魔法師との模擬戦 F
「やあ、ロニール君!」
どこか軽薄な、しかし芯のある雰囲気の青年が言った。彼もまた、模擬戦用の防具に身を包んでいる。
「相手は僕だ!」
「ケイルさん?」
ロニールにとって顔見知り。教導訓練やこれまでの模擬戦で長くお世話になっている相手だった。しかし、こんなに気さくな人だっただろうか、と彼は訝しんだ。
「……なんか雰囲気が違いませんか?いつもはもっと」
「真面目だって?」
ロニールの言葉を継ぐように、ケイルは笑って言った。
「市民の前では気を張っているんだ。兵士がヘラヘラしていたら、なんか不安でしょ?ここに来た以上、ロニール君はもう身内みたいなもんだと思ってるからね」
「まだそうとは決まっていないけどね」
苦笑い気味に、カイウスが口を挟んだ。
「なりますよ、僕には分かります!」
ケイルは自信ありげな様子で言うと、背中のロングソードを抜いた。
「ロングソードですか」
相手の得物を興味深げに見るロニール。
ケイルとは何度か戦っているが、ロングソードを使うのを見るのは初めてだった。やはりこれまでの模擬戦で見えていたことなど、兵士たちの実力の一端でしかないのだ、とロニールは改めて思った。
「僕の対人用の得意武器さ。分かっていると思うけど、魔法も使うからね。いつものように簡単に勝てるなんて思わないで欲しい」
「一度も思ってませんし、勝ったからと言って見くびったこともありません」
自分の得意とは違うことをやらされて、やりづらそうな雰囲気は常々感じていたのだから。
しかし、とロニールは思う。
(「対人用の」得意武器か。引き出しは多そうだ)
集中が高まる2人。その間に立ったカイウスが言う。
「戦闘不能、もしくは致命傷の判定により決着とする」
命の奪い合いをしないことは共通認識として、事細かな禁止事項などないシンプルなルール。防具によって重大な事故への対策は取られているが、打ち身やその他の怪我はあって当然、といった具合だ。
(当てられたら痛いだろうな)
ロニールは臆するでもなく、単純に思った。しかし、ルールに不満は無い。殺し合いは御免だが、痛みを含む実戦に近い経験こそ成長に繋がるだろうから。
ロニールは集中して、構えた。
ケイルも自然な動作で構えをとる。
「始め!」
カイウスの号令。
先ほど《収納》の加重を解除し、身軽になっているロニール。長剣の間合いを崩すべく、一気に懐に飛び込もうと、地面を全力で蹴りつける。
「!?」
その足が、膝下まで深く地面に沈んだ。何事かと地面に視線を向ければ、自分の足場だけがドロドロにぬかるんでいる。
(魔法か!?詠唱はどうした!?)
そう思った次の瞬間、今度は砂煙が顔に巻き付く。眼球の表面にチリチリと当たるそれに、思わず目を閉じた彼。動きを封じられ、視界を潰された状況の中、迫ってくるケイルの足音を捉えた。
(抜け出さないと積みだ!)
泥は異様に粘度が高く、簡単には抜けられない。ロニールは《身体強化》を全身に、瞬時に施し、立ち幅跳びの要領で前方斜め上方向に全力で跳躍した。迫るケイルの頭上を飛び越えられるように、と。
空中での攻撃に備えるため、膝を抱え身体を小さくし、盾をケイルに向け続けるように前方宙返りをする。
(何!?……怪物め)
拘束を破り、頭上を越えるほど空中へと飛び上がったロニールを見て、ケイルは思った。
この拘束魔法『泥拘』から、魔法で干渉することもなく脱出するなど信じ難い。しかも、片足ではなく両足をまともに捉えていたというのに。
(常軌を逸したパワー……中隊長に匹敵するか?でも、無防備な空中……はカバーしたか。まあ、着地地点は割れている。今度こそ積みだね)
目を開けられず、体感覚を頼りに着地したロニールは、カイウスとの距離を稼ぐためにそのまま大きく前転……するつもりだった。
ズボッ、と。またしても彼の両足が沈む。
(あっ)
同時に、背中の一点、心臓の位置に何かが突き立つ感覚。
「そこまで。背後から急所への刺突により、ケイルの勝利とする」
カイウスが決着を言い渡した。
「参りました。ありがとうございました」
地中から盛り上がってくる土に押し上げられ、地面に立ったロニールは、ケイルがいるであろう背後へと向き直って言った。足元はすでに普通の地面へと戻っている。
視界の確保が優先だったか、と彼は振り返って考える。
