第22話 エルフの里
「ここが里の入り口」
すっかり陽が落ちて月が出始めた頃。
ロイズが前方を指差して言った。
フードを目深に被り直す手が、緊張に震えているように見える。
巨大な白い樹の門が見えた。
生きた木がそのまま門に成長したような、不思議な木の形をしている。
その下に、長い槍を構えたエルフの門番が立っていた。
「止まれ」
鋭い声。
銀に近い白金の髪と整った顔立ち。ロイズと似た尖った耳が、月明かりに白く浮かんでいる。
槍の穂先が、まっすぐ俺たちに向けられた。
「人間がなんのようだ」
「長老に用がある。通してくれ」
ロイズが前に出た。
フードを取り払い、静かに、はっきりと告げる。
「……貴様は、エルフではないな。雑種か」
門番の目がロイズの顔を舐めるように上下した。見下すような言いようにムカついたけど、ここで俺が殴りかかったら全部台無しだ。奥歯を噛み締めて堪える。
「待て。雑種ということはエレノア様の……」
その名前が出た瞬間、ロイズの肩が強張るのが見えた。
聞いたことのない名前だったけど、ロイズの反応を見る限り、きっと母親の名前なんだろう。
「事情がある、中に入れてくれ」
「我々には用はない。そこの人間どもを連れてとっとと失せろ」
門番が槍を突きつける。
やっぱり力ずくで行くしかないのか?
俺が短剣に手をかけたその時。
「……騒々しいな」
門の奥から、低く、冷ややかな声が響いた。白い樹の門をくぐって、一人のエルフが歩いてくる。
「セリオン様!」
門番が、弾かれたように姿勢を正した。
セリオンと呼ばれたエルフは、長い銀髪を結い上げて、白と翡翠色の装束を纏っていた。
痩せていて背が高く、見た目はダンと同じ40歳くらいに見える。門番たちの反応を見るに、多分偉い奴なんだろう。
近づいてきたセリオンから、甘い匂いがした。
森に入ってからずっと漂っていた、あの花みたいな匂い。
里が近いから匂うんだと思っていたけど、こいつの匂いだったんだろうか。
「侵入者です。人間の集団と……その、エレノア様の……」
セリオンと呼ばれた男は、門番の報告を最後まで聞かず、俺たちに視線を向けた。
見る、というより、品定めだ。虫を観察するような、冷たい目。
その視線が、ロイズで止まる。
驚いたように目を見開いて、ほんの一瞬笑った気がした。
ゾッとするような何かを感じた。
俺は思わず短剣を引き抜きかけて、後ろからダンに手を掴んで止められた。
「……姉上の息子か」
セリオンは鼻で笑うと、見下すように顎を上向ける。
「その耳。やはり血が混ざると歪になる。姉上はもっと美しかった」
「……長老に会わせて欲しい」
ロイズはギリ、と歯を噛み締めてセリオンを睨みつけたあと、押し殺した声で交渉する。
セリオンはロイズから視線を外し、俺たち全員を見回した。
そして――俺の胸元で視線が止まる。
首からぶら下げているペンダントに気がついたらしい。
「それは、剣の紋章だな」
門番が息を呑む。
セリオンは腕を組んで俺を見下ろした。
長身ではあるけれど、ダンほど背が高いわけじゃない。それなのに、もっと高い場所から見られているみたいな威圧感がある。
「貴様が今代の『剣』か」
間を置いて、また鼻で笑った。
「なぜ、まだ生きている」
空気が凍った。
背後でミーナが息を呑む音が聞こえた。
「剣が身を捧げれば世界は救われる。今までの剣たちもその身を捧げてきた」
セリオンは、俺から視線を外さない。
「貴様がその義務を果たさないせいで、どれだけの時間が無駄になっていると思う?」
本気だ。
こいつは本気で俺が死ねばいいと思っている。
「……俺の命だ。俺が好きに使う」
「薄汚い盗賊が、自分の命が世界との天秤に釣り合うと本気で思っているのか」
頭が真っ白になった。
言い返したいけど言い返せない。
いままで、これほど真正面から存在を否定されたことがなかった。周りは味方ばかりだったし、モルディアスだって、目的は分からないけれど、生きたいという俺の意思を否定はしなかった。
「……釣り合わなくても、俺の命だ」
そう答えるのがやっとだった。
悔しくて唇を噛む。なんでこんなことを言われなきゃいけねえんだ。
セリオンは俺の答えになど興味がないという風に、聞こえているのかすら分からない顔で、視線を再びロイズに向けた。
その目は俺たちに向けるものとまるで違っていて、もっと湿った、粘つくような目だった。
パーツを一つずつ確認するみたいに、ロイズの手を、足を、顔をゆっくりと見ている。
「……まあいい」
独り言のように呟いて、セリオンは門番に向き直った。
「通しなさい」
「セリオン様、しかし……! 若い者たちが立て続けにいなくなっているこの時期に、得体の知れない人間を……!」
門番の声に、切迫したものが混じる。
若いエルフがいなくなっている?
