収束後
ロニールとカミラの模擬戦、サミュエルの出現と、戦団長の登場により混沌を極めていた訓練場。
その後、エルミナが戦団長に事のあらましを説明し、カミラはサミュエルとともに教会へと移り、一連の事態は収束を迎えた。
「本当にごめんなさい。私の管理不行き届きでした」
中隊長室での報告を終えたエルミナが、ロニールに改めて謝罪した。
「自分の方こそ、改めてすみませんでした」
ロニールもまた、謝罪を返す。
騒ぎが一段と大きくなった原因が、我を忘れた自分にあることを彼は理解していた。エルミナと話す戦団長の反応を見た限り、カミラの乱心だけでは出向いていなかっただろうから。事情聴取に答える形で自分の暴走状態のことを思い出し、事細かに説明するのは大変な恥だったな、と彼は思った。
「……カミラさんはどういった状態なんですか?」
「……そうね、外で話しましょうか」
カミラとロニールは城から出ると、城塔を結ぶ通路へと移動した。見晴らしの良いその場所からは、霊峰が美しく見えた。
「カミラは、前線で強いストレスを受け続けた結果、心に傷を負ってしまっている状態ね。聞いたことある?そういうの」
「戦場から帰った兵士に見られる、ということは」
「そうね。それ以外にも、魔物に襲われたり、それによって誰かが目の前で亡くなったり。原因は様々だけど、強烈なストレスそのものが心に傷を作るわ」
「……カミラさんは霊域で?」
「結果的に、彼女の周りでは誰も死なず、彼女自身も命に関わる大怪我はしていない。でも、血塗れになった仲間は見ているし、気を抜けばいつ死んでもおかしくない、っていう緊張感と恐怖を感じ続けて、そして実際に危険な目に遭ったりもして。それがトラウマになっていたんでしょうね。前線は今回が初めてだったのよ、彼女。目はかけていたし、ずっと平気そうだったんだけどね……」
気付いてあげられなかったな、とエルミナは深くため息をついた。
「……そうでしたか」
管理職、上司としての苦悩をエルミナに見たロニールは、かける言葉が見つからなかった。
管理不行き届きと言ってしまえばそれまでだが、個人の心の内まで把握しきるなど現実的ではない。少なくとも彼にエルミナを責めるつもりは無く、同情すらしていた。
「うちの小隊でやっていくの、不安になった?」
ロニールにとっては、部下の状態を把握できず、自分を殺しかけた上司だ。そんな私の下で、仲間に対して不安が残る状態で、彼は共に来たいと思えるだろうか、とエルミナは思った。
「いいえ、全く」
「……そう」
迷いなく答えたロニールを、わずかに訝しんだエルミナ。
「ありがとう。最悪の第1印象になってしまったかも知れないけど、これからよろしくね」
(逆にあなたこそ、我を忘れて暴走するようなヤツを仲間に引き入れて不安じゃないんですか?)
と、ロニールは聞きたかったが口には出さず。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
とだけ言った。
霊峰の踏破を目指すにあたって、第1小隊と共に経験を積ませてもらうのは必要なことだ。受け入れてもらえるのならそれでいい。
しかし、ロニールは自分自身への信用を少しだけ失ってしまった。
〇
(嫌われてはないみたいね)
去っていくロニールを見送ったエルミナは胸をなでおろしていた。
話した限り彼からの不信感は感じられず、それどころかこちらを気遣うような雰囲気さえあった。彼は死にかけたというのに。
(器が大きい……いや、スケールが違うのかな、彼は)
空前絶後といえる存在が見る世界、抱く価値観やその精神性とは、私の想像が及ぶものではないのだろう、と彼女は思った。
エルミナは、ロニールについてのカイウスからの申し送りを思い出す。
年齢や種族とその特性。親や兄弟といった身辺情報などに加え、魔法が全くと言っていいほど使えないこと。そして、魔法以外の数々の戦闘技能を、非常に高いレベルで習得済みであること。
非常に高いレベルというのは具体的にどの程度かと聞いたところ、戦闘団トップクラスの面々に比肩しうるという意味です、とカイウスは答えた。
(まさか、本当だったとはね)
カイウスを疑っていたわけではないが、簡単に信じられるものではない。
先の模擬戦で見られた彼の能力は一部に過ぎないだろうが、しかしそれでも、その実力は充分に見せつけられた。
(第1小隊に配属されてくれないかな)
ロニールを不必要に危険な目に合わせた責任は依然として感じつつ、それはそれとしてエルミナは思った。彼はこれからしばらくは第1小隊で預かることになるが、将来的にはカイウス率いる第2小隊に配属される。
(でもまあ、第2小隊のほうが彼に合ってるのよね、明らかに)
行動班によって違いはあるものの、第1小隊は魔法攻撃を中心に戦闘を進める構成が多い。対して第2小隊は、魔法を補助的に使いつつ、物理攻撃を軸とする戦法を取る。ロニールの能力を活かすなら後者が適しているということは、彼女も分かっていた。
(とにかく、これからの預かり期間中に色々と見せてもらいましょう。生粋の物理派と組むのも、第1小隊にとっていい経験になりそうね)
離れて見る分には、ただただ美しいと思える霊峰を眺めながら、彼女は思った。




