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フィジカルは大抵の問題を解決する。異世界でも  作者: やがた おうぎ
1章 幼少期

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森のキラーベアさん F

 野盗の1人を吹き飛ばした黒いモヤは、4メートルほど高くまで立ち上る。やがて然るべき形に収束し、姿を現したのはクマだった。

 他のいくつかの封珠からもモヤが吹き出し、それらは狼や猪、そして大蛇を現す。

 次々と出現した魔物たちに混戦が予想されたものの、狼と猪はクマを警戒しながら、大蛇は何を気にするでもなくスルスルと自然に、それぞれ森へと消えていった。


 結局残ったのはクマと、その背後で脂汗をかきながら身を固くする野盗のリーダーだった。


「ロニール、キラーベアに集中。……1人でやってみる?」

 テルナが言った。


「やってみます。死にそうになったら助けてください」


「任せて」

 と、テルナ。


 ロニールがちらりと周囲を見回せば、逃走を図っていた野盗たちの悉くが急所を切り裂かれ、貫かれ、地に伏している。先輩方がやってくれたようだ。

 それに、と彼は考える。リーダーを含む残党が森に逃げ込んだとしても、そして現に逃げ込んだ魔物も、戦闘団の包囲からは逃れられない。ここは言われた通り、キラーベアだけを相手にする。


(しかし、キラーベアか……)

 魔物の解放を阻止できなかったことを悔みつつ、彼は緊張感と集中力を高め、《身体強化》を全身に施し始める。

 キラーベアはクマが変異を経て魔物となった種であり、クマと比較して、その膂力や耐久力、生命力や知能が大幅に進化している。……厄介な相手だ。

 と、資料の情報を思い出して彼は思った。実際にどうであるかは知らない。これが初めての対峙だから。


 立ち上がっていたキラーベアは四足を地面につけると、のし、のしと、ロニールへ足を進める。

 その進行方向に重なっている、先ほどまで絶叫を上げていた男はいつの間にか静かになっていた。


 ロニールは向かってくる獲物への最初のアプローチとして、その眼球に狙いを定め、矢を放った。


 キラーベアは僅かに頭を動かす。頭部から外れた矢は胴体の堅靭な体毛を滑り、たわみながら上に跳ねると地面に落ちた。相も変わらず、キラーベアは足を進める。


 獲物との距離はまだある。そして《身体強化》は完成した。

 弓を《収納》にしまったロニールは鈍鉄球を取り出すと、全力をもって投球した。狙いはやはり獲物の頭部。

 その結果を見るより先に、彼は金属バットだけを携えて突っ込んでいく。賽は投げられたのだ。


 キラーベアは、先ほどの矢よりも大きく、素早く鈍鉄球を避けた。

 頭部を外れ、体側を掠めた鈍鉄球は、しかしキラーベアの左後ろ脚に直撃し、その脚を砕いた。

 グオォォォ━━!!!

 キラーベアがたまらず、といった様子で鳴き声をあげる。


 足が止まった獲物に近づいたロニール。

 両手で握ったバットを、バッターの如く振り被り、正面から頭を叩き割る……と見せかけて、一歩引く。狙い通り、獲物は片脚で立ち上がり気味に、自前の凶悪な爪を立てた高速のフックを繰り出してきた。

 腹を掠めるフックを、彼は適切な間合い管理で避けた……はずだった。切り裂かれる腹。獲物の爪には、見えない当たり判定が存在していたのだ。

(くっ!魔法……ではないな、スキルか)

 生物はスキルを獲得し得る。ならば当然、こいつも。幸いにして傷は深くない。鬼人の頑丈さと《身体強化》のおかげだろう。行動に支障はない。

 彼は獲物の体側に大きく踏み込むと、未だ機能を果たしているその右後ろ脚に、今度こそフルスイングをブチかました。獲物の脚が弾け飛ぶ。

 激しく暴れる獲物。しかし、両脚の機能を失い、攻撃も逃走もままならない。

 ロニールは冷静に獲物の動きを見極める。そして、これ以上の苦痛を与えまい、と2度目のフルスイングで獲物の頭部を破壊し、その命を断った。


 キラーベアとの戦いを終えたロニールを、感情の読めない表情で見つめるテルナ。

(本当に1人で倒しちゃったよ)

 彼女は内心で驚愕していた。

 キラーベアは、パワーとスピード、そして防御力を高水準で兼ね備えた魔物だ。対処の難しい、特殊な攻撃をしてくる魔物ではないが、単純に強く、危険だ。魔法で足を止めつつ、囲んで着実に攻撃を通していくのが定石。戦闘は長引きやすい傾向にある。

