ウェイトトレーニング
「今日はこれから鍛冶屋に行ってきます」
山盛りの昼食を前に、ロニールが両親に向かって言った。
彼にしては大変珍しいことに、トレーニングよりも優先するべき午後の用事があった。
「鍛冶屋?もしかして、新しい装備か?」
オルトが言った。
ロニールは冒険者として順調なスタートを切っており、しっかりと稼いでいる。装備を更新するのも不思議じゃないだろう、とオルトは思った。
「いや。この前、家の中に置いても大丈夫か聞いたヤツだよ」
お金を貯めたロニールは、欲しかったものを手に入れ、家の中に設置するべく、両親に許可を取っていた。そして、無事に許可が取れた彼は鍛冶屋に赴き依頼していたのだ。既製品は売っていないから。
「ああ、それか。……付いて行こうか、デカいんだろう?」
オルトが言った。
ロニールが欲しかったものとは、トレーニング器具。バーベル、プレート、ベンチ、そしてパワーラック。彼はついに、フリーウェイトを始めることにしたのだ。
子どもが手を出すには強度が高く、リスクのある運動だが、鬼人の肉体に遠慮はいらないらしいことは分かっている。
パワーラックは、頑丈で安心感のあるボックス型のフルラックを想定していた。しかし見積もりの結果、かなりのお値段となってしまったため、簡素なハーフラックになった。とは言え、チンニングバーもセーフティバーも付いており、機能は充分。むしろこれくらいがホームジムには丁度良いのだろう、と彼は思っている。
鋼鉄を大量に使うため、パワーラックとバーベルがコストを大幅に引き上げていた。しかし、幸いにもプレートは「鈍鉄」というファンタジー素材のおかげで、コストがかなり抑えられた。
鈍鉄は、鉄の3倍の比重を持つ金属である。柔らかく錆びやすいことから、加工はしやすいものの武器や道具に用いるには不向きとされる。需要は少ないながら採掘量自体は多いため、安価な金属となっている。
ベンチは木製のフラットベンチ、というよりは、幅を調整した長椅子。既製品で目的に適うものがギリギリ無かったので、木工師に依頼した。これに関してはすぐに出来上がり、既に自室に置いてある。他に比べて非常に安価だった。
「いや大丈夫。ありがとう」
《収納》は今日のために空けてある。受け取る荷物の総重量は何百キロかになるだろうが、鍛えてきたこの肉体ならば地面に這いつくばることはないだろう、とロニールは思った。
「そうか、まあ気を付けてな。……ところで、装備は更新しないのか?」
オルトは気になっていたことを聞いた。
ロニールはずっと同じ装備を使っている。武器や鎧はある種のロマンを感じるものだが、興味がないのだろうか?
「サイル周辺で本格的な戦闘が起こるのって霊域以内だからさ。どうせ入らないから、大層な武器があってもね……」
ロニールのちょっとした悩み事。それはサイルでの冒険者活動の内容が、安全地域での採取か、もしくは高危険度地域の探索かの2択しかないことだった。実戦経験を積むための適切な段階が存在していないのだ。そして探索には挑まない現状、装備を更新する意味が無かった。
「っていうのと、もう1つ。些細な理由なんだけどね」
ロニールは続けた。
「俺、すっからかんなんだよね」
装備を更新しない些細な理由。今回の買い物で、彼は貯金の大半を吐き出しており、例え必要とあっても装備を更新する余裕は無いのだった。
〇
注文していた物品の受け取りに、城郭外にある鍛冶屋に来たロニール。
店番をしていた若い男性に要件を伝えると、店の裏手にある倉庫に案内された。そこには受け取る品が揃っており、じきにそれらを作成した鍛冶師も顔を見せた。
「ありがとうございます、ドルガさん。注文通りの仕上がりです」
念願の器具と対面したロニールは、目を輝かせて鍛冶師にお礼を言った。
「そうかい、安心したよ」
店を営む鍛冶師、ドワーフ族のドルガはしゃがれ声で笑いながら言った。背丈は150センチ程度で筋肉質、顔には髭を蓄えている。
「長くやってきてそれなりに色々作ってきたが、さすがにこれは初めてでな。難しいことは無かったが、変わったものを作れて楽しかったぞ」
彼は引き渡す商品を改めて眺めるように、周囲を一周した。
「受注した時にも話したが、鈍鉄は錆びやすいから気をつけてな。とは言え、防錆の薬品を塗っているから数か月は問題ないだろう。効果が切れたと思ったら持ってきてくれりゃあ、メンテナンスしてやるよ。安くしておくから安心しな」
