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フィジカルは大抵の問題を解決する。異世界でも  作者: やがた おうぎ
1章 幼少期

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24/29

カミラとのトレーニング

「おう、お帰りロニール。今日は早いんだな」

 家に帰ったロニールを出迎えたのはオルト。彼はロニールがプレゼントしたタンクトップを着用し、ウェイトトレーニングに励んで汗を流していた。

 ウェイトトレーニングに打ち込むロニールを見て湧き上がる興味を抑えきれなかった彼は、ロニールから種目やフォームを教わった。そして、重量や回数で表れる明確な成功体験の連続と、手軽で深い爽快感を味わったことにより、彼は筋トレの沼にどっぷりとハマることとなったのだ。


「ただいま。これから人と使うんだけど……そろそろ終わる?」


「人と使うって?まあ終わるが。これが最後の種目、次がラストセットだ」


「この前言った人だよ、女の人。ストレスを解消して心を健康に保つ術を必要としてるんだよ」


「ああ、今日だったか。心の癒やしか、じゃあウェイトだな。……おっと時間だ」

 インターバルの終わりを迎えたオルトは、デッドリフトの姿勢をとると、大量の重りをつけたバーベルを床から引き上げる。回数を重ねる彼だったが、しっかりとコントロールされたウェイトは終始物音を立てなかった。


(父さんは日を追うごとにデカくなってるな)

 父を見るロニールは思った。


 筋トレにハマったオルトの成長速度は半端ではなかった。もともとの恵まれた体格に加えて、鬼人の子孫としての才能もあるのかもしれない。重りが足りねえ、と言った彼は、ウェイトトレーニング用のプレートを鍛冶屋で再発注して買い足していた。


(重りの追加はありがたいけど、嫉妬するくらいデカいんだよな)

 成長が速いとは言え、未だ子どものロニール。肉体の完成はまだ先になる。しかしオルトは今年で29歳。成熟した肉体でトレーニングに打ち込むその様子は非常に見応えがあり、ロニールとしては先を越された、と感じていた。


 宿の管理の合間を縫ってのトレーニングを終え、片づけを済ませたオルト。

「『クリーン』。ではロニール、お相手にウェイトトレーニングの魅力をしっかりと伝えてあげるんだぞ」

 彼は《生活魔法》で汗に濡れた身体と服、そして器具を綺麗にすると、宿へと戻っていった。



 〇



 オルトが去って10分ほど。


「こんにちは〜」


 家のドアがノックされると共に聞こえた声に、ロニールは出迎えに動く。

「こんにちは、カミラさん。来て頂いてありがとうございます。入って、どうぞ」


「あ、どうも。お邪魔します」

 ロニールとの予定通りにカミラが顔を見せた。


 ロニールは挨拶もほどほどに、カミラに運動着に着替えてもらう。そして彼女と一緒に準備運動を行い、身体をほぐしていく。


「カミラさんにオススメしたい運動がありまして。戦闘団の訓練で行ってきた事とは一味違って、新鮮に感じてもらえると思います」

 動的ストレッチをしながら、ロニールが言った。


「最近、休養を取ることが多いので少し運動不足に感じてるんですよね。楽しみです」

 ロニールの独特な準備運動を真似しながら、にこやかに言ったカミラ。


 ロニールは、カミラの社交辞令のようなその言葉に、彼女の乗り気具合を推し量ることができなかった。

「体調のこと、順調に快復に向かっていると聞いています」


「そうですね、サミュエル神父の《神聖魔法》やカウンセリングのおかげもあってか、じきに完全復帰できそうです」


「良かったです。自分もこれから第1小隊でお世話になりますので、改めてよろしくお願いします。……さて」

 準備運動を終えたロニール。彼は器具のセッティングをしつつ、話を続ける。

「これから行う運動の総称をウェイトトレーニングといいます。特定の筋肉に対して集中的に刺激を入れていくのが特徴です。ほかの運動と比較して特に注目したい効果としては、効率的な筋肥大、神経系の発達です。今日は基本となる3つの種目をご紹介します……ではまず、ベンチプレスから」

 そうして最初の種目の準備を整えた彼は、基本のフォームや注意事項を丁寧に説明した。



 〇



 長椅子に仰向けになり、ベンチプレスの姿勢をとるカミラ。


「ではアップから始めましょう。ハイッ」

 ロニールの合図とともに、カチャン、と小気味良い金属音が鳴る。


 バーベルをラックアップしたカミラ。

 ロニールが補助に手を添える中、教わった通りのフォームを意識しつつ、20キロのバーベルを丁寧に挙げていく。

(あ……「効いてる」かも)

 今まで経験してきた、動作の多い運動では感じたことのない筋肉への刺激。いつもの訓練で味わうような、身体の広範囲に感じるズッシリとしたツラさではないそれ。

 特定の筋肉に集中するとはこういうことか。彼女は言葉でなく、筋肉で理解できた。

 そうして8回挙げたところで、バーベルをラックに戻した。


「上手いですね〜!フォームに乱れなし。カミラさんの感覚的にはどうですか?関節や筋肉の痛み、突っ張り、不具合はありませんか?」

 いつになくテンションを上げたロニールが言った。


「異常なし!効いてる感じしました!」


「えっ、初めての1セット目で!?それは才能ですよ、カミラさん!」


「ええ?そんなそんな」

 やたら褒めてくるな、とカミラは思った。

(でも悪い気はしない……いや、むしろ心地良い!)

