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フィジカルは大抵の問題を解決する。異世界でも  作者: やがた おうぎ
1章 幼少期

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35/41

深層の味わい F

 前線拠点フロンタ。


 ロニールが初回の霊域探索を終えてから3週間ほど。

 彼はこれまでの間、拠点運営に関わる戦闘員としての役割を教えられながら過ごしていた。具体的には、拠点近くの浅層にある定点採取ポイントを巡って退魔の香や回復薬などの素材を集め、ついでに山菜や肉などの食料も集めたのだった。


 それほど昔ではない、冒険者になったばかりの頃は、サイルから見える樹海の浅層に踏み入ることを強く避けていた。その時から考えれば随分と成長したものだ、と彼は思った。


 そんな彼は現在、前線拠点フロンタに設けられた訓練場の一角にいた。

 ベンチに座る彼の周囲には、各重量のダンベルが整頓されていた。その最大重量は100キロ。フロンタに来て初日に、鍛冶工房に作成を依頼したものだった。

「急がなくて結構です」と伝えていたものの、作りが複雑でないことと職人の技術力の高さも相まって、初回の探索を終えた頃には完成品を受け取ることができた。


(やっぱり、ダンベルも良いよなあ。複雑な器具を必要としないし、種目やバリエーションの自由度も高い)

 ダンベルチェストプレスの刺激の余韻に浸る彼は考える。

 理想を言うならラックとバーベルも併設したいものだが、野ざらしでやっているような状態では望めないことだ。ウェイトトレーニングが広まっていき、いずれ専用の建物が設けられた時、理想は実現するだろう。

 そう言えば、カミラとのトレーニングのあと、彼女は何度か実家を訪れトレーニングに励んでいたが、今はもう来ていないらしい。

 彼女はついにホームジムを完備したようだ。パワーラックとバーベルに加えて、ダンベルセットまでも。羨ましい。


 完全に沼ったな、などと考えながら、彼はメインセットに挑む。

 100キロのダンベルを持ち上げ、ベンチに座った膝の上に乗せて集中力を高める。両腕に200キロを抱えながら彼は、より上の重量を作ってもらったほうがいいかもな、と思った。


 興味深そうにこちらを見る視線を感じる。

(いいよ、来いよ)

 彼はベンチに横たわる反動と膝の支えを利用しながら、スタートポジションをとった。


 じきに2回目の探索が始まる。次は深層。

 心身の準備は整っている。



 〇



 2度目の探索。

 深層にほど近い中層での夜が明け、やうやう白くなりゆく山際……は見えないが、木々の間に見える空は明るんできている。

 ロニールたち第1分隊は、展開していた天幕を片付けると各々の荷物をまとめ、退魔の液剤を染み込ませたカバーで包んだ。


「今日から深層に入る」

 淡々とカイウスが言った。しかし、気が引き締まるような雰囲気を感じる。

「深層で長時間の休息は取れない。野営して一夜を明かすこともないから、荷物は置いていく。夜になる前にここに戻ってくる」


 ロニール以外は何度も経験していることであるため、これは彼に対する確認だ。

 中層に荷物を置いて挑んでいく。それが深層以降の探索のやり方だった。


 カイウスは続ける。

「春、このメンバーで深層を突破し、霊峰に足を踏み入れるつもりだ。それが可能だと判断している。今回はその前段階として、深層での動きに慣れていこう」


 はい、と3人の返事が重なる。


 歩き始めたロニールは、緊張感と恐怖心、そして高揚感を覚えていた。



 〇



 立ち入った深層は、中層までとはまるで違う様相を呈していた。


 気が付けば巨大な樹木ばかりが立ち並び、多様な植物たちは過剰な生命力に満ちて艶があり、色は濃く鮮やかだった。

 点在する岩場からは様々な鉱石が突き立ち、天然の輝きを帯びている。


 異界に入ったのか、自分が小さくなったのか、そんな感想をロニールは抱いた。拠点や中層から地続きであるはずなのだが。


「ワーム接近中」

 ヘルマンが言った。


 ロニールたちは即座に大木に飛びつき、駆け上がっていき、枝に留まる。大木の枝は太く、人が乗ろうともびくともしない安定感があった。


 地面を注視する。やがて土が盛り上がり、畝のように数列伸びていく。それぞれの先端が先ほどまでロニールたちがいた位置に達すると、そこから複数の巨大な蠕虫が頭を突きあげる。

 ジャイアントワーム。地中を移動し、地面に伝わる振動から獲物を探知して捕食する魔物。円状の口には無数の棘のような歯が並んでいた。

 ジャイアントワームは捕食の失敗を悟ると、すぐに地中へと姿を消した。

 地面に出来ていた直径30センチ程度の穴はひとりでに塞がり、畝のような盛り上がりも消えていく。ヤツらの《土魔法》だ。


「戦うのもな……」

 カイウスが呟いた。

 ヤツらは地中に戻ったが、まだ付近に潜んでいる。


 ジャイアントワームは素材として利用できる部位がなく、食材にもならない。魔石や、もしかするとオーブは手に入るかも知れないが、深層で戦闘の騒ぎを起こすリスクに見合わない魔物だった。


