勧誘
「見る度に速さもパワーも増していくね、ロニール君」
教導訓練を終えたロニールを連れて城に向かうカイウスが言った。
空き地には指導を終えた兵士や、訓練に参加した市民がまばらに残っている。
「新しいトレーニングを始めまして。好きでやってることなんですが、戦闘能力にも繋がっているようです」
ウェイトトレーニングの成果を実感しているロニールは、嬉しそうに言った。
「でも何というか……戦い方は下手ですよね。駆け引きのセンスが無いと言うか。結局力押しみたいになってしまって」
一転して表情を曇らせる彼。
模擬戦の勝率で見れば兵士たちを優に上回るようになった。しかしそれは、特定の条件下での戦いに、身体能力の優位性の結果が現れているだけだ。技術を学び取りたいと思っておきながら、勝負の決め手となっているのは技術以外の部分にある自身の戦い方に、彼はがっかりしていた。
「力でどうにもならない状況でこそ、技術は発揮され、磨かれていくものさ。部下たちが君をその状況に立たせられない以上、仕方ないことでもある」
部下を責めるつもりは無い。彼らは強い。霊域での活動を共にする優秀な仲間だ。しかし、鬼人ロニールを相手取るのに《身体強化》以外の魔法やスキル効果の使用禁止はあまりに酷だ、とカイウスは思った。そしてロニールは《身体強化》すら使っておらず、加えて発達途中の子どもだ、という事実も恐ろしい。
「誤解の無いようにお伝えしたいのですが、総合的な戦闘能力で皆さんに勝っているなんて、微塵も思ってませんので」
兵士たちが最も得意な武器を使い、魔法の制限もなくその能力を充分に発揮したなら、まともな戦いにもならないだろう、とロニールは確信していた。
「謙虚だね。今後の成長が楽しみだよ。ちなみに、本気の部下たちと戦ってみたいと思うかな?」
「もちろんです。出来れば本気のカイウスさんとも。もっと多角的な経験を積みたいです」
カイウスにはまだ一度も勝っていないが、それでも彼の本気を見てみたい気持ちは常にあるロニール。貴族であるカイウスをさん付けで呼んでいるのは、カイウス本人からの希望だった。
「そうだね。正直、ロニール君にとって教導訓練の内容ではもう不十分だ。学びつくしてしまったとさえ言える。これ以上強くなるには、実戦を含む多様な経験が必要だと、私たちも考えているよ。今日の用件にも繋がってくるんだけどね。場合によっては、私の本気もじきに見せられるようになるだろう」
そうなって欲しいと思っているよ、という言葉をカイウスは飲み込んだ。
「そう言えば、今日のご用件とは何なのでしょうか?」
前回の教導訓練でカイウスに誘われ、今日付き歩いているロニール。しかし、用件の詳しい内容は聞いていない。これまでの関わりでカイウスを信用している彼は、悪いことにはならないだろう、と二つ返事で了承していた。
「話というのは、王国軍への勧誘なんだ。正確にはサイルの部隊への、だけどね」
「お誘いは以前……」
断ったはずだ、とロニールは思った。
「断ったね、憶えているよ。その時の君の考えを聞いた上での勧誘だ。これからの話を聞いて、もう一度考えてみて欲しい」
カイウスは視線を前方からロニールに移し、どこか自信ありげに言った。
(あの時話したのは……霊峰ヒストリーチの踏破を目標としていることと、国への忠誠心が特に高いわけじゃない、ってことか)
どちらかに影響する材料があるのだろうか、とロニールは考えた。
歩くカイウス一行は、城門に差し掛かる。
カイウスを認めた門番が敬礼した。
カイウスは門番に答礼し、設置された魔道具にドッグタグのようなものをかざし、ロニールのことを伝える。
「彼は同行者だ」
「分かりました」
軍人特有のキビキビとした様子で、門番が言った。
やり取りを見たロニールも門番に頭を下げ、カイウスに続いて城門を通過する。
教導訓練で接する兵士の印象とは違った堅苦しさに意外感を覚えた彼だったが、一般市民に見せる顔とは違うのは当然のことか、とすぐに納得した。いや、そもそも教導訓練と警備では、担当部隊が違うのかも知れない。
「予め言っておきたいのは、私たちが何かを強要することはない。最終的な判断はロニール君次第だ。……でも話の前に、少しやって欲しいことがあるんだ」
カイウスに連れられたロニールが到着したのは、正規兵の訓練場だった。
〇
広い訓練場では、兵士たちが訓練の真っ最中だった。
1人で鍛錬に励む者は素振りをしたり、丸太を抱えて走ったり跳んだり。
模擬戦を行っている者は、訓練用の防具を身に着け、各々の武器を容赦なく打ち付け合っている。訓練場の端には回復術師の姿とポーションもあり、多少の怪我は前提とした雰囲気があった。回復術師とは教会関係者、つまるところ聖職者のことだ。
ロニールは取り合えず、模擬戦を行っている兵士たちの動きを見て、憶えていった。教導訓練で盾と片手剣しか使ってこなかった彼にとって、多様な武器を使ったそれぞれの動きを見るのは新鮮で、興味深いものだった。
メイスや槌などの鈍器に特に目を引かれてしまうのは鬼の性なのだろうか、と彼は思った。
「訓練場で……何をすれば?」
兵士たちの観察を続けながら、ロニールは言った。
あの黒々とした異様な見た目の丸太を担いで走り回ればいいのか。それとも背筋力テストのように、空高く投げ上げるのか。もしくは。
「……制限なしの模擬戦だったり?」
半ば冗談で、期待を込めて聞いた彼。
「察しがいいね」
カイウスは破顔した。
「その通り、制限なしの模擬戦を体験してもらいたい。君に負けた者たちの名誉挽回のチャンスとかではなく、ただ君に経験して欲しいんだ。見えてくるものも多いはずだ」
「ぜひやらせて下さい」
急な話ではあったが、ロニールは即座に前向きな姿勢を示した。
さらなる成長のためには多様な経験が必要だ、と先ほど言われたばかりの彼にとって、渡りに船であった。
「よし。準備は必要かな?」
「そうですね……」
ロニールは訓練場の隅に移動すると、石を詰め込んだ袋をいくつも《収納》から出して置いた。
「あとはいつもの盾と剣を貸して頂ければ準備完了です」
「そうか、持ってこさせよう」
カイウスは訓練場にいた部下の1人に指示を出し、その部下は倉庫へと走った。
「ちなみに、あれは?」
ロニールが《収納》から取り出した袋を指して、彼は言った。
「《収納》のレベル上げ、かつ加重用の重りです。あそこなら邪魔にはなりませんよね?」
「加重用……そうなんだ。邪魔じゃないから大丈夫だよ。」
あれは何キロあるのだろう。今までの訓練中、模擬戦を含めてずっと加重状態だったのだろうか。だとしたら、彼もまた制限を掛けた状態で戦っていたことになる。これは魔法を使っても、部下は苦戦するかも知れないな、とカイウスは思った。
「分かりました。……あ、ありがとうございます」
装備を持ってきてくれた兵士にお礼を言ったロニール。渡されたものの中には、盾と剣以外に急所を守る防具もあった。
「では、いけます」
武器と防具を装備したロニールは、カイウスの指示を受け、訓練場の空いている一角に立った。




