対カミラ戦 F
「こ」
バリン、と。カミラの《加護》が無効化される。
「!?ぐうっ、『攻守陣』!」
錯覚か、ロニールの腕が一瞬ブレたように見えた次の瞬間、身体への僅かな衝撃と、襲ってきた激痛。何が起こったのか、と目を向ければ、杭のようなものが左肩と右足の付け根を貫いている。激痛に耐えながら、彼女は魔法を展開する。
開始の号令と同時に、棒手裏剣の投擲を決めたロニール。これは魔法の初見殺しに対応するための、物理の初見殺しだ。4本投擲したが、うち2本は謎の反発力に阻まれたようだった。
(あれが《加護》か)
急所を徹底的に狙っていれば、決着はすでについている。しかし、模擬戦でそう考えるのは筋違い。殺し合いではない以上、本気の決め技を使わないのはお互いに同じだ。
痛みに呻く相手の隙に、接近して決着を、と飛び出したロニールは、不可視の風圧に後方へと吹き飛ばされる。
受け身を取った彼は、即座にカミラを中心とした高速円移動に切り替える。
接近は出来ない。彼女の周囲一帯の地面が泥濘と化し、沸騰する水球が、角ばった岩塊が、鋭利な氷槍が宙を埋め、彼女への道を遮っているから。
移動しながら投擲を重ねるロニールだったが、カミラが自身を覆う透明度の高い氷が攻撃を通さない。
こうなれば《身体強化》と《超回復》に頼って負傷覚悟で接近することが穏便な唯一の手段だが、ゾンビ戦法のようなやり方を模擬戦で行うべきだろうか。少なくともそんな戦い方に慣れるべきではない。そして、他の手段では相手の命が危険だ。
ロニールは迷い、攻めあぐねる。
(殺されちゃう……倒さなきゃ、倒さなきゃ)
カミラは荒い呼吸を繰り返す。
激痛が生存本能に働きかける。
最高硬度に展開している氷壁に容赦なく突き立つ投擲物が、焦燥感を煽る。
前線を離れても、未だ意識の片隅に張り付いている緊張感と恐怖。やがてそれは意識の表層へと浮かび上がり、覆いつくし、彼女を支配する。
自身を追い詰めるロニールのプレッシャーに、彼女はついに本気になる。
不意に、宙でボコボコと沸騰していた水球が弾けて消えた。
(水球が消えた?)
移動と投擲を続けるロニールは訝しんだ。
カミラが一部の魔法の制御を手放したか、何かを仕込んだのか。なんにせよ、新しい動きが出るだろう。ここからは後手に回るしかない彼は、覚悟を決めた。
その覚悟を試すように、突如として彼の全身を高温が包む。
「!?ガハッ!?ゲッホ、ゲホ!」
呼吸により呼吸器官までもが焼けつき、むせ返る。絶えず全身に纏わりつく熱に目も開けられず、地面を転げ回る。
「そこまで!」
ロニールはエルミナの声を聞いた気がしたが、依然として攻撃は続いている。
これは《火魔法》による攻撃か、とあたりをつけた彼は、必死で《収納》から大量の水をぶちまける。
その水がたちどころに沸騰し、また消える。熱が勢いを増す。
「カミラ!?魔法を解除しなさい!……カミラ!!!」
終了の声は聞こえているはずだ。しかし何故か魔法攻撃を続けるカミラを直接止めるべく、エルミナは彼女に突っ込んでいく。
(《火魔法》だけじゃない!《水魔法》との混合魔法か!)
心の中で叫ぶロニール。
不可視の高温の水。水蒸気。おそらく魔法の作用で、水に戻ることなく状態を固定している。なんと凶悪な魔法か。
ただの《火魔法》ならともかく、この混合魔法は魔法によって制御された水でなければ崩せない。ただの水ではダメだ。打つ手が無い。
(あの女は俺を殺すつもりか?)
