相談
カミラとの模擬戦の翌日。
課業を終えたロニールは教会へと足を運んでいた。
建物に入った彼は丁度、サミュエルと共に出口へと歩いてくるカミラと出くわした。
「お疲れ様です、サミュエル神父、カミラさん」
「こんにちは、ロニールさん」
サミュエルはいつも通りの爽やかな様子。
「ロニール君……お疲れ様です」
カミラはどこか気まずそうだった。
「ロニールさんはどうしてここへ?カミラさんのお見舞いでしょうか?」
サミュエルが尋ねた。
「いえ、そういうわけでは……」
ここまで言って、ふと考えたロニール。カミラに会いに来たわけではないのは事実だが、この言い方は印象が悪い。
「すみません、カミラさん。いらっしゃると思ってなかったので。どうでもいいなんて思ってませんよ」
ちゃんと心配しています、という言葉を彼は飲み込んだ。労りでさえ、今の彼女に他者の気持ちを背負わせることは避けた方がいいのではないか、と思ったから。気にしすぎだろうか。
「お気遣いありがとうございます。でも本当はロニールさんの方が……」
重篤だったはずだ。死んでいてもおかしくなかった。特異なロニールだったから生きているだけだということを、彼女は理解していた。
「お気になさらず。済んだことですし、あの……治してもらったのでね、きれいさっぱりと」
含みのある目でサミュエルを見たロニール。
結局、あの常軌を逸した回復術はなんだったのか、と彼は思った。《神聖魔法》だろうとは思ったが、ずけずけと聞くのは憚られた。
「皆さんのお力になれて幸いでした。さて、ロニールさん。本日は?」
ロニールの視線を受け流し、サミュエルは言った。
「実は、相談がしたくて……できればサミュエル神父に」
「相談ですか。丁度空いたところですし構いませんよ。私の執務室に行きましょうか」
「ありがとうございます」
「では、私はこれで失礼します」
2人の会話を聞いていたカミラが言った。
「またいつでもいらしてください、カミラさん」
「お大事になさってください」
サミュエルとロニールがそれぞれに言った。
2人に会釈で返し、教会を出たカミラは、歩きながらロニールのことを考える。
(私を真っ直ぐに見てきたな。殺されそうになった相手に、感情の含みもなく)
短いながら、模擬戦以降初めての会話。終始どこまでもフラットなロニールの態度に、彼女は心のつかえが僅かに取り除かれたような気がした。
〇
教会の一室。
手入れが行き届いた質素な部屋には、ロニールとサミュエルがいた。
「ご対応ありがとうございます。それにしても、綺麗な部屋ですね……」
目の前に置かれたハーブティーの香りに癒されながら、ロニールが言った。
「これも聖職者として当然の勤めです。殺風景とは感じませんか、この部屋は」
悠然とした態度で、サミュエルが言った。
「確かに飾り気は少ないと思いますが」
改めて部屋の内装を見回すロニール。
「しかし、機能美といった感じです」
全体的にミニマル志向なんだよな、と彼は思った。この教会全体に言えることだが、装飾は最小限で、どこを見てもスッキリとした印象を受ける。それがまた、洗練された上品さとして感じられた。
「ありがとうございます」
笑みを浮かべながら、嬉しそうにサミュエルが言った。
「何かを所有するということは、その管理の手間を引き受けるということです。それは自由を損なうこと。結果として、力を注ぐべき他の事柄を蔑ろにすることに繋がる。私たちはそう考えるのです」
サミュエルの言葉を聞き、納得を示すようにロニールは深く頷いている。
タイミングを見計らって、サミュエルが切り出す。
「さて、思うに今日のご相談とは、カミラさんとの一件についてでしょうか?」
「そうです」
と、ロニールは語り始める。
「模擬戦がどうこうというよりは、私のことなのですが……。まず、先日はありがとうございました。治療もそうですが、自分を制止して頂いて」
そして、ワープしてきて頂いて。あれはマジでなんなんだ?と、彼は内心で思った。
「あれがなければカミラさんを殺していたかも知れません。……いえ、周囲の方が止めてくれたでしょうか。まあとにかく、相談とは正にそこでして。結果はどうであれ、あの時私は本気でカミラさんを殺すつもりでした。完全に我を忘れてたんです。
