隠密の師 S
夕方のサイル。
日は落ち切らず薄暗い町中、霊域の探索を終え冒険者ギルドに向かう1人の冒険者がいた。目深に被ったフードの隙間からは、ベリーショートの黒髪が僅かに覗いている。
彼女は冒険者ギルドに入ると、受付へ向かう。そして受付嬢と二言三言話すと、装着していたショルダーポーチを外して手に持ち、ギルドの奥へと入っていった。
15分ほどで納品と依頼完了報告を終え、ホールへと戻ってきた彼女は、ルーティンワークによって依頼掲示板に向かう。
(今回は長めに潜ってたから疲れたな……。少し休もうかな)
掲示板の依頼を眺めつつ、実のところ次なる依頼には乗り気でない様子の彼女。
そんな彼女に、同じく依頼を見に来た男性冒険者が声を掛ける。
「……ん?『陽炎』じゃないか。しばらく見なかったな。今回も深層か?」
「ええ、まあね」
陽炎、と呼ばれた彼女はフードからちらりと彼を見やると、すぐに掲示板に向き直り淡々と答えた。
「おう……やっぱり凄いんだな」
彼女のぶっきらぼうにも聞こえる物言いを気にすることもなく、感嘆の声を漏らす男性冒険者。
「戦ってないからさ」
事も無げに彼女は言った。
「それが出来るのが凄いんだって……」
どこか呆れたように、冒険者が言った。
樹海の深層に至るまで戦闘を避けるということがどれほど非現実的か。深層までは到達していない彼だったが、身に染みて分かっていた。
彼女が依頼を流し見していると、あるものが目に留まった。
(隠密の指導依頼?)
納品依頼でも討伐依頼でもない。冒険者個人への依頼だった。
(珍しいわね。依頼料は1時間につき30,000G……え、3万G?このタイプの依頼としては破格ね)
彼女は思わず、依頼料の桁を見直した。
依頼には様々なタイプがあるが、特定の技能を持っている冒険者への技術指導の依頼料の相場は1時間あたり5000Gから、高くても15,000Gが相場となっている。
しかし、この破格の依頼料も、粒ぞろいのこの町の冒険者に対しては適切と言えるのかも知れない。一定以上の実力が保証されており、依頼料目当てにやくざな指導をすることもないだろうから。
(依頼主は……ロニール?そう、あの子が)
依頼主の名前を見てこの依頼を受けることに決めた彼女は、依頼書を掲示板から外し、再び受付へと戻っていった。
〇
「イーシャさん。この辺りにしたいと思います」
霊域から町を挟んで反対側の草原で、ロニールは言った。
穏やかな風が草を揺らし、川のせせらぎが微かに聞こえる。
ここに現れる魔物といえば無害なスライムくらい、稀にホーンラビットを見かける程度のものである。
集中して指導を受けるのに打って付けだった。
「分かったわ。早速始めましょうか」
イーシャと呼ばれた女性が言った。
ベリーショートの黒髪で、年の頃は20代後半。軽装の革鎧に、ダガーを腰と胸に2本ずつ、計4本装備している。
彼女は、ロニールが冒険者ギルドに出していた隠密技術の指導依頼を受けた冒険者だ。
サイルに家を買う前までは宿屋カナボー(オルトとハンナが営む宿)を利用しており、ロニールとも顔見知りであった。
「まず最初に言っておきたいのは、スキルに依らない隠密には限界があるということ。足音を立てないようにするとか、目立たないようにするとかって努力は、人間や普通の動物に対しては一定の効果があるわ」
イーシャは言った。
ロニールは《収納》から取り出した紙とペンで、頷きつつメモを取り始める。
「でも、魔物に対しての効果は……あまり見込めないわね。霊域のヤツらには特に。それぞれの五感に特化している種も多いし、それこそスキルで探知してくることもあるから。スキルの技術補助効果は前提として、能力拡張効果を使っていかないと太刀打ち出来ないと思ってね」
続けたイーシャは霊域での立ち回りを意識させるように説いた。
ロニールの現在の目標は霊峰ヒストリーチの踏破。隠密技術はそのために必要な能力だと、彼は考えている。そのことは宿屋カナボーでの事前の打ち合わせでイーシャにも話しているため、彼女の指導は霊域に挑むことを加味したものとなっている。
「何にせよ、スキルの獲得が前提となるわけですね。そして、私はまだスキルを持っていません」
