救援 F
大木の並びが途切れて形成された空き地は、天然の闘技場のようだった。
最初に救援に駆け付けた第5分隊は、すでに戦闘態勢が瓦解している第7分隊を目にした。
6人で編成されている第7分隊。
大柄の男性は盾を持ったまま、空き地の端で地面に大の字にあお向けになり、ピクリとも動かない。深刻な外傷は見当たらず、気絶しているだけのようではあるが、骨折や内臓の損傷は考えられる。
剣士であろう男性は血塗れでぐったりとして、仲間に引きずられて戦闘の後方、空き地の端へと下がってきている。明らかに重症だ。
後方へと決死の表情で重傷者を引きずった女性弓士は、ポーチから最高級治癒薬を取り出すと、栓を開けて重傷者の口に流し込む。50ミリリットル程度であろうそれは嚥下せずとも効果を発揮し、重傷を確かに回復させるはずだ。しかし回復には体力を消耗するため、意識が戻ったとしても剣士が戦闘へ復帰することは難しいだろう。
残りの3人は、瓦解の元凶と激しい戦いを繰り広げている。前衛の2人が戦闘から離脱している現状、そこには後衛もいるのだろう。
全員の限界が近いことは明らかだった。
ヴオォォォ━━!!!
戦いの中心で、戦意を砕くような咆哮が発せられる。その主はミノタウロス。深層最上位の存在。
牛のような頭部。二足歩行の足は蹄で、手には力強い五指が揃っている。全身には、はちきれんばかりの筋肉を纏っている。通常は茶色いはずのミノタウロス、しかしこの個体は黒かった。
第5分隊は足を止めることなく、行われている戦闘の助勢に向かう。大丈夫か、などと確認するまでもない。大丈夫ではないに決まっている。
「入るぞ!」
第5分隊の男性盾士が声を上げた。分隊への声かけでもあり、限界が近い仲間を少しでも安心させるためのものでもあった。
「助かる!まともに受け止めるな!」
ミノタウロスの周りを機敏に動き回る男性短剣使い、おそらく第7分隊の斥候が言った。
「了解した!」
攻撃を正面から受け止めてはならない、と盾士は自戒した。先の斥候の言葉は戦闘の緊張感から端折られていたが、言わんとしていることは正しく認識していた。それに、司令部から情報は受け取っている。
「下がって回復しろ!」
と、第5分隊長。女性の魔法弓士。
彼の言葉に、第7分隊の3人は後方へと移動し、ポーションを呷る。
動き回り、転がされた汚れは消えないが、積み重なっていた軽度の外傷は癒えていく。戦闘への復帰は可能だろう。
ミノタウロスを囲んだ第5分隊。
盾士、男性剣士、女性魔法双剣士を前衛に。魔法弓士と男性斥候が弓を構えて後衛につく。
盾士がミノタウロスの正面で注意を引きつけ、振るわれる拳を受け流す。金属同士が擦れるような硬質な音が鳴る。受け流していても尚、激しい衝撃が全身を襲う。
剣士と双剣士はミノタウロスの正面を避けつつ、時折振るわれてくる拳を確実に避けながら攻撃を与えていく。全力の切り付けも、魔法を纏わせた刃も、ミノタウロスの身体の表面を浅く傷つけるだけに止まっていた。
1撃食らえば終わり、という確信から来る緊張感も、ミノタウロスを倒すには恐らく必要なのだろう積極的な攻撃を控えさせる。
魔法弓士の魔法を纏わせた矢も、完璧な入射角だった1本だけが浅く刺さっているのみ。眼球を狙おうにも、ミノタウロスはその巨体の割に素早い。まともなダメージを与えられていなかった。
隣で弓を射る斥候の矢は、目の前のミノタウロスに対しては全くと言っていいほどに無意味だった。
「……少し前に出て魔法でサポートします」
ミノタウロスの視界を塞ぐでも、動きを阻害するでもいい。僅かな働きであっても、何の役にも立たない矢を射続けるよりは遥かにマシだ、と彼は思った。
分隊長の了解を得て、彼は走り出す。
「……!新規接近!」
戦闘のサポートに移るより先に、彼は本来の役目を全うした。
「了解!撤退するぞ!!!」
分隊長の判断は速かった。
目の前のミノタウロスは恐らく特殊個体だろう。動き自体は通常個体の域を出ないものだが、防御力が非常に高い。ただでさえ厄介なのに、混戦になっては魔物の動きが予想できない。
第7分隊も半数以上が動けるため、協力すれば護衛しつつ負傷者を運ぶこともできるだろう。
分隊長の指示を受けて、何とか隙を見て距離を取りたい前衛たち。
剣士、ケイルから混合魔法が放たれる。
「『泥拘』」
混合魔法はミノタウロスの両足の膝下までを地中に引き込み、その動きを阻害した。
あとは正面の盾士が、足の使えないミノタウロスの攻撃を適切に捌いて離れるだけだ。
ミノタウロスは粘度の高い泥から足を引き抜こうと、一瞬攻撃をやめた。
(今っ!)