 カイウスが続ける。

「木の上を移動できそう?」


「予定の進行方向に抜けるにも、絶妙な位置にスパイダーの群れがいます。地面と頭上の両方から挟まれると厄介です」

 ヘルマンが答えた。


「じゃあ狩ろうか」

 と、カイウス。

 深層の探索だけが目的であれば、どちらへ進んで迂回しようと関係ない。しかし今は、霊峰に挑むことを前提とした動きを意識しなければならない。


 集中力を高める第1分隊。他の魔物をなるべく寄せないよう、短時間での決着が求められる。


 と、そこに。

 巨大な木々の隙間を器用に縫いながら、時には幹を蹴りつけて移動してくるホーンラビット。深層の魔物に傾向として見られる巨大化はしていないが、まるまると育ち、生命力に満ちている。

 今まで見てきた同種とは一線を画す、その圧倒的な素早さと3次元的な機動は、まさに深層に相応しいものだった。よく見れば、額の艶やかな角には魔力の輝きが見て取れた。


 ホーンラビットの移動を感知して、潜伏していたジャイアントワームが捕食に動く。ホーンラビットが踏み締めた地面が、局所的に陥没した。


 宙に浮くホーンラビット。

 陥没した地面から顔を突き上げ、その口を開くジャイアントワーム。

 弱肉強食の構図は完成したかに思われた。


 しかし深層のホーンラビットは、何もない宙を蹴って跳躍した。振り向きざまにジャイアントワームに向けて角を一振り。不可視の斬撃が、敵の頭部を正面から深々と切り裂いた。


 身体の大部分を地中に埋めたまま、のたうつジャイアントワーム。やがて地面に横たわったきり、起き上がることはなかった。


 残りのワームに追われながらも、颯爽と去り行くホーンラビット。その角の輝きは微かなものとなっていた。


(マジかよ!カッコいいぞ、ウサギ!)

 ロニールは、目の前で起こったジャイアントキリングに感動した。

 おそらく《風魔法》の攻撃。角の様子から考えるに連発はできないのだろうが、どうであれ勝利を収めたのは事実だった。

 そして何より、空中ジャンプ。魔力を消費していない様子だったので、魔法以外のスキルによるものなのだろう。この世界はあそこまでの事象も許されるんだな、と今更ながら認識を改めた彼だった。スキルの可能性は無限大……かもしれない。


「ありがたいね」

 カイウスは余計な戦闘を避けられたことを喜んだ。

 それも束の間。


「今度はウルフの群れが来ています。ホーンラビットを追っていたのはヤツらだったようです。獲物はすでに見失っていそうですが、これ以上近づかれると今度は私たちが標的になりそうです」

 ヘルマンが言った。


「近づいてきそう?」


「はい、近づいて……多分、察知されました」

 ヘルマンは、ウルフの動きが変わったことを感じ取った。

 続いて、突如として群れの反応が消える。これは。

「シャドウ!」


 木の上にいるロニールたちの背後。枝葉が作る影から、黒にも見える濃紺の体毛を持つ狼が複数飛び出してくる。シャドウウルフだ。


 1匹は、急所に噛みつかんとまっすぐに獲物の首を狙い、そして高速で振るわれた剣に首を断ち切られた。

 1匹は拳骨で頭蓋骨を叩き割られた。

 1匹は空振りの後、落ちた先の影に潜ろうとしたところ、生えてきた土槍に串刺しにされた。

 2匹で1人に飛びかかった狼。1匹はナイフで首を正確に切り裂かれ、地面にて絶命。1匹は避けられつつもわずかな噛み傷をつけることに成功し、しかし空中で頭を射抜かれた。


「ヘルマン、大丈夫か?」

 敵が残っていないことを確認し、カイウスが言った。


「外傷は軽度ですが……」

 噛まれた右肘付近から痺れが広がる。

「解毒薬を使います」

 彼はポーチから小瓶に入った解毒薬を取り出すと、その栓を開けて呷った。続けて、治癒薬も。


「毒か?ウルフが?」

 カイウスが驚きを露わに言った。


「そのようです」


 地面に降りた第1分隊は、シャドウウルフの死体を確認する。

 うち1匹の口が植物の汁に濡れていた。その鮮やかな黄色はシビレバナの特徴に合致していた。名前の通り、麻痺毒を持つ植物である。


「毒に適応した個体か。初めて見たな」

 カイウスが興味深げに観察しながら言った。

「いわゆる特殊個体だろうね。今後注意していこう。ウルフに限らないけど、致死毒に適応して使ってくる個体もいるのかも知れない」


 獲物の素材を回収した第1分隊は、それから数回の戦闘をこなした後、中層に戻った。

 初めて深層を味わったロニールは、生物の生命力や逞しさというものをかつてないほどに強く感じていた。

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