そう言ったロニールは、紙とペンを《収納》へとしまう。
「ご指導、お願いします!」
「そうね、じゃあ基本の歩法から」
イーシャはそう言うと実演を始め、駆け足、跳躍と、運動量を増やしていく。
彼女は枯れ葉を踏み、木の枝を踏み、砂利の上を移動する。しかし、一切の音を鳴らさない。
ロニールはイーシャの動作をつぶさに観察する。重心、体重移動、関節の動き、筋肉の緊張。
装備の上からではあったが、軽装で遊びのないデザインであったため、見て取れることも多かった。
「イーシャさん、ちょっと踏んでいってもらえますか?」
実際の物理作用を確認したかったロニール。
何を言ってるんだ?という表情を見せたものの、目的を理解したイーシャはその要求に応えた。
「……なるほど、なるほど」
身をもって体験したロニール。彼女の動きからは衝撃も重さも感じる。移動時に完全に無音になることは物理的に考えにくい。しかし、音は全く鳴らないのだ。
(これがスキルの能力拡張効果。不思議パワーか)
「じゃあロニール君、やってみましょう。見ながら適宜指導していくわね」
一通りの実演を終えたイーシャは言った。
「分かりました、お願いします」
イーシャの言葉を受けて、観察に徹していたロニールは動き始める。
(えぇ……?)
ロニールの動きを見たイーシャは、心の中で驚愕した。
たった今学びとったことを、彼はすでに自身の身体に落とし込んでいる。指導していくとは言ったものの、指導すべきポイントは見当たらなかった。
しばらくして、彼女は言う。
「充分よ。凄いのね、ロニール君。基礎動作は完璧、特に言うことが無い。あとは繰り返し練習していけば、自分に最適な動作が身に付いていくわ。でもまあ、これはスキル獲得のための手段くらいに思っておいて」
「……ありがとうございます」
お礼を言うロニール。しかし同時に、違和感もあった。イーシャの動きを再現しきれていないという感覚があったのだ。これは彼にとって初めての経験だった。今まで完璧に再現してきた兵士の剣術とは何かが違うようだ。
原因を探るため、彼は思い切って尋ねる。
「……イーシャさん、見せて頂いた技術に関係するスキルのレベルを教えてもらえませんか?」
「……」
迷いを見せるイーシャ。
彼のことは信用している。宿屋での彼の仕事ぶりも知っているし、それ以外の時間をどう過ごしていたのかも見ている。この要望は彼の純粋な向上心から来るものだろう、と彼女は思った。しかしやはり、冒険者として自らの手の内を無暗に晒すことは憚られた。
そんな彼女に、ロニールは続けて言う。
「他言はしません。お望みなら、この後契約魔法を使っても構いません。もちろん費用は私が出します」
先の頼みが指導依頼の範囲外だということを、彼は分かっている。しかし、自身の明確な強みの1つである《追体》について、どうしても理解を深めたかった。
「《隠密》、レベル7」
ロニールの本気度合いが伝わったのか、イーシャが口を開いた。
「レベル7……?」
目を見開き驚愕を露わにするロニール。彼は思わず静かに復唱した。
スキルレベル7は、熟練を超え達人の域にあるとされる。一般的に、人生かけて能力を鍛えた結果として到達するものだ。天性の才というやつなのか、と彼は思った。
30歳にもなっていないイーシャには、これからも成長の時間とチャンスがある。それを考えればレベル8、もしくはさらなる高みに到達することもあり得る。冒険者という生業の中で、彼女が生き残っていく限り。
「教えて頂きありがとうございます。……私は《追体》というスキルを持っています。自分が見取った他者の動作を再現する能力です」
イーシャへの誠意として、彼は自身の能力を開示した。続けて、《追体》で兵士の剣術は完全に再現出来ること、イーシャの隠密の身体的技能はそうでなかったことを話した。
「技量差がありすぎると再現しきれないだろうとは思っていましたが、それが具体的にどの程度の差なのかは分からなかったんですよね」
「ちなみに、その《追体》のレベルは?」
興味を引かれたイーシャは聞いた。
「2です」
「……2?」
おかしいな、とイーシャは思った。
