自然界に壁はない F
ロニールはバットだけを持ち、ミノタウロスと正面から向き合う。
意識するのは、いわゆる避けタンク。
大盾であろうとまともに攻撃を受ければ終わりだというのなら、小盾すら装備せずに攻撃を避け、捌く。隙が見えれば両手で握ったバットでキツい殴打をお見舞いし、ミノタウロスの注意を引くのだ。
先ほどは剣による斬撃の方が効果的に見えたが、打撃が無意味ということはないだろう。《剣術》よりもスキルレベルが高くなっている《槌術》を使ったほうが、結果として優位性は高いはずだ。
ロニールがミノタウロスに踏み込む。
圧倒的な体格差により、高い位置から繰り出されるミノタウロスの右フック。
高速で迫る硬質な拳を前に避け、一段と踏み込んだロニール。身体の後ろに強烈な風圧を感じながらも、ミノタウロスの右脛にバットを叩き込む。
金属同士が激しく打ち合わされるような音に、しかしミノタウロスはノーリアクション。
ミノタウロスは足元のロニールを捕まえようと手を振り回すが、小柄で素早いロニールはするりとミノタウロスの後方へ抜ける。その時に見えたミノタウロスの両脚背面には確かな切創。それはカイウスと、剣に魔法を纏わせたティークによるもの。
的確に打撃を打ち込みながらミノタウロスの足元を動き回るロニール。ミノタウロスはその対応に夢中になっている。
カイウスとティークはミノタウロスに新しい傷を付け、そしてすでにある傷を深くしていく。
戦いを見守る第5分隊と第7分隊。いつでも参戦できる心構えではあるが、超攻撃的な第1分隊とミノタウロスの攻防は非常に激しく、おいそれと加勢できるものではない。下手に手出しをすればかえって邪魔になる可能性もあった。
不意に、ミノタウロスから魔力の気配。
体内を循環するそれは、《身体強化》の特徴。
ミノタウロスの動きが一段とキレを増す。そして、ターゲットがロニールから周囲へと移っていく。
(マズい。ターゲットがとれない)
自分への注意が逸れ始めたミノタウロスの反応を見て、ロニールは焦りを感じていた。打撃の効果は相変わらず感じ取れない。いっそ不自然なほどのノーリアクション。
もしや打撃を無効化するようなスキルでも持っているのだろうか、と彼は考えた。とにかく、剣での攻撃を重ねられるようにターゲットを取り返さなければならない。
彼はさらなるパワーを求めて、自身の《身体強化》に変化を加える。
彼の《身体強化》は循環ではなく圧力。ギチギチに締め上げたリフティングベルトに強化される腹圧と、それに補助される体幹のような。
体表から内側へと加えていた魔力の圧力を、筋肉から内側へと変える。纏う魔力量は変わらないが、作用させる範囲を僅かに狭めたことで魔力の密度は増し、《身体強化》の効果が上がる。
体表の肉体強度は下がるが、表面的なダメージならあとでどうにでもなる。
カイウスはミノタウロスの攻撃を集中して的確に躱し、攻撃を積み重ねる。
額に汗をにじませる彼の心の内には、とある疑問が浮かぶ。
(なぜここに来て唐突に、ロニールから意識を逸らす?)
ミノタウロスが斬撃のダメージを無視できなくなってきたのだろうか。いや、そもそも打撃を気にしないのなら、最初からロニールに構わずに剣士を潰せばいい。ロニールのパワーでの急所への攻撃は、打撃と言えども避けたかったのだろうか。それが《身体強化》によって本格的に気にしなくてよくなったのか?
(……分からない。ただ何となく嫌な感じだ)
ロニールは、ミノタウロスの注意を引き戻そうと攻勢を強め、よりインファイトに。
しかし一向に効果が無い。ガン無視だ。
(……そんなに気にしないなら、全力の一撃をお見舞いしてやるよ)
彼は全力で踏み込み、ミノタウロスのふくらはぎ、カーフめがけてバットを振りかぶる。
その姿を、ミノタウロスはしっかりと視界に捉えている。
ミノタウロスの《身体強化》の強度が跳ね上がる。
一瞬でロニールを振り返り、低く身を屈めたミノタウロス。同時に、爆速の水平フックを右腕で繰り出す。それは丁度、ロニールの上半身を巻き込む高さ。
(速いっ!)
対応を迫られるロニール。
前に出れば拳を躱しても腕に巻き込まれる。
拳の軌道が絶妙に高いため飛ぶのは間に合わず、それに空中は無防備になる。
しっかりとしゃがみ込むか。いや、近付き過ぎていて次の攻撃に対応出来ない。
下がるしかない。しかし、数歩のステップでは距離が足りない。
彼は空中の隙を最小限にするよう、可能な限り低空を跳び退いた。
ロニールの足が地面を離れた瞬間、ミノタウロスはフックを地面に突き刺した。その腕を支えに、地面を薙ぐような右脚の蹴り。
フックからの一連の動き。迷いがなく滑らかなそれは、全て予定されていたのだろう。
《身体強化》のパワーと、フックで起こった身体の勢いを乗せた蹴りは、僅かな滞空状態にあるロニールに瞬間的に到達した。
対応不可。
強烈な蹴りに吹き飛ばされたロニールは、一直線に木々の中へと消えていった。
「ヘルマン!!!」
「はい!」
カイウスが叫んだ時にはすでに、ヘルマンはロニールを追って走り出していた。
「ケイル!入れ!」
「はい!」
カイウスは続けて声を張り上げ、ケイルを呼び寄せる。
戦いは続いている。動揺している暇はない。目の前の敵に対応しなくてはならない。
彼は蹴りを終えて身体を横たえたままのミノタウロス、その低い位置にきている首元に剣を振り下ろした。
ミノタウロスは片手で首を覆う。腕が切りつけられ、血が流れる。
その後も急所を狙った斬撃が重ねられる。しかしそのたびにガードを固めるだけで、立ち上がろうとはしない。
ヴオォォォ━━!!!
咆哮と共に腕を振り回すミノタウロス。
剣士たちは距離をとり、警戒心を強める。
ミノタウロスの傷がまたしても治癒していく。そして、ゆっくりと横たえていた身を起こし、立ち上がった。
傷は回復していたが、何故かよろけている。まるで脚のダメージをかばうように。
「……っ!こいつ!!!」
ティークが思わず叫ぶ。
同時に、全員が理解した。
ロニールが与えていた打撃こそが有効だったのだ。それを隠し続け、ロニールを排除するための状況を作り上げ、ついに成功させた。
恐らく、出会い頭の初撃からだろう。あの時点でロニールを最大の脅威と見て、ブラフを仕込んでいたのだ。
巧妙な戦闘の駆け引きからは、知能の高さが伺えた。
このミノタウロスは深層最上位どころではない。
恐らくその先、霊峰から来た個体だ。




