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第27話 10年前の錘《おもり》


 翌朝。

 セリオンが迎えに来た。

 昨日のあの狂気の様子などおくびにも出さない、侮蔑の視線。


「長老がお呼びだ」

「……ああ」


 俺は短く答えながら、男の背中を見た。

 昨夜の暗がりで見た、あの顔を思い出す。

 扉に指を這わせていた恐ろしい姿を。


 道中、ヒソヒソとした会話と視線を感じた。

 振り返って見ると、壮年のエルフたちと目があって、慌てて逸らされる。


 相当俺たちを警戒しているみたいだ。


 ノーレンの部屋に入ると、昨日と同じ装置の音が迎えてくれた。

 シュー、カチ。シュー、カチ。

 規則正しい呼吸の音。


 ノーレンは昨日と変わらず透明な管に繋がれたまま、ベッドの上で目を開けている。

 相変わらず枯れ木みたいにシワシワだけど、昨日より少しだけ顔色がいい気がした。


 セリオンは入り口で足を止めた。


「では、私はここで。……ごゆっくり」


 そう言い残して、扉の向こうに消える。

 ノーレンの前では、あの不遜な態度も少しだけマシになるみたいだ。


「……さて」


 ノーレンが、掠れた声で言った。


「板を」


 ロイズが頷いて、布に包んだ板を取り出した。

 ノーレンは寝台から腕を持ち上げて、部屋の角を指差した。


「ダン。そこのプロジェクターに……ディスクを入れろ」


 失われた塔の柱に似た、継ぎ目のない金属の箱。表面に細い溝が走っている。


 プロジェクター。ディスク。

 俺にはさっぱり分からない言葉だった。


 ダンは迷いなく板を受け取り、箱の表面を調べると、薄い溝の隙間に板を差し込んだ。

 カチン、と小さな音がして、箱が低く唸り始める。


 ブゥゥゥン……。


 振動が床を伝って、足の裏に届く。

 箱の表面の溝に光が走り、天井に向かって青白い光が広がった。


 光が形を作る。

 空中に、幻影が浮かび上がった。



 ◇


 最初に見えたのは、白い部屋だった。

 清潔で、無機質で、塔の中によく似ている。


 その部屋の中央に、女が立っていた。


 赤みがかった茶色の長い髪。

 切れ長の目。

 気が強そうな綺麗な顔立ち。

 服の上に白い上着を羽織って、腕を組んで何かを見つめている。


 ……美人だ。

 気が強うそうだけど、ミーナとも違う気の強さって言うか。

 少し冷たい感じがした。


 ダンが、息を呑む音が聞こえた。


 巨体が、微かに震えている。

 いつもの強面が崩れて、見たこともない顔になっていた。

 懐かしさ。苦しさ。嬉しさや諦め。

 全部が、一瞬でダンの顔を通り過ぎていったように見えた。


 あの女がアルバだと、言われなくても分かった。


 幻影の中のアルバが、こちらを向いた。

 正確には、当時この幻影を残すために使われた何かに向かって。

 落ち着いた女の声が、部屋に響いた。


『封印システム概要記録、第3版。記録者、アルバ・マカリスター。日付は――』


 長い数字の羅列を読み上げて、アルバは手元の何かに視線を落とした。


『本記録は兵器管理プロトコルの技術的詳細を後任に引き継ぐ目的で作成する。閲覧にはレベル4以上のクリアランスが必要。無断複製を禁ずる』


 ……何を言っているのか、一言も分からない。

 俺たちに語りかけているんじゃなく、同じ仕事をする誰かに向けた記録なんだろう。


「難しい言葉が続く。……合間に、私が解説しよう」


 ノーレンが、かすれた声でそう言ってくれた。


『まず前提の確認。対象兵器の物理的な破壊は不可能。これは二つの理由による』


『第一に、炉心の構造。対象はプルトニウム型核分裂炉をコアとする自律型殲滅兵器であり、外殻への過度な物理衝撃は炉心の臨界暴走を誘発する。推定される最大出力は500メガトン級。起爆した場合、半径2000キロ圏内の生態系が不可逆的に壊滅する』


 ノーレンが言うには、要するに、無理に壊せば中身が暴走して大陸ごと吹き飛ぶらしい。壊すこと自体が世界の終わりになる。


 ガスが「ッ……」と喉の奥で声を漏らした。

 爆弾の威力を聞いて、どれだけ規格外の技術なのかが分かったんだろう。


『第二に、ナノマシン構成体による自己修復機能。兵器外殻および内部機構にはナノスケールの自律修復ユニットが全層に埋設されており、局所破壊・切削・熱損傷のいずれに対しても、平均72時間以内に原状復帰する。累積損傷に対する耐性閾値は未検出。事実上、摩耗による劣化は起こらない』