若輩が何を、と思われるかも知れませんが、自分自身のことをもっと冷静な人間だと思っていました。あんなふうに衝動的に人を殺そうとするとは思ってもみず……。何というか、自分を信用できなくなりそうです。……私は直情的で残虐な人間なのでしょうか?どうすれば同じようなことを起こさずに済みますか?」
ロニールの視線を正面から受けながら、静かに聞いていたサミュエルが口を開く。
「思い悩むことはないと、私は思います。ご自分でも意図しなかった反撃に出たのは、生命の危機に瀕したことによる闘争本能の働きでしょう。生物として自然な反応です。ロニールさんは生まれてからこれまで、死を覚悟する状況に置かれたことはありますか?」
「今回が初めてでした」
前世でさえも経験がない、とロニールは思った。
「そうでしょう。だからこそ、特に過剰な反応が起こったのです。今後実戦経験を積んでいくことで慣れていき、本能の過度な働きは収まっていくと思いますよ。
そもそもですが、構造的には正当防衛の状況ですから、闘争本能に身を任せて相手を殺めてしまっても問題は無いと言えます。
ただ、今回は模擬戦で、相手が仲間であるという背景が、状況を複雑にしています。それがあなたを一段と悩ませている。私はそう感じます。相手が魔物や野盗の類なら、ここまで思い悩むこともなかったかも知れませんよ。
何にせよ、ロニールさんが直情的で残虐だとは、私は思いませんし、周囲の方も同じでしょう。安心してください」
サミュエルの言葉を受けて、ロニールは静かに頷いて言う。
「ありがとうございます。少し楽になりました」
「誤解のないように言っておきますが、慣れていく、というのは闘争本能や危機感を失うとか、鈍化させるということではありませんよ。それは生きていくために必要な能力です。危険に身を置く者にとっては特に不可欠と言えます。上手く付き合っていけるようになる、そうすべき、ということです」
「理解しています。心します」
ロニールは言った。
ひとまずの悩みが解決したロニール。サミュエルと少しだけ話を続けた後、教会にお布施をして家へと戻ったのだった。
〇
(カミラさんには感謝しなくては)
夜の日課である《身体強化》の訓練中、ロニールは思った。
生物は危機的状況に直面すると、生き残るための本能として、普段の限界を超えた能力を発揮する。カミラとの模擬戦によって本能を刺激されたロニールは、自身最高の《身体強化》を経験するに至り、その感覚をしっかりと記憶していた。
(まだ完全には再現出来ていない。でも、ゴールが見えている以上、あとは努力と時間の問題だ)
1つの正解に達したであろうその《身体強化》を会得した暁には、魔力消費はゼロになり、身体能力向上の効果も格段に大きくなるだろう、と彼は感じていた。
訓練を終えたロニールはベッドで横になり、取り留めのない考え事に移る。
(カミラさんはPTSDってやつか……。長くかからず快復するらしいけど)
サミュエルから聞いた話によると、カミラは前線から帰ってきた後も、普段の生活に支障はなかったようだ。戦闘を想起する訓練で多少身体の調子が悪くなることはあったが、表面化まではしなかった。模擬戦で本格的に追い込まれたことによって初めて表面化し、カミラは自身の状態を把握し、周囲も彼女の状態に気付いたということだった。
(自分の暴走で自己嫌悪に陥りはしたけど、カミラさんに殺されかけたことに対して思うところは全くないな)
あれは事故みたいなものだった。そして何より、結果的に《身体強化》の成長につながっているから。
(しかし、霊域の前線に身を置くことのストレス……どんなものかな)
果たして自分は適応できるのだろうか、と彼は少しだけ不安になった。それは個々の精神適性によるもので、単純な強さとは別の話だろう。
(前線の拠点にジムさえあれば、俺のメンタルは大丈夫なんだけどな)
ウェイトトレーニングにはストレス解消効果がある。ウェイトトレーニングに限らず運動全般に言えることではあるが。
もしも前線で心が傷付こうとも、バーベルやダンベルが癒してくれるだろう、と彼は確信していた。
(……ウェイト、カミラさんにも勧めてみようかな)
今後も前線で霊域に挑むつもりらしい彼女の心もまた、全人類の親友となり得るバーベルやダンベルが癒してくれるかも知れないから。