盾士はその隙を逃さず、大きく後ろに跳んだ。
その一瞬の滞空時間。今までの攻撃とは比べ物にならない速さで、ミノタウロスの雑な平手打ちが迫る。盾士は反射的に盾を滑り込ませる。
轟く破裂音。
とてつもない衝撃に意識を失った盾士が吹き飛んでいく。
宙を舞う身体。盾を手放した腕が不自然にぶらぶらと揺れている。
地面に落ちる寸前、全速力で追いついたケイルが盾士の革鎧の胸倉をひっ掴み、そのまま後方へと攫っていく。
何とかミノタウロスから距離をとることに成功した第5分隊と第7分隊。
腕を重度に骨折した盾士にはすでに最高級治癒薬を飲ませており、撤退の準備は出来ている。
あれは相手にしていい個体ではない。ヤツが拘束を抜けないうちに全力で逃げなければならないのだ。
吹き飛ばした盾士から奪った大盾を手に持ったまま、ミノタウロスは後方に飛び上がる。バックステップ。拘束を脱した。
撤退に移ろうとしていた者たちの血の気が引く。あのパワーとスピードで追われれば……逃れることは出来ない。
誰も何も言わず、ポーションを呷り戦闘準備を整える。
その時、ミノタウロスが背を向けた。
その視線の先、木々の間からジャイアントスコーピオンが姿を見せた。
ジャイアントスコーピオンは深層上位の魔物。戦いになれば時間を稼いでくれるはずだ、と全員が期待を込める。
ミノタウロスの意識がジャイアントスコーピオンに向いているうちに……。
一撃。
ミノタウロスが全身を使って投げつけた大盾は縦回転し、次の瞬間にはジャイアントスコーピオンの頭胸部に深く突き立った。
沈黙するジャイアントスコーピオン。
しかし、ミノタウロスはまだ木々の方から視線を逸らさない。
ミノタウロスが顔の前に手をかざす。木々の間を縫って飛来した槍が、その手のひらを浅く刺した。
槍を抜いたミノタウロスは、反撃の投槍の構えをとる。しかし投げるには至らず、その顔面が突如として燃え上がった。ダメージは通っていないが、視界を塞いだ炎。それが消えた時には、足元に2人の人影。
ミノタウロスの両脚それぞれに、強烈な殴打と鋭い斬撃が打ち込まれる。
確かな有効打にミノタウロスは初めての怯みを見せ、斬撃に耐えかねるように後方に体勢を崩した。
追撃の気配を感じ取ったミノタウロスは後方に倒れ込むままに後転。起き上がった時にはこれまでの全ての傷が癒えていた。
「打撃の手応えがあまり……」
「私の剣も似たようなものだけど……打撃よりは有効か」
「動けるタンクがいないようなので、自分が正面でなるべく注意を引く立ち回りをします」
「分かった。移動中にも伝えたけど、充分に気を付けて」
ミノタウロスと対峙するロニールとカイウス。
その少し後ろにはティークとヘルマン。
第1分隊とミノタウロスの戦いが始まる。




