第24話 封印の仕組み
「封印について――」
大きく息を吸い込んで、吐き出すように話す声。
「――どこまで、聞いておる」
力強い目とは違って、器具に繋がれた身体は辛そうに見えた。ノーレンはかなり無理をして、話をしてくれているのだと分かった。
俺は頭の中を整理しながら、ダンとリザリアから聞いた話をかいつまんで伝えた。
黒の物語を封印するには、剣と盾と、ランプの三つが要ること。
ランプは黒の物語の居場所や状態を感じ取る役割で、リザリアがそれだということ。
盾は外側から封印を押さえつけるつっかえ棒で、不死身の体はそのためのものだということ。ダンが千年前の盾で、今の盾はアタンシオンだということ。
そして剣は内側に入り込んで封印する鍵で、取り込まれたら戻ってこれないということ。
「……ざっと、そんなとこだ」
言い終えると、ノーレンは少しだけ目を見開いていた。
器具の奥で呼吸を整えてから、壁際のダンに視線を向ける。
「……驚いた。盾の仕組みをお前が……教えたのか」
「……おう」
「闘うしか能のないお前が……よく伝えられたものだ」
ダンが苦い顔をして目を逸らした。
「概ね……合っておる」
シュー、カチ。ノーレンが息を整える間。
「では……お前たちが知らんことを、話そう」
◇
「剣が中に取り込まれる、と言ったな」
ノーレンは一度目を閉じて、呼吸を整えた。器具の奥で霧がゆっくり動く。
「……その意味を、もう少し正確に伝えておく」
声が一段低くなった。
「黒の物語は……眠っている間も、ずっと力を溜め込み続けている」
シュー、カチ。間を置いて、続ける。
「水瓶に一滴ずつ、水を注ぐようなものだ。溜まり切れば……封印を食い破って、目覚める」
「剣の役割は……その溜まった力を、一気に抜くことだ」
「……抜く?」
「黒の物語の中に入り込み……力を吐き出させる鍵を回す」
ノーレンの枯れた指が、鍵を回す仕草をした。
「すると溜まっていた力が……全て放出されて、瓶がからっぽに戻る」
なるほど。止めるんじゃなくて、力を空にするってことか。
「空になった黒の物語は……また最初から力を溜め直す。それにかかるのが……およそ200年だ。奴にとっては……数百年分の苦労が、振り出しに戻るわけだ」
200年。
アルバが封印してから、千年。
「……じゃあ、200年ごとに誰かが中に入って鍵を回してきたってことか」
「そうだ」
ノーレンは一拍置いて、器具の奥で浅い息を吐いた。
「鍵を回せば、溜まっていた力が……一気に噴き出す。中にいる剣は……その力に巻き込まれて、焼き尽くされる」
ぞわりと、背筋に悪寒が走る。
力が噴き出す瞬間に、焼かれて消えるってことか。
「逃げられねえのか」
「逃げられん」
きっぱりとした否定。
「鍵を回した瞬間に、終わる。入った時点で……生きては、出られん」
「……それが、『生贄』の正体だ」
目の前にあった封印や生贄という漠然とした話が、リアルな死に置き換えられる。
アタンシオンの自爆に巻き込まれた時のことを思い出した。きっとあれの何倍も、何百倍も大きな力に巻き込まれるんだ。
目の前がぐらぐらと揺れる。
「……っ、ぁ」
何か言わなきゃいけないと思う。
でも言葉にならない。
そもそも何を聞けばいいんだ?
じゃあどうしたらいい、って、ノーレンがその方法を知っているなら、もうやってるはずだ。
俺が犠牲にならなければ、世界中が爆発してみんな死ぬ。
俺が犠牲になって鍵を回せば、俺だけが爆発で焼けて死ぬ。
全身を焼き尽くされて、消えてなくなる。
どうしたらいいかわからなくて、顔を上げる。
ロイズも、ガスもエルケもミーナも。みんな途方に暮れた顔で俺を見ている。
助かる方法なんてないって、顔で。
怖い。
急に怖くて、立っているのが辛くなった。
倒れそうになってふらついたその時。
ぎゅっ。
誰かが、俺の袖を強く掴んだ。
リザリアだった。
「ライオ」
リザリアの声は、ひどく震えていた。
青い瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「……ライオが燃えちゃうの、やだ」
その小さな両手は、俺の袖をちぎれそうなほど強く握りしめていた。
指先が白くなるくらい、必死に。
ハッとした。
冷え切っていた頭に、血が巡るような感覚。
『世界のために、死んでくれる?』
初めて会った時、そう言った口が、俺に死ぬなと言って泣いてくれている。
俺はリザリアの手をぎゅっと握り返した。
「当たり前だ。死んでたまるか」
運命に逆らうんだ。
決めたじゃねえか。クソみてえな御伽噺から、俺の未来を奪い返すって。
「俺は、絶対に死なねえ」
「……ほう」
「言ったはずだぜ、じいさん。俺は『死なずに済む方法』を探しに来たんだ」
驚いたように目を見開くノーレンに向けて、俺は口角を吊り上げた。
「千年前のバカが作ったルールなんか知るか。逃げられないなら、ぶっ壊すだけだ。……なあ、ロイズ」
俺は後ろを振り返った。
唖然としていたロイズが、俺の顔を見て、ふっと息を吐く。いつもの冷静な顔に戻っていた。
「あれを、長老に見せてやってくれ」
「ああ、これだね」
ロイズが頷いて、布に包んだあの板を取り出す。
失われた塔の黒い柱から飛び出してきた、薄っぺらい金属の板。
ノーレンの前に差し出すと、枯れた指がゆっくりとそれに触れた。
「……千年前の記録装置だ」
器具越しの声が、微かに震えた。
「……どこで、手に入れた」
「西にあった『失われた塔』ってとこで。黒い柱から飛び出してきた」
「あの塔か。……黒の物語を管理するための副施設だ」
呼吸が少しだけ速くなっている。枕元の箱がシュ、カチ、シュ、カチと音を刻む。
「あそこの記録装置なら……封印や黒の物語に関する情報が、残っている可能性がある」
「読めるか?」
「……読める」
ノーレンは板を胸元に引き寄せた。
「何が入っているかは……読んでみなければ分からん……運が良ければ……止め方に繋がる何かが、見つかるかもしれん」
止め方。
俺が死なずに済む方法。
第3の選択肢。
手のひらに汗が滲む。
その時、ノーレンの呼吸が急に浅くなった。
箱の音がさらに速まる。シュカチ、シュカチ、シュカチ。
管の中の液体が、少しだけ流れを速めた。
「……今日は」
声が、もうほとんど聞き取れなかった。
器具の奥で唇が動いているのに、音がついてこない。
「……もう、限界だ」
ノーレンの目がとろんと焦点を失いかけている。
板を握る指先から力が抜けて、ロイズが素早く受け止めた。
「……明日にしろ」
囁きに近い声だった。
「明日……中身を確かめる。何が書かれているか……一緒に、見よう」
「……分かった。無理はすんな」
ダンが静かに言った。
エルケがミーナの肩を叩き、ガスが音を立てないようにゴーグルを直す。
俺たちは立ち上がり、部屋を出る準備をした。