 それを、度を越えた破壊力の投げ物と殴打で足を止め……破壊し、同様の殴打で決着。実に、有効打3発で討伐してしまった。

 内臓がこぼれ出ても不思議ではない爪攻撃を受けていたはずだが、傷は浅く、しかも既に治っている。準備していた魔法も高級ポーションも、幸いにして出番は無かったようだ。

 ロニールが見せた理不尽な暴力と人間離れした回復力は、個で行動をとる類の霊域深層の魔物を想起させた。


「……お疲れ様」

 テルナは、地に伏せるキラーベアに視線を落としているロニールに近づいて声をかけた。


 自身の実力への認識を上方修正しつつ、達成感を噛みしめていたロニール。

「はっ!?あ、お疲れ様です。そうだ、野盗は……!」

 そう言えば今は野盗討伐の任務中だったな、と彼は慌てて顔を上げ、周囲を見回した。


「そっちはもう終わったよ。リーダーも含めてね」


「そうでしたか……」

 ロニールは呆気にとられて呟いた。

 聞けば、キラーベアとの戦いが始まった直後、野盗のリーダーは森へと逃走したようだった。しかし当然、包囲からは抜けられない。

「キラーベアに集中し過ぎて、周りが見えていませんでした」

 恥じながら、そして申し訳なさそうに彼は言った。


「いいよ。そのためにチームを組んで当たってるんだから。君は役割を果たしたよ。充分以上に、ね」

 キラーベアだけではない。従魔師を初手で『処理』したことは大きかった、とテルナは思った。でなければ、状況はもう少しだけ入り乱れていただろう。


「ありがとうございます。しかし、魔物の出現を阻止できず……」


「それも気にしなくていい。あの珠、封珠って言うんだけどね。あれを人の生活圏に持って帰って処理するのはリスクが高いから、どのみち魔物はここで解放しなければいけなかった。その対応も済んでいる頃だから、あとは片付けをして終わり」


「分かりました。では、獲物を持ち帰る準備を……」

 と、ロニールが言いかけた横から。


「いやあ、本当に1人で倒しちゃうとはね。はい、これ」

 斥候のコットが声をかけた。彼の腕には、数匹のスライムが抱えられている。

「血抜きに使ってよ。やり方、分かる?」


「ありがとうございます。やり方は……知識だけです。ウサギでの経験しかなくて」

 ロニールはスライムを受け取りながら答えた。抱えた腕の中で、スライムがポヨンポヨンと揺れ動く。


「じゃあ、一緒にやろうか」


 キラーベアの血抜きをするコットとロニール。木に逆さ吊りにしたキラーベアの放血部分には、スライムが貼り付けられている。

 血抜きの待ち時間には、拠点一帯の自然環境をなるべく回復させる。色々なものが飛び散った地面の上に、ポトリ、ポトリとスライムを配置していく。自然の掃除屋はその役割を全うし、また、自らの内に養分を蓄える。


 獲物と、戦闘に用いられた道具と、野盗の拠点にあった物資を回収した戦闘団一行は、綺麗になった空き地を後にして港町イズに帰る。野盗たちの死体は適切な方法で自然に還された。


 周囲の先輩たちからの賞賛を受け、そして励まされながら、イズへの道を進むロニール。

(4人と1頭か。殺したのは)

 その中で、命を奪うことの先があるのはキラーベアだけだ。キラーベアはこれから食肉となり、素材となり、様々な形で人々の糧となる。

 しかし野盗は、ただ純粋な害悪としての存在。その在り方を見るのも、排除する必要に迫られるのも、やはり気分のいいものではなかった。後悔はしていないし、必要なことだと理解はしているが。


「ロニールはキラーベアの素材、買い取ったりする?」

 浮かない表情のロニールに、テルナが声をかけた。


「え?いいえ、そのつもりはありませんでした」


 王国軍における任務や狩りの報酬は、行動単位全体で均等に振り分けられる。今回であれば、4個分隊22人で山分けだ。

 報酬が配分された後、狩りの成果を買い取ることもできるが、その優先は狩りへの貢献度合で考慮されるしきたりだ。あくまでしきたりで、規則ではないが、今回のキラーベアに関してはロニールの買い取り希望が優先されることになる。


「そうなんだ。じゃあ熊肉、私が買い取らせてもらうね」


「ええ、お構いなく。……お好きなんですか?」


「実はね。珍しい肉だから結構高いんだけど、自分たちで狩れれば市場に流れる前に手に入るから、安く買えるんだよね。興味があったら、一緒に食べてみない?みんなでさ」

 テルナは第3分隊の面々に目をやりながら言った。


「……そうですね、ぜひご一緒させて下さい」

 いつも通り、終始ドライなテルナとの会話。しかしロニールは、そんな彼女からどこか気遣いのようなものを感じていた。

 そう、彼女は意外にも人をよく見ている、篤い人なのだ。



 〇



 命は循環している。それが自然の摂理だ。

 そして熊肉は、その個体が何を食べていたのかによって味を変化させるという。

 後日、ロニールがご相伴にあずかった熊肉は、クセがなく穏やかな味わいで、とても美味しかった。

 幸いにも、野盗の従魔であったキラーベアが何を糧にしていたのか、ということを深く考えすぎる必要はなかった。

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