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第26話 執着


 夜。

 みんなが寝静まった頃、不意に目が覚めて俺は寝台から身を起こした。

 水飲み場までの道中、少し気になって、ロイズが寝ている部屋を覗いてみた。


 ロイズは一人で壁にもたれて座っていた。

 目は開いている。寝ていない。


「……まだ起きてんのかよ」


 俺は部屋に入ってロイズに声をかけた。近づいて、隣にしゃがみ込む。


「ライオこそ」

「水飲みに起きただけだ」

「……そっか」


 ロイズが小さく鼻で笑う。

 声に力がない。

 俺はじっとロイズの顔を見つめた。


「……大丈夫だよ」

「聞いてねえよ」

「聞いてなくても言う。大丈夫だ」


 俺は何も返せなかった。

 大丈夫じゃないのは、見れば分かる。


 自分の母親を殺した男の庇護下で眠るなんて、まともな神経じゃ無理だ。

 何か言った方がいいだろうか。

 口を開きかけたとき、すぐそばにあった毛布がもそもそと動いた。


 リザリアだった。


「ロイズとライオ、おはなししてるの?」


 寝ぼけ眼をこすりながら、ふらふらと起きてきて、ロイズの隣にちょこんと座った。

 そのまま小さな手を伸ばして、ロイズの手を握る。


 ロイズは少し驚いた顔をした。

 小さくて温かい手が、細い指に絡まっている。ロイズの肩から力が抜けたように見えた。


「……明日、長老があの板を読んでくれたら答えが出る」


 俺は立ち上がった。


「ちゃんと寝ろよ。……お前が倒れたら、俺たち全員困るんだからな」

「……うん。わかってる」


 ロイズは目を閉じた。

 リザリアは、手を繋いだまま、ロイズの肩にもたれてまた眠り始めていた。


 俺は二人の姿を一瞬だけ見てから、部屋を出た。


 喉が渇いていた。

 セリオンに案内された水場が、少し離れた場所にあったはずだ。

 俺は白い光に照らされた廊下を歩いて、建物の外に出た。



 ◇


 水場は、大きな木の根元にあった。

 鉄製の金具から、チョロチョロと湧き出た水が、石を掘り出して作ったような、器の中に溜まっている。


 手で掬って口に含むと、ひんやりと冷たい。


「……ライオ」


 声をかけてきたのは、ミーナだった。

 木の幹にもたれて腕を組んでいる。

 驚いた。ミーナも寝てなかったのか。


「ロイズ、大丈夫そう?」

「……まあ、リザリアが一緒にいるから」

「そっか」


 ミーナは少し安心したように息を吐いて、それから暗い森の方を見た。


「……ロイズってさ、ああいう目で見られるの慣れてるのかな」


「ああいう目?」

「門番が言ってたでしょ。……雑種とか、汚れた血とか。見下される感じ」


 俺は言葉に詰まった。


「……どうだろうな。慣れるもんなのか、ああいうの」


「私は慣れなかったよ」


 ミーナが、静かに言った。


「慣れようとはするけどね。何度見られても、慣れるもんじゃない……私もさ、ずっとそういう目で見られてきたから」


 ミーナは腕を組み直した。


「女で、孤児で。……生きるために、色んなことをしたよ。やりたくないことも、たくさん」


 俺は黙って聞いた。

 具体的なことは聞かない。聞いちゃいけない。


「そういう時に向けられる目ってさ、全部覚えてるんだよね。忘れようとしても、身体が覚えてる」


 ミーナが、ふっと笑った。


「だからこそ、ダンに拾われた時は嬉しかったよ。あのクソ親父、そういう目で私を見たこと、一度もなかったから」


 俺の胸が、じわっと温かくなった。

 ダンは不器用で、説明が下手で、脳筋で。

 でも、そういうところだけは、ちゃんとしてる親父なんだ。


「……ダンに拾われなかったら、どうなってたんだろうな。俺たち」


 ミーナは、少し考えてから笑った。


「考えたくもないね」


 笑顔だった。

 でも、いつもの豪快な笑みより、少しだけ翳りがあった。

 一瞬だけ見えた、ミーナの中の傷跡。


「だからさ」


 ミーナが、俺の肩をぽんと叩いた。


「ライオが死ぬとか、絶対許さないからね」


 軽い口調。

 でも、目は笑っていなかった。


「……おう」


 俺は頷くと、ミーナと別れて休息所に戻ることにした。



 ◇


 水場から建物に戻り、休息所へ続く廊下を歩いていた時だった。


 暗がりに、人影があった。


 俺は反射的に壁に張り付いて、息を殺した。


 白い光が届かない、廊下の端。

 そこに、セリオンが立っていた。


 こちらには気づいていない。

 セリオンは微動だにせず、休息所の扉をじっと見つめていた。


 目が据わっている。

 唇が微かに開いて、浅い呼吸を繰り返している。


 姉上。


 唇が、そう動いた気がした。


 ゾッとした。


 剥き出しの、執着。


 俺は、扉の向こうにロイズがいることを思い出して、心底肝が冷えた。


 セリオンは扉に一歩近づいて、木の表面にそっと指先を触れさせた。

 まるで、中にいる誰かの頬を撫でるような仕草で。


 俺は息を殺したまま、じっとしていた。

 心臓がうるさい。気づかれるなよ、頼むから。


 やがて、セリオンは手を離し、音もなく闇の奥へ消えた。


 足音が完全に聞こえなくなるまで、俺は壁に張り付いたまま動けなかった。


 部屋に戻ってから、俺は自分の寝台に倒れ込んだ。

 天井を見上げる。

 さっき見たセリオンの姿が脳裏に焼き付いている。


 やっぱり、あいつはヤバい。

 目が、尋常じゃなかった。


 モルディアスとは別の種類の危険。

 計算じゃない。理性じゃない。


 俺は御守りを握りしめて、目を閉じた。

 明日、ノーレンが板を読む。

 きっと何か答えが出るはずだ。

 そしたらこんな里、とっとと出よう。


 それまで、全員無事でいなきゃならない。

 この里で。あの男の目が光る場所で。

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