「ありがとうございます。でも、いいんですか?」
この店を利用したのは初めてだ。贔屓にしているわけでもない客に篤い対応をしてくれることを、ロニールは不思議がった。
「良いってことよ。ぼったくったりはしてねえが、結構貰ったからな」
ドルガはロニールをちらりと見やり、どうしても気になっていたことを聞く。
「ちなみに、ご両親が出してくれたのか?」
「え?いえいえ、自分の稼ぎですよ」
当然、という様子でロニールは答えた。
この世界において器具を使ったトレーニングは一般的ではない。兵士の訓練で鈍鉄が重りとして使われる程度だ。傍から見れば用途不明の高級金属製品に出資させるなど、ロニールには出来ないことだった。
「ほお~。若えのに大したもんだ」
ドルガは心底驚いたように言った。
「で、持って帰れるか?いっぺんじゃなくて2、3日に分けても大丈夫だぞ?」
大きく、とにかく重い品だ。子ども1人で一気に持ち帰れるとは、彼には思えなかった。
「お気遣いありがとうございます。とりあえず、出来る限りやってみます」
20キロのプレートが6枚に、10キロ、5キロ、2.5キロ、1.25キロが各2枚ずつで160キロ弱。加えて20キロのバーベルシャフトにパワーラック。総重量は250キロを超えるだろうか。
(イケるでしょ)
それらを片っ端から《収納》へと消していったロニール。パワーラックを納めた瞬間、超重量により初めて《収納》スキルでの魔力消費を経験する。
すべてを仕舞い込んだ彼の身体には、超過分の3割が軽減された重量が反映される。筋肉が膨張し、血管が浮き出てくる。
「では、失礼します。また利用させてもらいます。いつかは装備も。ありがとうございました」
しかし彼は余裕を崩さず、爽やかに言った。
「お、おうよ。またな」
一回り厚みを増したロニールに驚愕しつつ、ドルガは答えた。
引いてさえいる様子のドルガを気にもせず、ロニールは走り出す。彼は今世で初めてとなるウェイトトレーニングが待ちきれなかった。
かなりの重量となっているため、道行く人々と絶対に接触してはならない、と気を付けつつ彼は器具の設置場所、もとい家へと急いだ。
〇
「さて、と」
無事に運搬を終え、器具を設置したロニール。バーベルシャフトはパワーラックに掛かっており、プレートは床に置き壁に立て掛けて並べている。
念願のフリーウェイトを前に、彼の血と筋肉が騒ぐ。百数十キロを持って走ってきたばかりだが、身体も心も元気だ。
(ついに、か。……始めよう。記念すべき初日は、胸!)
ベンチプレス用のセッティングを済ませ、布をクッションとして敷いた木製ベンチに横になる。ピンチクリップ型のスプリングカラーも装着済みだ。低重量のアップから始めた彼は長く離れていた、慣れ親しんだ動作と刺激に感動する。
《収納》加重の腕立て伏せでも良いのではないか。砂袋を括りつけた棒でも同じことではないか。いや、全く違うのだ。主に気分が。トレーニングに臨むテンションが。
彼はトレーニングが大好きだ。ツラいとは思わない。しかし、キツいとは当然感じる。キツいことをするにあたって、メンタリティはパフォーマンスに直結する重要な要素なのだ。
ひとまずの最大挙上重量を確認すべく、サクサクと重量を上げていくロニール。
(……次は100キロ、か?本当に?)
大台を目前に、しかし限界は見えていない。
《収納》による加重でトレーニングを積んできた彼だったが、それは全身に対して掛かる重量であった。どの筋肉を使ってどれだけの重量を扱っているか、はっきりしたことは分からなかったため、いざ馴染みの数字を目の当たりにすると驚きを隠せなかった。
ウェイトトレーニング初日。最終的にロニールは、メイン種目のベンチプレスにおいて最大挙上重量120キロを記録した。
(これがチートってやつか)
ファンタジー製のこの肉体。自分の身体ながらやはり異常だな、と彼は思った。
〇
後日。
興味深そうに器具を眺めている父を見たロニールは、器具の使い方とビッグ3の基本のフォームを数日に分けて教え、ウェイトトレーニングという人類最善の営みを布教した。
ロニールに教わったオルトは、成功体験の連続と、手軽で深い爽快感を味わったことにより、筋トレの沼にどっぷりとハマることとなった。