 じゃあ少しずつ壊せばいいかと言うと、それも駄目。ノーレンの解説によれば、小さな傷をつけても勝手に元通りになるらしい。


 強く壊せば世界ごと消える。弱く壊しても勝手に治る。どっちに転んでも手が出せない。


『以上の理由から、破壊による無力化は断念。代替手段として採用したのが、 トリガーアンカーランプ(モニター)の三つの役割を用いたスリープ誘導プロトコルである――』


 壊せないから、眠らせる。

 ここから先は、昨日ノーレンが噛み砕いて説明してくれた封印の仕組みと同じ内容を、もっとずっと難しい言葉で言っているらしかった。

 剣、盾、ランプの三つの役割。それぞれが何をするのか。

 ノーレンが合間に解説してくれなければ、一割も分からなかっただろう。


 ただ、昨日のノーレンの説明にはなかった話があった。


 盾の不死身の正体だ。


『第二系統、アンカーは兵器のスリープ状態を外部から安定化させる。盾適合者が生存している限り、最終起動シーケンスの実行ロックは解除されない。不完全な起動は兵器自身の目的遂行を妨げるため、兵器側も盾の生存を必要とする。盾適合者の体内にはナノマシンが常駐し、全損傷を強制修復する』


 黒の物語は、力を完全に溜めきる前に暴発したくない。ダンが生きている限り満タンになるまで安全に力を貯められる。だから自分の力を分け与えてダンを生かしている。


 でも裏を返せば、ダンが死んだ瞬間、蓋が外れて暴走する。

 黒の物語にとってダンは便利な蓋で、ダンにとっては死ねない呪い。

 千年間ずっとダンは生かされ続けている。


「……ちょっと待って」


 ロイズが手を上げた。


「盾が生きていれば黒の物語の力は安定するんですよね。だからお頭は千年間ずっと生きてる。……じゃあ、なんでアタンシオンが選ばれたんですか?」


 確かに、ロイズの言う通りだ。

 

 ロイズの問いかけに、ノーレンは口を開きかけて、そして閉じた。

 ダンも腕を組んだまま、眉間に深い皺を刻んでいる。


「……分からん」


 ノーレンが、絞り出すように言った。


「アルバの設計には、盾の二重選定は存在しない。ダンが生きている以上、新たな盾が選ばれる理由がない」


「でも、現に選ばれてる」


「ああ。……だから分からんのだ」


 ノーレンの翠色の瞳に、困惑が浮かんでいた。

 千年を生きた長老にも、説明できないことがある。


「あいつは……想定外、ってことか」


「そう考えるしかない」


 想定外。イレギュラー。

 アルバが設計した仕組みの外側で、何かが起きている。


 気味が悪かった。

 黒の物語が、設計者すら想定しなかったことを勝手にやっているってことだ。

 あいつは自分で考え、自分で学ぶとノーレンは言っていた。

 千年の間に、アルバの想定を超えて、何かを企んでいるのかもしれない。


 ダンが、ぽつりと口を開いた。


「……10年くらい前だ」


 全員がダンの方を見た。


「急に、楽になった」


 ダンは自分の腕を見下ろした。刺青の下に、幾何学模様の紋章が隠れている。


「千年間ずっと、体の奥で何かを押さえつけてる感覚があった。腹の中にずっとおもりがぶら下がったらみてえなな。理屈は分からねえが、体で分かる」


「それが……10年前に消えた?」


「ああ、そうだ。ある日突然ふっとな。俺にかかってた力が、別のどこかに移ったみたいな感じだった」


 10年前。

 アタンシオンがいつ盾に選ばれたのかは分からないけれど、盾としての役割が、ダンからアタンシオンに移ったってことなんだろう。


「ただ、妙なんだ」


 ダンが眉間に皺を寄せた。


「重圧は消えたのに、この体はまだ勝手に傷を治しやがる。盾の役目が移ったんなら、俺の修復も止まるのが筋だろ。……なのに、止まらねえ」


 ノーレンが、ゆっくりと目を閉じて開いた。


「……それも、分からんな」


 アルバの設計では、盾は一人。役割が移れば旧い盾の回復は止まるはず。なのにダンの体は不死身のまま。


「前に俺がアタンシオンのことを『型が違う』と言ったのは、体で感じた違和感からだ。それとライオ。ガキのお前にやられた傷跡は、すぐに治っちまったしな」


 設計にない二重選定。役割が移っても止まらない修復。型の違い。

 全部が、アルバの想定の外にある。


 黒の物語は、千年の間に何をした?

 答えは、この先の映像にあるんだろうか。


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