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第28話 アルバの声


 答えの出ない問いが、頭の中でぐるぐると回っていた。

 アタンシオンはなぜ選ばれたのか。黒の物語は千年の間に何をしたのか。ダンの修復が止まらないのはなぜか。


 俺たちが沈黙を噛み締めている間にも、幻影は続いた。

 アルバの声が、淡々と難解な言葉を吐き続けている。

 もう誰もついていけなくなっていた。ガスはゴーグルの位置を直しながら箱の構造の方に興味を移しているし、ミーナとエルケに至っては今にも寝そうな顔をしている。ロイズですら、疲れた顔をしていた。

 俺だって、知らない言葉だらけで頭が痛い。


『……ダン』


 その時、アルバがダンの名前を呼んだ。


 まるで別人だった。

 さっきまでの淡々と報告する平坦な声とは違う、柔らかくて優しさを感じる声。

 表情もキツさが抜けて、でも少し、悲しそうな顔に見えた。


『……ダン』


『あなたをアンカーにしたこと……謝るつもり、ないからね』


 ダンは幻影を凝視して、拳を握りしめている。


『私がいなくなった後、あなたが戦場で死ぬなんて、耐えられないから。……身勝手なのは分かってる』


 幻影の中のアルバは、そこで一度言葉を区切り、深く息を吸い込んだ。

 そして、少しだけ笑った。

 今までで一番柔らかい、普通の女の笑顔だった。


『恨んでくれて構わないから』


『だから――私のことを覚えていてね』


 ダンは、無言だった。

 微動だにしない。

 ただ、頬を一筋の光が伝い落ちるのを、俺は見た。


 千年越しの、一方通行の言葉。

 返事はもう、届かない。


 俺は目を逸らした。

 これ以上見てはいけないと思った。


 ◇


 幻影が切り替わった。


 同じ白い部屋。

 今度は、アルバの前に別の人間が座っていた。


 男だった。

 アルバと同じ赤みがかった髪。目元が似ている。

 穏やかそうな、柔らかい顔立ち。


 アルバが男に向かって話しかけている。

 さっきまでとは、また声の雰囲気が違った。ダンに向けた柔らかさではなく、切迫した、緊張を帯びた声。


『兄さん。これだけは伝えておかなきゃいけない。……他の誰にも言わないでね』


 兄さん。

 俺は隣のノーレンを見た。ノーレンが小さく頷く。


「アルバの兄だ。……千年前のランプでもある」


 千年前のランプ。

 リザリアと同じ役割を担っていた人間が、この男か。


 幻影の中で、アルバが続ける。


『軍の連中がね、ダンの細胞を使ってアンカーの量産計画を進めてるの。……知ってるでしょ』


『不死身の兵士を何十体も作って戦場に投入するつもり。……ダンを、ただの素材として扱ってる』


 アルバの目が、鋭くなった。

 さっきまでの穏やかな雰囲気が消えて、真っ直ぐな怒りが剥き出しになっている。

 すごく熱くて、個人的な感情だ。


『……そんなこと、絶対に許さない』


 声が震えていた。


『ダンは……私のものなの。あの人の体を好き勝手にコピーして、使い捨てにするなんて……認めない』


 学者としての冷静さをかなぐり捨てて、一人の女の生々しい感情が剥き出しになっていた。

 俺は思わず息を呑んだ。


『だから、複製抑止コードを設計した。アンカーのDNA重複を検知して、システム側から強制的に排除する安全装置。これを封印システムに組み込んである』


 また知らない言葉だらけだ。

 でも、ダンの複製を防ぐための仕掛けだってことは、言葉の端々でなんとなく理解はできた。


『このコードを起動できるのはランプ(モニター)だけ。兄さん、あなたにしか託せない』


 アルバは兄の目を真っ直ぐに見つめた。


ランプ(モニター)は兵器と脳が繋がっている唯一の存在だから。外からシステムに命令を通せるのは、ランプ(モニター)だけなの』


 アルバの兄は黙って頷いていた。

 穏やかな顔の奥に、覚悟のようなものが見えた。


『万が一、ダンの細胞から別のアンカーが作られても、このコードが起動すれば――』


 プツン。


 幻影が、途切れた。


 唐突に。

 何の前触れもなく。

 青白い光がちらつき、乱れ、消えた。


 箱の唸りが止まる。

 部屋に、静寂が落ちた。


「……え」


 俺は呆然と、光が消えた空間を見つめた。


「おい、なんで止まった」

「板だ」


 ロイズが素早く箱に駆け寄り、板を引き抜いた。

 手に取って、表面を確認する。


 その手が、止まった。


「……ここだ」


 ロイズが、板の端を指で示した。

 表面に、小さな凹みと、かすかな焦げ跡がある。


「あの時の……爆発の……」


 ロイズの声が、震えた。


 アタンシオンの自爆。

 あの夜、ロイズは爆風を受けて倒れた。

 板は布に包んでロイズが持っていた。


 その時に、板も傷ついていたのか。


「……俺が、守りきれなかった」


 ロイズが唇を噛んだ。

 動揺に震えて、今にも泣きそうに顔を歪めている。


「任されていたのに……」


 ロイズのせいじゃない。あの状況で誰が板を守れた?


「お前のせいじゃない」


 ダンが俯いたロイズの肩を叩く。

 ここにいる誰も、ロイズのことを責めたりしない。ダンが言っていることが正しい。


 それでも、ロイズは自分の責任だって、そう思うんだろう。


 ◇


「……後半の記録について、説明しよう」


 ノーレンが、掠れた声で沈黙を破った。


「ダンの複製がどうとか言ってた話か」


「ああ。当時の軍がダンの不死身の体を研究して……同じ兵士を量産しようとしておったという話だな。アルバはそれが許せなかった」


 ノーレンは少しだけ間を置いた。


「……あいつは賢い女だったが……ダンのことになると我を忘れるところがあった。恋人の体を勝手に使われるのは、科学者としてというより……女として、許せなかったんだろう」


 ダンが腕を組んだまま、照れたように小さく呟いた。


「……知らなかったぞ、そんなもん」


「お前に言ったらうっかり情報を洩らしかねん。……だからアルバは自分の兄にだけ、こっそり……伝えたんだろうな」


 ダンが肩をすくめて言葉を続けた。


「まあ、千年前の軍なんてもんは跡形もねえし、俺の体から複製を作ろうなんて奴も今さらいねえ。アタンシオンは俺の複製じゃなく、別の個体として選ばれた盾だ」


 俺も頷いた。


「千年前の話だろ。今は関係ねえよ。それより、さっきの話の中で、俺が死なずに済む手がかりは……」


 言いかけたところで、リザリアが、俺の袖をぐいぐいと引っ張った。


「……ライオ、あのね、わたし、このおんなのひとの声、知ってる」


 全員が振り返る。


 リザリアは、幻影が消えた空間をじっと見つめていた。さっきまでアルバの姿が浮かんでいた、何もない空中。


「……え?」


「いつも聞こえてくる声と……おんなじ」


 ぞわぞわと、なにかが背中を駆け上がった。


「待て。いつも聞こえてくるって……お前の頭の中の声か?」

「……うん」


 リザリアが、自分のこめかみに手を当てた。


「ずっと、きこえてた。数字いがいに、ときどき、女の人の声がする」


「やさしい声。……さっきの人と、おなじ声」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

ストックがなくなってしまったため、執筆期間として1週間ほど更新をお休みします。

リザリアの頭に響く声の正体や、エルフ村で起きている失踪事件のことなど続きをしっかり書き上げてまいりますので、再開までお待ちいただけると嬉しいです。

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