進路
ロニールは転生者である。
気が付いた時には赤子としてこの世界に生を受けていた。どのように前世を終えたのか、最期の瞬間については思い出せなかったものの、数十年分の記憶は確かに存在していた。
幼少の時は生まれる前のことや前世の記憶を話す子もいるらしい。
だとするとこの記憶も一時的なもので、成長するにつれ忘れてしまうのかも知れない。彼はこの記憶を失うこと、そして自己を失うことを恐怖した。
前世の経験と知識を引き継ぐことができれば、それは大きなアドバンテージとなる。「上出来」と評せるほどの前世だったと記憶しているが、それを超えていけるはずだ。
しかし、自分はきっと消えゆく存在なのだろう。
そう思った彼は、この世界を生きていくであろう新たな自分へとエールを贈る。
(筋トレはいいぞ。心と身体を強く、健康にしてくれる。筋肉はデカけりゃデカいほど良い。どんな時にも頼りになる人生の相棒、それが筋肉、そしてフィジカルだ)
頑張ってくれよ、と。
しかし、数年の月日が流れようとも、前世の記憶が失われることはなかった。
〇
4歳のロニール。肉体はヒト族でいう8歳程度に成長している。
身体が成長し動けるようになって以来、彼はトレーニングを毎日続けている。
疲労はすぐに回復するし、明確に成長を感じられたために、歯止めが効かなくなっていた部分もあった。成長が早いとはいえ成熟には程遠い身体を気遣い、負担の大きいトレーニングはしてこなかったが、気分が乗って頑張り過ぎることもあった。しかし、そんな日々を送っていても、1度の怪我もしていなかった。
(鬼人は身体の中まで頑丈なのか?)
今日も今日とてトレーニングに励みながら、彼はそんなことを考えていた。前世の記憶の中で、それはハッキリと思い出せる怪我の記憶。
(怪我が多かったなあ。特に肩と背中の怪我は繰り返したな……)
しかしこの生活、トレーニング三昧の日々を振り返って彼は思う。
(肉体のスペックは本当に高い。疲労は残らないし、今のところ怪我もない。回復力なのか、肉体の強度なのか。もしも怪我と無縁なら「チート」だね)
トレーニングとは、怪我のリスクと常に向き合いながらやっていくものだ。より大きな結果を求めるなら、練習量を増やしたり、強度を高める必要がある。そしてそれには、より大きな怪我のリスクが伴う。しかし、もしもそのリスクを考慮しなくていいのなら。
どこまでいけるのだろうか、と彼は思う。
運動で火照った身体を爽やかな風で冷ましながら、ロニールはふと道行く人々を見る。
その中でも目を引く存在。剣、弓、斧、槌などそれぞれの武器や装備に身を包み歩いていく者たち。
(冒険者か……)
冒険者とは、未知や危険の中に身を置く者たち。
魔物を狩り、ダンジョンに挑み、魔棲界域を探索する。時に命を落とし、時に莫大な利益や成功を手にする職業的存在。自由で満ち足りていて、それでいて挑戦的な生き方。
人生の華を体現したような冒険者たちを見ていると、ロニールはとても心が揺さぶられるのだった。
彼は北を見やり、空を占領する美しくも危険な霊峰ヒストリーチに思いを馳せた。冒険者たちは、あの霊峰と周囲の樹海を探索するためにこの町にやってくるという。
(樹海には何があるんだろう。あの山の頂上から見る景色は……)
挑戦、成功、自由。
彼が前世から変わらず人生に求めているもの。
(俺は冒険者として生きたい)
ロニールは歩むべき道を決めた。
〇
「やりたいことが決まったんだよね。俺は冒険者になる」
ある日の夕方。まったりとした雰囲気の中、ロニールは唐突に両親へと宣言した。
「そうか」
驚くでもなくそう言ったオルト。
「まあ、向いていることは間違いないだろうな」
「……反対しないの?」
ロニールは思わず聞き返した。
安定の保証は無く、安全とは程遠い職業。親としては素直に応援できないのでは、と思っていたのだ。
「最終的には反対しない。しかし聞きたいことはある。なぜ冒険者になりたいんだ?」
「挑戦的で華のある人生にしたい。成功と自由が欲しい。その理想を実現したい。危険なのも不安定なのも分かってる。でも、自己実現の欲求には抗えない」
強い意志を感じさせる様子で、ロニールは言った。
「自己実現の欲求か。そうだな、動機については分かったし、それを否定する筋合いは誰にも無い。たとえ家族であってもな」
オルトはそう言ったあと、確認するように妻を見る。
「そうね」
オルトの視線を受けたハンナも頷いた。
ロニールの選択は予想されていたものであり、親である2人はすでに受け入れているらしかった。
「しかしロニール。冒険者という人間たちのことをちゃんと理解しているか?見ていてどんな印象なんだ?」
まだこの町しか知らないロニールの「誤解」を予見するように、オルトは尋ねた。
「ひと言で言うと、カッコいい。自律的だし人当たりも良く見える。人として尊敬できるって感じ」
この町の冒険者を見てきたロニールの感想。
冒険者たちは、朝早くから乱れひとつない装備に身を包み、町を出る。仕事を終えて町に帰ってくる時にも、疲れを感じさせない自然な歩み。町中を汚さないようにか、装備も最低限整えられていた。人との関わり方も、人それぞれではあったが、少なくとも粗暴ではない。
冒険者ってちゃんとしてるんだな、とロニールも意外に感じたものである。後ろから向けた視線に気付いて振り返ってくることだけは怖かったが。
「この町の冒険者たちを見ていれば、そう思うだろうな。しかし、その印象を冒険者全体に当てはめるのは大間違いだ」
やはりオルトは、ロニールのポジティブな偏見を解消しなければならないらしい。
「冒険者の多くはろくでもないぞ。誰でもなれる職業で、人生を変えられるような『可能性』を感じやすい。向こう見ずで自意識過剰な愚か者が集まるだけならまだしも、犯罪者みたいなのだっている。本来、冒険者の周囲ではトラブルが絶えないものなんだ」
「……ここの冒険者が特別だっていうのは分かったよ」
ロニールは僅かな失望を感じさせる口調で言った。彼の冒険者という職業への幻想、あるいは期待のようなものは、一部崩されてしまった。軸は揺るがなかったが。
「でもなんで?ここは冒険者の町、って言って良いくらいなのに」
「人間として最低限の能力も無いような奴は霊域から帰って来られないからだ。少なくとも、まともに活動は続けられない。結果的にこの町で活動を続けるのは、まともな冒険者だけになっていく、というわけだ」
霊域とは、霊峰ヒストリーチと周囲の樹海を含めた地域全体のことだ。
オルトは続ける。
「ロニールがこの町で見てきた冒険者は上澄みばかりだ。今後外をみてガッカリしないように、よく覚えておくんだ。人間に気を付けろ。まあ、ロニール自身の資質は疑っていないさ、俺もハンナもな。……4歳の息子に対して言うのも変な感じだが」
両親の後押しもすんなりと受け、ロニールは将来を見据えて動き始める。
冒険者として成功するため。霊域を踏破し、霊峰ヒストリーチの頂きに立つために。
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、組織名、世界は架空のものです。




