
ミノタウロスは《身体強化》を最高段階まで跳ね上げ、ロニールを殴り飛ばす。
ロニールは地面を一度跳ね、しかし何事もなかったかのように立つ。
ミノタウロスは全力の《身体強化》を長く維持できず、ロニールの魔力増強状態は一時的なもの。そのことはお互いに分かっていた。つまり、短期決戦。
スピードで勝るロニールが猛攻を仕掛ける。動き回る彼の姿をまともに捉えることは敵わず、その角に灯る魔力の輝きだけが空中に線を引く。
ミノタウロスはガードを固めて耐え、隙を狙う。
光の線が点になる。眼前の地面が抉れる。正面にカウンターの準備をする。胴体に激しい衝撃。即座に反撃。
ミノタウロスのコンパクトなフックに打ち据えられたロニールは、地面に叩き付けられる。それと全く同時に、ミノタウロスの地面を擦るような渾身のローキックが到達した。
またしても一直線に吹き飛んでいくロニール。
ミノタウロスは油断なくロニールの方向を見据える。
その先からは急速に光の線が伸び、迫り、跳び上がる。加速しきったロニールが目の前に迫る。
顔面に向かってくるその軌道上に腕を構えるミノタウロス。
しかしロニールは空中を蹴って僅かに軌道を修正し、構えられた腕を上に抜ける。加速の勢いそのままに、ミノタウロスの眉間に膝蹴りを打ち込んだ。
ふらつくミノタウロスはついに倒れ込み、地面に手をついた。
その眼前で、ロニールは大地を踏み締め腕を引き切る。
彼は、自分自身を映すミノタウロスの瞳を見る。その眼差しには憎しみも悲しみもなく、己を下そうという相手をただ真っ直ぐに見つめていた。
彼の腕が振り抜かれ、頭部を失ったミノタウロスが地面に横たわった。
静寂が場を満たす。
兵士たちは、怪物同士の戦いを黙って見ていることしか出来なかった。
※2話更新 2/2




