第25話 墓石
ノーレンの部屋を出た俺たちを、セリオンが廊下で待っていた。
「長老の申し付けだ。休息所へ案内する」
壁にもたれて腕を組んでいたのが、俺たちの顔を見るとついてこいと顎でしゃくって、前を歩き始めた。
建物を出ると、里の中の光が目に沁みた。
さっきと変わらない、均質で冷たい白い光。夜なのに昼のように明るい、異質な空間。
セリオンは歩きながら、淡々とした口調で里を説明した。
「この区画は住居棟だ。あちらが水場。向こうが薬草園」
案内というよりは、犬に散歩をさせるような粗雑さで、必要な情報だけを伝える。
俺は周囲を見回した。
道の両脇に並ぶ木造の家々。窓から光が漏れている。
だけど、外を歩いている住人はほとんどいない。
すれ違うのは、年嵩のエルフばかり。
こちらを見るなり、足早に家の中へ消えていく。
怯えた目。敵意というより、恐怖に近い。
やっぱり、若い奴が少ない。
門番が言っていた「若い者がいなくなっている」が、頭の中で何度も繰り返される。
案内の途中、石畳の角を曲がった先で、俺の耳が声を拾った。
「……また一人、いなくなったんだよ」
通りの向こう。
木の柵にもたれた老いたエルフが、隣の住人に縋るように話している。
「昨日までいたのに……朝になったら、部屋がもぬけの殻だった」
「これで何人目だい。……若い子ばかり狙われて」
「外の人間の仕業に決まっている。長老はどうしてあんな奴ら……」
声は震えていた。
怒りより、恐怖が勝っている。自分たちの子供や孫が、一人また一人と消えていく恐怖。
俺はちらっとセリオンの顔を見た。
聞こえているはずだ。
こんな近くで、こんなに切羽詰まった声で話しているんだから。
セリオンは、何も反応しなかった。
聞こえなかったのか、聞こえていて無視したのか。
ただ前を向いて歩いている。
その無反応が、一番薄気味悪かった。
◇
エルフたちの会話が聞こえる場所を過ぎ、さらに進んだ先。
里の外れに差し掛かった時、道の脇に白い石が立っているのが見えた。
花が供えられている。
セリオンの甘い匂いと同じ香りがした。
丁寧に手入れされた、小さな墓だ。
ロイズの足が、一瞬だけ止まった。
「……姉上の墓だ」
セリオンが、振り返らずに言った。
「毎朝、花を換えている。……私の日課でね」
ロイズは何も言わなかった。
ただ、通り過ぎる時に、一度だけその石を見た。
俺も何も言えなかった。
自分が殺した相手の墓に、毎朝花を供える。
それが献身なのか、執着なのか。
ただ、気味が悪かった。
そのすぐ後だった。
セリオンが、ふと足を止めた。
「……姉上は」
呟くような声。
硬い口調が、少し和らいだ気がする。
「死ぬべきでは、なかった」
俺たち全員の足が止まった。
リザリアが不安そうに俺の袖を掴む。
沈黙の中、ロイズが前に出た。
「……あんたが殺したんだろ」
低い、怒りを押し殺した声。
セリオンは振り返った。
振り返って、ただ悲しそうに微笑んだ。
「……そうだな」
認めた。
あっさりと。
まるで天気の話をするみたいに。
「休息所はこちらだ。中に入りなさい」
何事もなかったかのように、話題を変えた。
俺は背筋が粟立つのを感じた。
怒るでもなく、言い訳するでもなく。
自分が殺したと認めた上で、悲しそうに微笑むなんて。一体どんな感情を待っていれば、そんな顔ができるんだろう。
◇
休息所は、清潔で整えられた部屋だった。
木の壁と床。窓には例の透明な板が嵌め込まれ、寝台が人数分並んでいる。
モルディアス邸ほど豪華じゃないが、野宿よりは遥かにマシだ。
「……んあ、ベッドだぁ〜!」
エルケが真っ先に飛び込んで、マットに顔を埋めた。
「やわらか〜い! やっぱりベッドは最高だよぉ〜」
「エルケ、靴くらい脱ぎな。行儀が悪い」
「は〜い」
ミーナに叱られて、渋々靴を脱ぐ。ガスは包帯だらけの身体を寝台に横たえ、ふぅ、と長い息を吐いた。
俺も荷物を下ろそうとした時、リザリアが壁の方に歩いていった。
「……ん?」
壁に、何かが飾ってあった。
木の枠に入れられた、小さな板。
絵のように見えるが、筆の跡がない。
色が妙に鮮明で、影のつき方が現実そのままだった。
リザリアが首を傾げて覗き込む。
「なんか、へん。……絵なのに、ほんものみたい」
「写真だ」
ダンが短く言った。
「現実の光景を紙に写す、昔の技術だ」
「シャシン……」
リザリアが不思議そうに繰り返す。
俺も近づいて、その「シャシン」とやらを覗き込んだ。
そこに写っていたのは、二人のエルフだった。
一人は、女だった。
長い銀髪を風になびかせ、花畑の中で微笑んでいる。
整った顔立ち。穏やかな瞳。どこか儚げだけど、芯の強さが目元に宿っている。
「……きれいなひと」
リザリアが、ぽつりと言った。
「ロイズに、にてる」
俺はロイズを見た。
ロイズは写真の前で、石みたいに固まっていた。
緑色の瞳が、微かに揺れている。
これが、エレノア。
ロイズの母親。
俺は写真に視線を戻した。
エレノアの隣に、もう一人。
背の高い、痩せぎすのエルフの男が立っている。
銀髪を結い上げ、姉の肩に手を回して、嬉しそうに笑っていた。
その顔に、見覚えがあった。
「……これ、セリオンじゃねえか」
若い。今よりずっと若い。
でも、間違いない。鼻筋の通った顔立ちと、目元の形。同じ男だ。
楽しそうに笑っている。
姉の隣で、幸せそうに。
「……気色悪い。よっぽど執着してるんだね」
ミーナが、低く吐き捨てた。
自分が殺した姉の写真を、客間に飾る。
それも、二人で笑っている写真を。
狂ってる。
これは、もう正常な精神じゃない。
ロイズは何も言わなかった。
ただ、写真から目を逸らせないでいる。
その横顔に浮かんでいるのが、怒りなのか悲しみなのか、俺には読み取れなかった。




