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フィジカルは大抵の問題を解決する。異世界でも  作者: やがた おうぎ
1章 幼少期

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野営訓練

 鬱蒼とした樹海。

 日が落ち、月明かりも満足に届かない闇の中で、焚火の明かりが一部の木々を照らし、いくつかの人影を浮かび上がらせている。


 そこは、サイルから入った霊域の浅層。

 ロニールたち第3分隊は、野営訓練の只中にあった。

 ごく小規模に展開された簡易的な野営地には、中央に焚火、その周囲には3人分の個人テントと、6人分の荷物が置かれている。


「キラーベアを単独で討伐できる強さがあるなら、そりゃあやっぱり霊域でも通用するよな」

 2か月前の行軍訓練の期間中に生起した、野盗討伐任務を引き合いに出しながら、焚火に向かって座るナタは言った。彼女は分隊2人目の斥候であり、弓士。樹海での行動に適した短弓に、矢筒と近接戦闘用のダガーを装備している。


「通用……まあ、分隊の一員としては通用させてもらっているかも知れませんね」

 ロニールが言った。彼もまた、焚火に向かって座っている。

「でも何と言うか……イノシシみたいに突撃するばっかりで、これでいいのかな、なんて」

 分隊行動の必要に応じて、目標とする獲物を確実に狩る。現在のところ、それだけが彼の戦闘時の役割だった。

「索敵も、周囲への対処も全部他の皆さんがやってくれるじゃないですか。果たして『自分』は霊域に通用しているのか、なんて考えてしまいます」


「あはっ、イノシシか。確かにね」

 声を潜めながら笑ったナタ。今は不寝番の最中。後半の不寝番を担当する仲間を、騒いで起こしてはならないのだ。

「でも、私らはチームで動いているんだよ。チームが必要とした動きや役割があって、ロニールがそれを全うして、良い結果に繋がっている。私らは成功しているんだ。個人としてどうか、なんて気にしなくてもいいんじゃないか?」


「その通りではあるんですが……」

 尚も晴れない様子のロニール。


「……そう言えば」

 焚火を囲む3人目、魔法剣士のソルティアが口を挟んだ。長身の女性。革鎧を着用し、2本のショートソードを背中に装備している。

「ロニールは、霊峰の単独踏破を目指しているんだったか?」


「そうですね。冒険者になった動機がそれでした。……そして今でも、将来的には達成したいと思っています」


「そうか。それで気にしていたんだな」

 真剣な面持ちで思考を巡らせるソルティア。焚火を光源とする光が、彼女の表情をゆらゆらと照らしている。

「……となると、課題は多そうだな」


「無理だとはおっしゃらないんですか?」

 驚きつつ、真意を確かめるようにロニールは尋ねた。


「無理とは言えないさ、君の実力を見ればな」

 現時点で、彼は分隊におけるアタッカー2人分の働きをしているのだ。発達途中の身体、成長の余地を存分に残している状態で。将来的な戦闘能力だけを考えれば、霊峰の単独踏破も可能だろう、とソルティアは思った。

「だが課題としては、分隊全体として発揮されている様々な能力を、君個人で補わなくてはならないな」


「正に、おっしゃる通りです」

 ロニールは殊勝な態度で頷いた。


「例えばさ」

 ナタが言った。

「今、私の背後にある木にはヘビがいる」

 彼女は足元から石を拾い上げると、上に向かってぽい、と投げた。木に当たった石はコツ、と微かな音を立てると、地面に戻る。

「反応したね。枝から……木の幹を伝って、降りて来る。分かる?」


 目を凝らすロニール。……いた。

 夜の影に包まれた幹の上部から、焚火の明かりの元へと、ヘビが姿を現した。


「頼める?」

 見つけた様子のロニールに、ナタがひと言。


 ヘビは急所である頭を正確に貫かれ、木の幹に縫い留められた。


「さっすが」

 ナタは棒手裏剣を外し、ヘビを手に取る。彼女はクリーン、と唱えて棒手裏剣をロニールに返す。

「こいつに気付いていた?」

 彼女はロニールに尋ねる。


「いいえ、全く」

「私も気付かなかった」

 ロニールと、ソルティアも言った。


「この場では、斥候の私だけが気付いていればいいんだ。それで不寝番は機能するし、仲間は安心して休息を取れる」

 ナタは、ヘビの体表を水で洗いながら言った。

「サイズが大きくて強い魔物はもちろん脅威だよ。でもそれと同じくらいに警戒しなくちゃならないのは、その強大な魔物と生息域を共有している、小さい動植物だ。それは虫だったり、ヘビだったり、キノコだったり、綺麗な花だったりする。強さ自体は本当に大したことないヤツらでも、存在に気付けなかっただけで重大な危機に繋がる、もしくは命を落とすこともザラにある。私もロニールの可能性を疑ってないよ。でも言いたいこと、わかるよね?」


 ナタの視線を受けたロニールは、神妙に頷いた。

 大前提となる索敵能力の必要性。そして、四六時中警戒を解けない心労感に、それを解消するための休息も満足に取れない。それが単独行動だ、ということを言われているのだ。

 思っていた以上に壁は高そうだ、と彼は思った。


「しかしナタ。そのヘビは攻撃的でもないし、危険性も低いだろう?」

 と、ソルティア。


「まあこいつに関してはそうです。本当の目的は夜食ですよ。私らで食べましょうよ。……いいですよね?明日から中層ですから、ゆっくりと火を使えるうちに」


「そういうことか」

 ふっ、と笑ったソルティア。

「もちろん構わない。不寝番中の特権だ」


 よし、と喜んだナタはナイフを取り出して、慣れた手つきで獲物を解体する。

「さて、じゃあロニール」

 彼女は、解体を終えたヘビを木の枝で作った串に刺し、それを差し出す。

「焼いてもらっていい?《調理》持ってるでしょ?それも多分、結構なレベルで」


 同じ食材で、調理の行程が全く同じであっても、《調理》スキルの差によって味が大きく変わる。塩をふって焼くだけであっても。それがスキルの能力補助、及び拡張効果。不思議パワーなのだ。