基本的に、スキルは同格でなければ張り合えないものだ。王国兵の、ましてやサイルの兵の《剣術》がレベル2ということはあり得ない。しかし彼は再現できたと言う。
(今、他人の動作を再現しているのは素の身体能力によるもので、スキルが追い付いている最中ということかしら。……スキルに先行する実力ってこと?なにそれ)
だとすると、実力にスキルが追い付いた時、その能力は飛躍的に強化されるだろう。そして、他にも同様のスキルがあるのかも知れない。そんな彼が知るべきなのは、スキルが追いついた後のことだ。
「……そう。きっとレベル4くらいで、私が見せた動きは完全に再現できるようになるでしょうね。ロニール君。せっかくだから、スキル成長させるアドバイス、というか心構えを教えてあげるわ」
「ぜひお願いします!」
自分より遥か高みにいるであろう彼女からの助言。ロニールは強い関心を寄せて言った。
「《追体》にも《隠密》にも、他のスキルにも共通するでしょう、私のおすすめのやり方よ」
話し始めたイーシャ。ロニールを見れば、すでにメモの準備が出来ているようだった。
「自分の素の能力と、スキルの補助。このギャップを埋めるように訓練していくの。スキルの補助効果は、実力の一歩先の答えを示し続ける。それに集中することよ。自分で難しいことを考えるよりも効率的で効果的。単純よね。でも私はこれを突き詰めてきたし、その結果として今がある。世界の法則として存在しているこのスキルの機能を、意識的に、全力で利用していくことよ。参考にしてね」
ロニールは高みに至るだろう。そう確信したイーシャからの真摯なアドバイスだった。
そうして基本の実技指導を終えると、次は知識についての教育が行われた。
環境に溶け込む方法、視覚的な偽装や匂い消し。野営での注意点に至るまで。
そして指導依頼の最後に、イーシャは《隠密》の能力の一端をロニールに見せた。どうせ契約魔法があるから、と。
3時間の指導依頼が終わり、帰路に就く2人。
「今日はありがとうございました。では約束通り、商人ギルドに行って契約魔法を受けましょう」
ロニールが言った。
「そうね。じゃあその後私はギルドに行って、依頼完了報告をしてくるわね」
最初と比べて打ち解けた雰囲気のイーシャ。
「それにしても、ちゃんと稼いでるのね。今回の依頼に9万G、契約魔法で……1万5千Gくらい?合わせて10万G超えか。子どもがサラッと出せる金額ではないわよね」
「実家暮らしですから」
笑いながら言ったロニール。
「それに、自己投資は惜しまないと決めています。とある世界一の投資家も言っていました。最も賢明な投資とは自己投資である、と。今日は最高の自己投資です」
「へえ……」
興味深そうにロニールを見るイーシャ。
「ところで1つ言っておきたいんだけど、この町以外であの大雑把な依頼の出し方はしない方がいいわよ。詐欺師みたいな奴らが寄ってくるから。ギルドの職員に条件を伝えて紹介してもらうのが……そう、賢明ね」
「そうですよね……。今後はそうします」
賢明でない判断をチクリと刺されたロニールは気まずそうに言った。
後日、ロニールは教わった技術や知識を踏まえて生活し、ウサギやホーンラビットを追い回し、無事《隠密》を習得するに至った。
〇
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【名前】ロニール
【種族】鬼人
【スキル】
《泳術》Lv4
!《隠密》Lv1
《解体》Lv1→Lv2
《剣術》Lv2→Lv3
《採取》Lv1→Lv2
《算術》Lv4
《身体強化》Lv3
《収納》Lv1→Lv3
《生活魔法》Lv1
《清掃》Lv4
《走術》Lv4
《盾術》Lv1→Lv3
《超回復》Lv5
《調理》Lv4
《追体》Lv1→Lv2
《投擲》Lv2
《瞑想》Lv4
《漁》Lv1
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《隠密》
【自身の存在感を抑制、偽装し、発見されにくくする。】
【熟達すると、環境に応じて隠蔽効果が自動的に最適化される。相手の認識能力に干渉する。】