俺はちらっとダンを見た。ダンも、眉一つ動かさず聞いている。
「黙りなさい」
セリオンが一言で門番を黙らせた。
「剣に選ばれた者だ。監視しておくに越したことはないだろう。場合によっては人間への交渉材料になる」
取り繕う気すらないらしい。
モルディアスみたいに綺麗事で包むのではなく、利用する気を隠しもしないのは、心から人間を見下しているからなんだろう。
不愉極まりないクソ野郎だけど、ある意味では、正直な男だった。
門番は不満げだったが、セリオンの言葉には逆らえないらしい。
渋々と槍を引き、道を開けた。
「ついてきなさい」
セリオンが先に立ち、白い樹の門をくぐる。
振り返りもしない。ついてくるのが当然だという態度だ。
俺はロイズの顔を見た。
唇が紫色で、蒼白って感じだった。
「……行こう」
掠れた声。
ロイズはそれだけ言って、歩き始めた。
それに倣って、俺たちは白い樹の門をくぐり、セリオンの後に続いた。
◇
エルフの里に足を踏み入れて、まず最初に覚えた違和感は、明るさだった。
夜だというのに、異常なほど明るい。
木々の幹や枝に沿って走る細い管の中を、白い光が流れていた。
光に触っても熱くはなくて、息を吹きかけても揺れたりしない。
「電気だ」
ダンが、短く言った。
「……デンキ?」
「……昔の言葉だ。仕組みはよく分からん」
いつもの調子だ。
でも、隠そうとしているわけじゃなくて、ダンは本当に知らないんだとわかった。
とにかくデンキというのは、こうやって夜でもピカピカ光るものらしい。
里の中を進む。
明るいくせに、動く影がほとんどない。
たまにすれ違うエルフは、全員が年嵩で、こちらを見るなり足早に家の中へ消えていく。
ロイズぐらいの歳の奴や、子供がいない。
門番が言っていた「若い者たちがいなくなっている」という言葉が、頭をよぎった。
セリオンは長い足で先を行きながら、一度だけ肩越しにロイズを見た。
「雑種の分際で恥ずかしげもなく里に来たこと、その度胸は認めてやろう。無鉄砲さだけは姉上によく似ている」
ロイズは一言も返さない。
「……だが、不純物が多すぎるな。お前を見ていると吐き気がするよ」
セリオンは、巨大な建物の前で足を止めた。
「……おい、これ」
建物の外観に見覚えがあった。
ありすぎた。
風化した外壁。継ぎ目のない金属の壁面。
石に見えて石じゃない、黒くてつるつるとした不思議な材質。
「失われた塔と……同じだ」
ロイズが、小さく呟いた。
エルフたちは、千年前の文明を今もずっと使い続けているってことなんだろうか。
「長老はこの中だ」
セリオンが、建物の扉に手をかけた。
「入りなさい」
扉が開く。
中から、無機質な白い光が漏れ出てきた。
案内をされるまま奥へ奥へと進む。
「この先におられる」
セリオンが、分厚い扉の前で立ち止まり、壁際に身を寄せる。
先に進めという風に顎でしゃくった。
「……こえ、ざわざわする」
同時に、リザリアが小さく呻いた。
「大丈夫か」
「うん、へいき」
リザリアはフルフルと頭を振ってから頷いた。俺は一つ深呼吸をして、目の前の分厚くて重い扉を押す。
シュー、カチ。シュー、カチ。
部屋に入るなり聞いたことのない音が耳についた。
部屋に張り巡らされた奇妙な管。
頑丈そうな作りのベッドに、枯れ木のような老人が寝そべっている。
「……いつか、こんな日が来ると思っていた」
老人は、息の混じるしわがれた声で、俺たちにそういった。
「久しいな、ダン」