全身を焼かれ、この世界に生まれて初めて、彼ははっきりとした生命の危機を感じ取った。
(殺られる前に殺ってやるよ)
彼は闘争本能に突き動かされ、怒りと殺意を爆発させた。
「なっ!?ロニール!!!攻撃はやめさせた!!!抑えて!!!」
狼狽えるカミラと向き合うエルミナは、背後から唐突に膨れ上がった強大な気配と、撒き散らされた殺気に、大声で叫んだ。
今し方、カミラの攻撃は止まったはずだが、ロニールはそれに気づいていないのか……どうであれ「その気」になってしまっている。
訓練場を囲む兵士たちも、反射的に臨戦態勢をとる。
ある者は武器を抜き、ある者は魔法を展開する。ある者は盾を構えて、ロニールとカミラの間に入ろうと駆け出す。
エルミナはロニールに視線を向ける。
彼は這いつくばりつつ地面をがっちりと掴み、脚を踏みしめている。火傷で赤く爛れた顔が向く。額から生える黒々とした角は日の光をギラリと反射し、目は炯々とこちらを捉えている。
あの鬼が動き出せば、一瞬でこちらに到達し、次の瞬間にはカミラが物言わぬ肉塊と化すだろう。エルミナはそう思った。しかし、カミラを死なせるわけにはいかない。そしてロニールにカミラを殺させるわけにもいかない。責任は全て自分にあるのだから。
魔法対処を見るという模擬戦の主旨から、場を広く設定してしまった。多くの者が駆け出しているが、カミラを守るにも、ロニールを止めるにも間に合わないだろう。
(私が、命を賭してでも止めるさ)
エルミナは、霊域深層の魔物に1人で挑むかのような覚悟を決め……。
(……え!?)
〇
《超回復》で眼球と呼吸器官を優先して治癒したロニール。
己を殺そうとする敵を始末せんと、過去最高の《身体強化》を全身に施し、腕を支えに、両脚で地面をがっちりと捉える。
得物など必要ない。魔力で強化したこの肉体を武器として、最高速度かつ最大威力で敵を滅多打ちにする。
いつの間にか、宙に展開されていた魔法も消えており、道を阻むものはない。斃すべき敵はエルミナの陰に隠れているようだが、その程度は問題にならない。
(殺す)
いざ飛び出す、その寸前。
「試合は終わったようですよ、ロニールさん」
場面を無理矢理つなぎ合わせたかのように、ロニールの目の前に「出現」した人物。
彼はロニールの視界を遮るようにかがんで立ち、そっと肩に手を置いている。
目まぐるしく移り変わる場の様相に、騒然とする訓練場。
目の前の人物に手を置かれたロニールは、精神に染みわたる清らかな力に、急速に我を取り戻す。
「サミュエル神父……?」
顔を上げた彼は、目の前の人物を見て言った。
「なかなかに酷い火傷ですね」
サミュエルはそう言うと、握手をするように手を貸してロニールを立ち上がらせる。彼が触れた手から、ロニールの火傷はたちどころに癒えていき、立ち上がって数秒もした頃には、全身何事もなかったかのように完治していた。
数秒間呆然としていたロニールは、大きく深呼吸して言う。
「……失礼しました。落ち着きましたので、もう大丈夫です。ありがとうございました」
表面的には落ち着いた。我を忘れた事への自己嫌悪や、超常現象の如く現れたサミュエル神父への動揺が内心を駆け巡ってはいるが。……思えば、今の《神聖魔法》も理解を超えていた。教会内でもないのに、いや、教会内でも、詠唱も無しにここまでの効力が出るものだろうか?
ロニールは渦巻く様々な思考を、ひとまず心の奥へと押し込むと、次にサミュエルが向かった先、カミラの様子を窺った。彼女がどういった状態かは分からないが、不用意に刺激しない方がいいだろうと思い、近づくことはなかった。
カミラは、サミュエルと傍にいるエルミナと数分話した後、ロニールへと足を進める。彼女の2か所の刺創は、最初から控えていた回復術師がすでに治している。彼女には険しい表情のエルミナが同行し、サミュエルは2人の後に続いて来る。
「すみませんでした」
「申し訳ないわ。カミラも謝っているけど、全て私の責任です」
おどおどとした様子のカミラと、苦い表情のエルミナがロニールに言った。
「こちらこそすみませんでした。お恥ずかしいことに、我を忘れてしまいました」
ロニールが深く頭を下げて言った。
同時に、カミラに何があったのだろうか、最初の快活な雰囲気はどこへ行ってしまったのだろうか、と彼は思った。
「カミラさんには継続的な治療が必要なようです。心に傷を……」
サミュエルはカミラの状態を説明すべく口を開いた。しかし言い終えることなく、新たな人物の声。
「何事ですか?」
張り上げるでもなく良く通る、その抑揚のない声に、全員が一斉にそちらを向く。
「きをつけーー!!!」
声の主を確認したエルミナが、全体に号令をかけた。
戦団長アルシェナ・ソシトラス。
この場の全員が訓練場の中心へと意識を集中していたせいで、誰も彼女が来ていたことに気付かなかった。
この事態の当事者であるロニールは、自分の非も当然認めつつ、内心頭を抱えた。




