初任務
森の中を進むロニール。
彼は動きやすさと隠密性を追求し、その上で出来る限りの防御力を備えた、遊びの少ない革鎧に身を包んでいる。胸に1本、腰に2本のナイフを装着し、盾と金属バットをそれぞれ手に持っている。首元には革鎧の一部であるフードが下りており、頸部を守っている。被れば視界と引き換えに頭部も保護してくれる。角がある都合上どうにも頭装備に慣れず、フードが現状の最適解であった。
彼の周囲には第3分隊の面々が共にいる。同任務にあたる他の3個分隊は、別の方向から目的地、野盗の拠点を目指していた。
「緊張してる?」
分隊長のテルナが平坦な口調で、ロニールに尋ねる。
「そうですね。森の中での行動は初めてで……神経質になっています」
恐怖心と緊張感から感覚が鋭敏になっている彼の身体は、周囲のあらゆる情報を受け取ろうとしてしまう。
特異に動くものがあれば、捉えようと瞬時に視線が吸い寄せられる。
森に鳴り続ける虫の音、鳥の鳴き声。それらが耳元に集音されて聞こえるように、あらゆる音を拾ってしまう。
「そう」
これから経験することに対してナーバスになっているわけではないんだな、とテルナは思った。
「基本的に、このあたりに危険な魔物は出ないからそこまで気を張らなくても大丈夫。私たちもいるし。目的地に着くまでに疲れちゃうよ」
「そうですよね……」
そう答えたロニールの視界の端、木の幹で何かが蠢いた。
随分と近い位置で感知することになったそれに、彼は思わず行動をとってしまう。
バスッ。と、近くの木の幹で音が鳴る。
即座に臨戦態勢に移る第3分隊。
ジウルは、テルナの側で大盾を構える。ソルティアは双剣、コットは小盾とショートソード、ナタは弓を構える。
敵性存在は誰も感知していないはずだ、何が起こったのか。
音の出所を見れば、幹には指の先ほどの小石が打ち込まれ、めり込んでいる。その周囲には虫の体液が飛び散り、爆散したばかりであろう翅がはらはらと地面に向かっている。
直後、ロニールの声。
「すみませんでした、自分です。ビビッて反応してしまいました」
テルナは分隊の斥候、コットとナタにアイコンタクトで確認をとる。……敵はいないようだ。
「……特に異常はないみたいね」
周囲にも、ロニール自身にも、と彼女は思った。
「ところで、何をしたの?」
彼に動いた様子はなかった。
「これです」
ロニールは腰元で手をわずかに翻す。デコピンをするように手を構え、合わせた指の間に《収納》から小石を出現させると、木に向けて弾き出した。
バスッ。と、先ほどと同様の鈍い音が鳴る。
「保護色になっていた虫が急に動いてですね、つい……」
「……そう」
とんでもない技を持っているな、とテルナは思った。
近くにいても動作が小さすぎて攻撃に気が付かなかった上に、急所を狙えば生物に致命傷を与えられるだけの威力がある。もしも彼が最速で繰り出したなら、目立たないどころか注視していても気付けないだろう。眼球を破壊されて初めて、何かをされたと気付くのか。
彼の切り札である《身体強化》は発動されていない。つまり純粋な筋力でこれならば、《身体強化》で威力を増せば弓矢同然の威力を発揮しそうだ。小石で頭蓋を貫いて脳を破壊することもできるかも知れない。
周りを見れば、皆が目を見合わせている。
「まあ、肩の力を抜いてね。斥候の2人が危機を見落とすことはないから。適切に警戒は続けつつ、張り過ぎない。最初は難しいかも知れないけど、そのうち慣れるから」
「はい」
先輩方に無用な警戒をさせ迷惑をかけたロニールは、早く慣れなければ、と心を落ち着かせる。
その後も森を歩き、慣れることに集中して環境に身を置くうちに、彼の感覚の過敏な反応は収まってきた。そして、物音を聞き分けて必要に応じて集音できるようになり、視界全体の情報を適切に処理できるようになっていく。
やがて、生物の反応を3次元的に知覚できるような感覚が芽生え始める。
周囲の空間に意識の枝葉が張り巡るかのような、奇妙で開放的なその感覚。彼は自然の一部になれているようで、気を良くしていた。
〇
第3分隊が集合場所に到着した時には、すでに殆どの人員が集まっていた。
到着した兵士たちはそれぞれ、野盗の拠点方向から見えにくいよう、木や岩や草の陰にしゃがんで待機する。
残るは1個分隊のみ。それも時を待たず到着し「異常なし」と、各分隊長がお互いに報告を終えた。
「それでは、始めます」
人員が揃ったことを確認して、テルナが言った。張り上げるでもなく発せられた声だったが、ある程度広がって待機する兵士たち全員の耳にしっかりと届いていた。
これも魔法の作用なのだろうか、とロニールは不思議がった。