「ところでさ、なんで単独踏破を?戦闘団として、じゃ満足できない?」

 焚火の縁でじっくりと焼き上がっていく食材を眺めながら、ナタは尋ねた。


「自己実現欲、ですね。個人としての。戦闘団の一員として過ごす時間と経験は得難いものですし、一生のものだと確信しています。でもやっぱり……ロマンなんですよね」


「ロマンか。大事だな」

「ですね」

 ソルティアとナタが、茶化しもせずに言った。

 鬼人ロニールのぶっ飛んだ実力と、その裏にある激しい努力を知っていて、彼の何を嘲り、否定できるというのか。


 焼き上がったヘビを味わう不寝番メンバー。

 夜の森には動物の声が時折聞こえ、焚火が弾ける音が鳴る。



 〇



 霊域中層を行く第3分隊。

 コットが示した方向へと、ロニールを先頭にして進む。


「はい、止まってー」

 コットが言った。


「!……はい」

 俺は何に気付けなかったのだろう、とロニールは思った。

 コットさんの雰囲気から、緊急の対応を要する魔物ではない。習得して間もない《感知》で捉えられるのはある程度以上の生命反応のみ。ということは虫か、植物か。


「その木の裏の根本、距離を取って確認してみてよ」


 コットに言われた通りに、恐る恐る確認したロニール。

「キノコ……メマイダケです」

 メマイダケは胞子に毒があるキノコだ。その名の通り、胞子を吸い込むと軽微な眩暈を引き起こすのだ。


「目に見えないけど、胞子は出ているみたいだ。霊域産のメマイダケの胞子の毒には、眩暈にとどまらず幻覚作用もある。深層まで行くと錯乱、狂化作用にまでなる。多少吸い込んでも大丈夫だけど、蓄積で発症するから、しっかりと避けなくてはならない。毒自体で死に至ることはないけど、死ぬ確立は一気に高まるから注意してね」


「分かりました。……見えていたわけではないですよね?」


「見えてはいなかったよ。でもスキルのおかげで危機感が反応してくれるんだよね。そこに危険があるな、って。環境や場所の様子から推測もできるけど、やっぱりスキル様様だよ」

 得意げに言ったコット。スキルのおかげ、つまりは自分の努力の成果なのだ。


「そうでしたか……」

 悔し気な表情を見せるロニール。

 これを察知できなければ、霊峰の単独踏破は不可能だろう、と彼は思った。しかし、四方八方を四六時中警戒するのは現実的ではない。それに、物陰にある無音無臭の危険物など分かりようがない。スキルを伸ばすことが必須、最適解だ。


「でも、よくやってるよ」

 感心を露わに、コットが言った。

「樹海の危険を体験してもらいたくて先頭を任せていたけど、視界に入っているものは見逃さないし、気付きにくいものもかなり対応できている。正直、脱帽だ」


「日中だけです。夜間でも音と匂いは分かりますが、頼りの視界がないとどうにも上手くいきません。となると……」


「やっぱスキルなんだよね」

「やっぱスキルなんですよね」

 目を見合わせたコットとロニールは同時に言った。2人は随分と打ち解けている。


 ロニールは第3分隊と行動を共にしてきたことで、その仲は深まっている。コットとは特に。


 ロニールが来るまで、コットは分隊最年少だった。

 そんな中入ってきた年下のロニールに、彼は何かと構いたがるのだった。そして、謙虚な姿勢を崩さず、打ち解けても上下の距離感を違えてこないロニールの態度もまた、彼にとって心地いいものだった。


 ロニールを先頭に、また樹海を進み始める第3分隊。


「食料となる植物やキノコも多いけど、致死毒を持つものもある。その辺の知識が無くてもやっぱり死ぬから、勉強も頑張ってね」

 コットが言う。


「ロニールは入隊試験の筆記、満点だったらしいぞ。頭良いんだよ」

 ナタが言った。


「えっ!?そうだったの?……ごめん、勝手に苦手かと思ってた。ほら、その、脳筋感がさ」


「まあ、気持ちは分かりますよ」

 肉体派は勉強が苦手、みたいな風潮は、どんな世界にも共通して存在するらしい、とロニールは思った。

 というか、従士としての入隊試験の筆記は、常識問題のようなものだった。一定以上の読み書きが出来て、多少の計算が出来て、よほどズレていなければ大丈夫。あの内容で頭が良いなんて言われるのも、どこか複雑な心境だ。

「とりあえず、自分が冒険者になって最初にやったことは、ギルドの資料室で知識を蓄えることでした。王国軍に入ってからも、霊域の探索に関係する資料には目を通しました。そういうタイプです」

 王国や王室の歴史、戦史などもあったが、それには目を通していない。今のところ興味がなかったから。


「へえー」

 と言ったコットを始め、分隊の面々が興味深そうにロニールを見る。寡黙な盾使いのジウルでさえも。


 中層と言えども、まだ浅層に近い場所。

 探索は未だ穏やかなものだった。

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