急ぎの《身体強化》で魔力を体外へとぶちまけながら脱出したが、生活魔法で出した水で視界を確保して戦う方が結果的に良かったのではないか。……答えは出ない。答えに繋がるほどの経験がないのだから。
「こちらこそ、ありがとうございました」
ケイルも礼を返すと、ロニールの様子を見て続けた。
「目を洗おうか。『水球』……はい、瞬きして~」
彼は《水魔法》で作り出した水球をアイマスクのように張り付かせ、ロニールの視界を回復した。
「うう……」
異物感が残っていないか、瞬きを繰り返して確認していたロニール。
「ありがとうございます。いやあ、魔法とはこんなにも……理不尽なものですか」
何もさせてもらえず、あっけなく終わったな、とロニールは思った。
特に印象的なのは最初の拘束。魔法効果とは、あんなにも瞬間的に作用するものなのか。最速で行動をとったつもりでも一瞬でハマった。最初から《身体強化》を使わなかった時点で、特大の不利を背負い、後手に回ることが確定していたのか。
「アッハッハ!魔法を交えた戦いに慣れていないと、強くそう感じるだろうね。まあ、僕もそう感じることは未だにあるんだけど。なんにせよ、勝てて良かった!ロニール君には負け続きだったからね。しかし、拘束を突破されるとは思わなかったな。『泥拘』って技名にしてるんだけどね。霊域にいる魔物にも効果的で、抜けるヤツはあんまりいないよ」
「あれは《土魔法》なんですか?」
「《土魔法》と《水魔法》の混合だよ。僕はこの2つが得意なんだ。他にも色んな使い手がいるから、楽しみにしていてね」
「はい……」
色んな使い手。あんな、当てられたら負け色濃厚のような魔法が多様にあるのか、とロニールは思った。対抗策が必要だ。
「ちなみに、魔法には魔法で対抗するしかないんでしょうか?例えば『泥拘』なら、《水魔法》で水分に干渉して拘束力を弱めたり、とか」
「『泥拘』への理解が速いね。確かに、魔法での対抗は有効な手段の1つだけど、それに縛られる必要はないと思うよ。もっと柔軟に考えていい。身も蓋もないことを言えば、術者をヤれば全部解決。それも対抗手段と言えなくもない」
ケイルは、あえて詳細な答えを出さなかった。
「なるほど……ありがとうございます。ところで、再戦をお願いしたいのですが」
可能でしょうか、とケイルとカイウスを窺うロニール。
「またの機会にしよう」
答えたのはカイウスだった。
「今日は勧誘のために来てもらったからね。メインの用件に移ろう」
ロニールが自身の課題を明確に認識しているこのタイミングがベストだ。この貪欲さに満ちた状態が、私たちの望む結果に繋がるだろう、と彼は考えた。
「分かりました。また、よろしくお願いします」
ロニールは相手をしてくれたケイルと数人のギャラリー、顔見知りの兵士たちに一礼する。そして《超回復》により回復した魔力で、借りた装備と自分自身に《生活魔法》の『クリーン』を使う。
装備を返却し、《収納》用の加重を回収した彼は、城内に向かうカイウスに続いた。
〇
「『泥拘』を抜けられちまったなあ、ケイル」
ケイルと共にロニールを見送ったギャラリーの1人が、からかうように言った。
「まったくだよ。あんな力業で……」
混合魔法は、その構成を崩して対処することが定石だ。『泥拘』も同様。まともな干渉もせずにぶち抜いてくるなど、にわかに信じ難い。
「でも終始どうしていいか分からない、って感じだったな。魔法戦の経験はやはり無いか。それでも一応の対応を成功させたのは、まあさすがだったな」
(魔法戦でも負ける日が近い、なんてこと……ないよな?)
しかし、ロニールに並ばれる日はいずれ来てしまうのかも知れない、とケイルは思った。きっと自分とは別方向、パワーを突き詰めた結果として。
(またよろしくお願いします、か)
どこまで意識してのことかは分からないが、ロニールはそう言った。
戦友と呼べる日が来るだろうことは嬉しかったが、出来るだけ長く先輩風を吹かせていたい気持ちもあるケイルは、気を引き締めるのだった。
※『天恵の儀 前』と『天恵の儀 後』を1話にまとめました。
※『冒険者活動開始』の導入部を加筆しました。
※『隠密の師 S』に、前話『ロニールの依頼』を挿入し、1話にまとめました。
※『ウェイトトレーニング』に、前話『高い買い物』を挿入し、1話にまとめました。