「小隊長からの指示通り、今回の現場指揮は第3分隊長テルナが行います。この任務の目的は、野盗の討伐。報告によれば、ここから北に100メートルほどの場所に拠点があります」
鬱蒼とした森の中。たとえ北の方向を窺い見ようとも、視界はわずかしか通らない。
淡々と、彼女は続ける。
「この場から再展開し、拠点を包囲します。第3分隊が正面に出て、私が投降勧告を行います。投降したものは捕縛し、逃走または攻撃の意思を見せたものは速やかに排除します」
軍の規定によって投降を呼びかける必要があるため、完全な不意打ちは出来ない。それはロニールを含むこの場の全員が承知していた。
「情報によると、野盗の構成員は10人。人数比はこちらが2倍と、優位ではありますが、油断はしないこと。特に、敵の従魔師に警戒してください。最終確認は以上です。皆さんから何かありますか?……ありませんね。では、行動開始」
配置に着くべく去っていった兵士たちを見送り、ロニールたち第3分隊もまた移動を始める。
「任務の人選に込められた目的。ロニール、分かる?」
唐突に、テルナが尋ねた。
「自分が然るべき経験を積むことです。……人殺しという」
野盗への対処は滞在中のイズの部隊に任せるのが自然とも言える。その中で訓練から一時的に抜けてまで戦闘団が対応し、そして新人がいる第3分隊を任務に組み込む。
そういうことだろう、とロニールは思った。自惚れだろうか。
「そのとおり。いざという時に命を奪う覚悟をもって適切な行動をとることは、軍人や冒険者という戦いに身を置く者に限らず、すべての人間に必要なこと。生命や財産を不当に脅かされたのなら、全身全霊をもってその脅威を排除しなくてはならない。今回の私たちは任務による積極的行動にはなるけど、その本質は同じこと。……やるんだよ、いい?」
「はい」
淀みなく、ロニールは答えた。
「戦闘になったら……なるだろうけど、私のことは気にしなくていいし、もしも魔法攻撃が来たら対処も任せて。とは言え、まともな魔法攻撃をしてくる可能性があるのは従魔師だけだと思う。不測の事態への警戒は必要だけど、戦いが起これば物理戦がメインだろうね」
君お得意の、とテルナは思った。
「分かりました。従魔師に妙な動きがあれば、即座に始末します」
「まあ、何かあっても私たちが確実にカバーするから大丈夫」
正直、過剰戦力だろうな、とテルナは思った。
歩みを進めるロニール。
やがて木々の隙間から天幕が見え、ついに野盗と思われる者たちを視界に捉える。ちらりとテルナたちに目線を送れば、アイコンタクトが返され、皆で頷き合う。
持っていた金属バットを《収納》にしまい、右手を空ける。
「……配置は?」
テルナが声を潜めて尋ねた。
「完了しています」
同じく声を潜めて答えたのはコット。小柄な若い男性で、彼は第3分隊の斥候だ。
配置の完了をどうやって知り得たのか、とロニールは不思議に思った。しかし、そういう能力か、道具か、とにかく手段があるのだろうと納得しておいた。事実、三次元的な感知能力なら自分にも備わりつつあるのだから。
「了」
とだけ答えたテルナは、コン、と杖で地面をひと突きすると先頭に立ち、隆起した木の根を跨ぎ、踏み越えながら、すたすたと野盗の拠点に接近していく。
野盗の一党は拠点の中央の火を囲んで座り、ゲラゲラと笑い合っている。明らかに見える位置にいるであろう、歩いて向かってくるテルナに気づく様子はない。
(お食事中か?鈍すぎじゃないか?)
テルナに付いて歩くロニールは、呑気な野盗の様子に呆れる。
彼は集まる一党から少し離れた場所、横倒しになった丸太に腰掛けるローブ姿の男━━骨格からして恐らく男性だろう━━に目を付けた。
(あれが従魔師……だろうな)
他に魔法師然とした見た目の者はいない。
歩くテルナは木々の空白地帯に出る。人為的に拓かれた形跡はなく、自然的に開けているそこは、野盗の拠点。
彼女はまた、杖で地面をひと突き。今度は草の上で、サクッ、という微かな音。
その瞬間、テルナの側を向いて火を囲っていた野盗の1人が彼女に気付き、驚いて立ち上がり言う。
「だっ、誰だ!」
野盗の不自然な反応を見たロニールは思う。
(……テルナさんの魔法だったのか)
魔法の兆候は感じ取れなかったが、杖の動作を起点として何かを発動していたのだろう。当たり前のように無詠唱で。俺が奴らなら気付けていたのだろうか、と彼は自問した。
「王国軍だ。なぜ来たかは分かるな?大人しく投降しろ」
温度を感じさせないテルナの声。彼女には珍しく、厳しい口調。
火を囲んでいた一党は立ち上がり、武器を手に剣吞な空気を出す。
しかしまだ誰も逃走を図ってはおらず、攻撃に出てもいない。
従魔師だろう男は、座ったまま動いていない。
ロニールはこの時点では、ことの成り行きを見守るに留めた。