 カミラのベンチプレスは、セット毎にプレートが追加され、重量が上がっていく。それに伴って挙げられる回数は少なくなっていくが、刺激は一層強く、ハッキリとしていく。


「計算上、次が恐らく今のカミラさんの1RM……えー、最大挙上重量になります。つまり、最高強度の運動になります。身体への負荷が大きいですが、もし痛めても回復できますから」

 そう言って、ロニールはポーションを見せつける。いざという時のために用意しているのだ。カミラがケガでウェイトトレーニングを嫌いにならないように。

「ということで、さあカミラさん!気合いを入れていきましょう!」


「はいっ!」

 トレーニング開始時からテンションを煽り続けるロニールの声かけに、完全に乗り気になっているカミラ。


 実のところロニールは、カミラはテンションを煽った方がパフォーマンスを発揮するタイプだろう、と踏んで乗せまくっているのだった。最近はどこか陰のある雰囲気の彼女だが、初対面の快活な様子が印象的で、それこそが彼女のニュートラルなのだろう、と思ったから。


「上げまーす、ハイッ」

 ロニールの合図。カチャン、と小気味良い金属音。

「離します」

 バーベルがスタートポジションにあることを確認した彼は、手をバーベルの下に添えたまま、支えるのを止める。


(っ、重い!)

「スタートポジション」の時点で分かる。挙げられるかどうかは五分五分だ、とカミラは思った。

 彼女は一層集中力を高め、胸骨に向けてじわりとバーベルを下げていく。そしてピタリと下げ切ったバーベルを、挙げるべく切り返す。

「くっ!!!」

 しかし、バーベルは胸から少し離れたところで止まってしまう。


「挙がるぞ!挙がる!!挙げろおぉぉぉ!!!」

 ロニールは失礼を気にせず、全力でカミラの気合いを煽る。


(潰れっ……ない!挙げる挙げる挙げる挙げ……)

「くっ、ぁぁあいっ!!!」

 彼女なりのシャウトとともに、カミラは最大挙上重量を挙げることに成功した。


 ガチャン、と、補助をしながら即座にバーベルをラックに戻したロニール。

「ナァイスっ!!!」

 彼はカミラの健闘に、思わず叫んでしまう。


「……」

 カミラはかつて経験したことのない、深く、強い刺激に放心する。そしてじわじわと、明確な成功体験による達成感で、心が埋め尽くされていく。

(挙げられた……勝った!)

 自分を押し潰そうとした重りに、そしてどこかで無理と感じた、弱い自分に。

 彼女の内心にポジティブな感情が吹き荒れる中、ロニールからどこか挑戦的な、しかし気持ちのいい声がかけられる。


「さて、カミラさん。もう1セットいきますか?それともドロップにしますか?何にせよ、まだ始まったばっかりですからねえ!」


「そうですねえ……」

 カミラは息を整えつつ、考える素振りを見せる。そしてニヤリと笑って言う。

「挙がったので、足してみようかな」


「おっほ」

 予想の斜め上を行く返答に変な声をあげたロニール。彼は新たなトレーニーの誕生を確信しつつ、そそくさと準備をした。



 〇



「今日はありがとうございました」

 抱えていた陰が消え失せ、スッキリとした表情で玄関に立つカミラが言った。

 彼女は今日1日で、ベンチプレス、デッドリフト、スクワットの3種目すべてをこなしていた。


「こちらこそ、ありがとうございました」

 カミラを見送ろうとするロニールは言った。

「初回とは思えない、素晴らしい取り組みに感動しました。今日は充分に栄養をとって、しっかりと身体を休めてください。そこまでがトレーニングの一環です。そして、良ければまた使いに来てください。両親にも伝えておきますので、宿の方に顔を出してもらえれば許可が下りると思います」

 家に誰もいない状況で他人を入れることになるが、カミラが窃盗に走るなど考えてもいない。王国軍の基本給に加えて、前線での活動成果の分け前でたんまりと稼いでいるだろう彼女が、今更そこらの一般家庭から何を欲するというのか、とロニールは思うのだった。

 いや、一般家庭というには両親は宿の経営をかなり上手くやっており、潤っているが。とにかく、第一線を張る戦士が目を付けるようなものは何一つない。


「ありがとうございます。お言葉に甘えるかも知れません」

 人様の家に恒常的にお邪魔するのはさすがに気が引ける。そう思ったカミラは、少し曖昧な返答をした。


 ロニールの家を後にし、帰路につくカミラ。


(久しぶりにスッキリした気分だな)

 あの模擬戦で問題が表面化して以来、心を覆っていた陰鬱とした幕のようなもの。それが今は感じられない。長く続いた曇天が青空へと変わり、久しく陽の光を全身に浴びている気分だった。


(ウェイトトレーニング、か)

 ロニールが教えてくれたあの運動が、味わった心身への強烈な刺激が、この晴れやかな気分を作ってくれたのだ。

 あれは自分との対話だった、と彼女は思った。そして自分との協調でもあった。

 追い込む過程で自らを確かめ、最後の1発を挙げようという時には自らを信じる。肉体と精神を全集中するその瞬間、感じる刺激と自身の意志だけが世界を構成する。その他には何もない。悩みも、不安も、ストレスも。

 挙げきれずに潰れることがあろうとも、身体に残る刺激が快感となり前を向かせ、果敢に挑戦したという事実が自己肯定感となり自信となる。そして自分自身に、次も頑張ろうよ、と声をかけるのだ。

 なんと崇高で、なんと快い行いだろうか。


(……また行って良いんだったな)

 人様の家に入り浸るのはやはり気が引けるが、しかしまた味わいたいと思うのだ。アレを。

 次はいつにしようかな、などと考えながら、彼女は歩いていく。


 かつてなく効かされた脚を棒のようにしながら、のしのしと奇妙な歩き方で。

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